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第37話 瓢箪から駒が出る

 長い夢を見ていた。


 夢は、放課後の教室で桐谷と筋トレやプロテインについて話していた。いつものように、平和な日常だった。


 クリケット村での出来事が最悪な結末を迎えた涼子のとって、この夢は無駄に幸せに感じてしまった。早く元の日常に帰りたい。ゲーム世界に転移なんて、別に夢ある世界でもなかった。確かにちょっとチヤホヤされた。モコも可愛かったし、カフェで働くのも楽しかったが、何か現実感はなかった。


「涼子さ、もうAIが神になる世界が来ると思うんだよね」

「そうかな?」


 筋肉の話から、なぜかAIの話になっていた。少し前の授業でAIやプログラミングの話題があったせいかもしれない。


「実際もう坊主や神主がAIを拝んでいる記事もみた。メタバース空間で洗礼を受けるっていうのもみた。だんだんと、人間は現実から仮想現実に向かってるのかもな」

「へー。メタバース空間で洗礼ってちょっと嫌じゃない?」

「嫌だね。うちの教会がそんなんやったら、しばくよ」


 桐谷は笑えない冗談を言っていた。


「でも、現実が辛い人がメタバース空間の方がいいんだろうね」

「そうかなー。筋トレも料理もできないじゃん」

「まあ、涼子の好きな筋トレと料理は現実で頑張ってみるしかないね。メタバース空間で美味しいもん食っても、アバターが筋肉モリモリになってもつまらないね」

「だよねー。アバターだけ筋肉モリモリって嫌過ぎるよ。ところで、この筋肉を効率よくつけるのには……」


 桐谷との会話は結局、筋肉の話題に戻ってしまった。確かにアバターにいくら筋肉つけても虚しいだけだ。


 仮想現実で暮らしても別に楽しくはなさそう。早く目を覚ましたい。起きろ、目を覚そう!


「涼子!」


 目を覚ますと、自分の部屋のベッドの上にいた。アランの家ではなく、日本の自分の部屋だ。机の上にはレシピブックや筋肉の本が置いてあった。部屋の奥には縄跳び紐やダンベル、プッシュアップバー、骨盤矯正ベルトなどが置いてある。どう見ても色気の無い自分の部屋だ。女子高生の部屋はぬいぐるみやアイドルにポスターなどがあると思うが、そう言ったファンシーなものは何もない。


 目覚めると、ベッドの側には兄の太一がいた。心配そうにこちらを見ていた。


「え? 私、何やってたの?」

「それは、こっちが聞きたいよ。ゲームしながら、俺の部屋で気を失ってたんだ」

「えー? 嘘」

「おいおい。しっかりしてくれよ。どうせゲームをするなら、俺が作った乙女ゲームとかにしてくれよな」


 時計を見ると、夕方だった。ゲーム世界にフルダイブしたと思われる日付に帰ってきたようだ。えらく時間がたったようだが、現実の時間は数時間しかたっていないようだった。


「私、何のゲームやってたの?」

「お前ボケた? ついに脳みそ筋肉になった?」

「いやいや、ちょっとおかしな事があって……」


 信じて貰えないかもしれないが、事の経緯を全部話した。太一もゲームクリエイターだ。何か知っている可能性がある。


「おいおい、そんな異世界転生みたいな……」


 太一は最初は全く信じてくれず、精神病院に電話をかけようとしていた。


「いや、でもこのゲームは稲村さんのだし……」


 しかし、しばらく考えた後、自分の部屋からゲームのパッケージを持ってきた。


 ゲームは「異世界メシマズ昆虫食村顛末記」というゲームで、スローライフをしながら、メシマズの村で美味しい料理を広めるものだった。あのジョンやべレベッカと思われるイラストもあり、思わず身体が強張る。パッケージにアランのイラストが無いのも不気味だ。ゲームの制作者は、稲村祈という名前だと気づく。


「この稲村祈さんは、俺の憧れでな。リアルな五感で遊べるようなゲームも開発してた。確か、リアル異世界転生ゲームとかリアル異世界転移ゲームとかって言われてたね」


 アランも似たような事を話していた。あのゲーム内のアラン=稲村祈と判断してよさそうだ。太一には稲村祈の顔写真入りのインタビュー記事も見せて貰ったが、アランとそっくりだった。ハーフのような顔立ちで、どう見てもアランだった。髪の色は違うので、雰囲気はちょっと違ってはいたが。稲村祈という名前で呼ぶのは違和感を覚えた。


 インタビュー記事をよく読むと、アランはいじめられっ子だったみたいだ。居場所もなく、孤独な子供でも楽しめるようなゲームを開発したいという夢を語っていた。


 アランの現実は過酷だったのかもしれない。そう思うと無闇矢鱈に「現実を見ろ!」と言うのも酷な気がした。


「しかし、そんな異世界転移できるようなゲームなのか? 俺がやった時は普通のゲームだったが」


 太一は首を傾げていた。


 とりあえず、太一の部屋でこのゲームをやって見る事にした。


「あ? バグ? 動かん!」


 しかし、いくらやってもゲームは作動せず、画面に「ゲームオーバー」という文字が流れるだけだった。


「やっぱり涼子の妄想じゃねーかも。なんか、不思議な事があってもアリか?」


 とりあえず太一はこのゲームを会社に持っていき、詳しく調べる事にしたようだ。しかし、インターネットを調べると、奇妙な事にこのゲームを起動できないユーザーが続出していた。やっぱりこのゲーム世界は崩壊してしまったとしか思えない。


「ところで稲村さんって今はどこにいるの?」


 それが一番気になるところだ。無事あのゲーム世界から帰って来れただろうか。連絡がつくのなら、無事の確認もしたいぐらいだった。


「それが、稲村さんって数年前から行方不明なんだよ。失踪したとか」

「本当?」

「うん。俺も会ったことない。憧れのゲームクリエイターなんだよ。いつか一緒に良いゲームを作りたい」


 太一はちょっと悔しそうに下唇を噛んでいた。


「探す方法はない?」

「うーん。ゲーム仲間に聞いたら、稲村さんってスランプだったという噂もあってさぁ。この業界って新しい才能もいっぱい出て来るし、正直なところ好きってだけではやっていけない所もある」


 確かに太一も時々スランプになり、荒れていた事を思い出す。それでも太一のおかげで生活できる。アランの捨て台詞のように、やっぱり自分は恵まれている方だと実感してしまう。


「でも腹減ったー。夕飯食べようぜ」

「うん。今日は料理作る気がしない。ピザでも注文していい?」

「オッケーだよ。俺はピザ 好きだ!」


 ピザを注文し、宅配してもらった。


 リビングのダイニングテーブルの上で、ピザの箱を広げ、二人で食べる。特に話題もなく、また無言になってしまったので、テレビをつけた。ピザは美味しいが、あまり食欲は生まれない。


「え!? 女優の田橋梨々子が逮捕されたの?」


 テレビは、人気女優の逮捕の情報を伝えていた。田橋梨々子は、メディアで昆虫食を猛烈に推していた記憶があり、涼子は驚いてしまう。


「まじか。長年大麻と覚醒剤やってたとかって、怖いねー。薬で頭がイカれてるから、昆虫食をみんなに推してたのか? 昆虫食なんて個人的趣味で楽しむもんだと思うしな」


 太一は呆れていたが、涼子はちょっと怖い気分だ。この女優の逮捕が引き金となり、昆虫食ブームは急速に廃れていった。あの村と状況が似てるではないか。あの村の事も、現実に干渉していたのか?


 クリケット村の出来事は、妄想か夢みたいな感じだったが、確かに自分は思考はしていた。人間の思考は、力があるのかもしれない。偽薬を飲んでも、医者に励まされると健康になる人だっているぐらいだ。


 ただ、「宝くじ当てたい」とか「億万長者になりたい」といった思考は現実にならない。もしかしたら、この世界を創った神様と同じ思いは現実になるのかもしれない。後で桐谷に聖書で昆虫食が認められているか聞いてみよう。もし認められていないのなら、辻褄が合ってしまうような……。


 クリケット村での出来事は全部無駄とは言いないかもしれない。「瓢箪から駒」とは、こういう事だったりして?

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