第36話 世界の終わり
涼子は、死んだと思っていた。コローナに変な薬品を嗅がされ、意識も途絶えていた。
身体中も痛いし、頭もズキズキする。しかし、思い切って瞼を上げる。死んではなかったようだ。
どこか、薄暗い神殿のような場所にいた。天井や窓にはステンドグラスがあり、中央にはドラゴンのオブジェがあった。もしかしたらドラゴンライト教の神殿内部かもしれない。ステンドグラスからは、うっすらと月明かりが漏れ、どこか幻想的な雰囲気もする。図書館のように静かだが、涼子は柱に身体を括りつけられ、身動きが取れない。
同じように聖女レベッカも柱の縛られていた。
「レベッカ!」
すぐ隣にいるレベッカに大声で叫ぶが、全く反応はない。ぐったりとして意識を失っていた。
村の昆虫食が終わり、レベッカが何か報復しに来るかと思ったが、何もない。それどころか自分と同じ目にあっている。アシュリーが、レベッカは教団内で地位が低いと言っていたが、本当だったのかもしれない。
ダルダルな二の腕や、ぽちゃぽちゃの下っ腹が気になるが、今はレベッカの珍妙な踊りが懐かしいぐらいだ。
「虫を食え〜♪ 虫を食え〜♪」
あの変な歌をハミングしてみたが、レベッカは目を覚さない。やはり、あの歌には何の力も無いようだった。
「お目覚め?」
そこにコローナが入ってきた。
「ようやく目覚めたな」
コローナだけでなく、ジョンもいた。二人ともヤンキーのような特攻服姿で、ライフル銃を持っているではないか!
コローナだけでなく、ジョンまで裏切り者だとは、ショックで声も出ない。口の中はカラカラで明らかに水分不足なのに、泣いてしまいそうだった。
「なんで、なんで?」
そんな言葉しか出ない。
「あんた、邪魔よ。この世界は、私達が神になるのよ。レベッカも神権をよこせとうるさいし、あんたは村長に余計な事を言う。神は私達よ!」
コローナは神権がどうしても欲しいようだった。何の為に?
「俺は、昆虫食をもっと広めたいのさ。雑誌に昆虫食の記事を書きながら、欲が出てきた。個人の趣味ではなく、全国民を義務で虫を食べさせたい。まず、給食から昆虫食をスタートだい!」
「ジョン、それは個人の趣味のままでいいじゃないの!」
ひっそりと昆虫食を楽しんでいたジョンも欲望には勝てなかったらしい。コローナとジョンは昆虫食ガチ勢で、利害が一致。レベッカは実は肉の方が好きで、昆虫食には興味がなく、邪魔だったという。自分達が神になった暁には、全国民昆虫食を強制にすると、二人はドヤ顔で語っていた。
「全くレベッカも村の連中も私の事を馬鹿にして! 神になって復讐してやる!」
「そうだ。俺の昆虫食をバかにしたヤツは許さない。俺が神になって昆虫食を広めてやる!」
「ちょっと、二人ともおかしいよ! そんな虫のいい話なんてないよ! お願いだから二人とも目を覚まして!」
コローナもジョンも頭がおかしくなってしまったようだ。特にジョンの変わりようは、満月で思考をおかしくされたとしか思えない。
「あんたは邪魔!」
しかも強い悪意を向けられ、今は絶対絶命の大ピンチである事を悟った。
隣で意識を失っているレベッカを見ていると、このまま負けるわけにはいかない。こんなアタオカ二人が神になったら、とんでも無い事になる。昆虫食の強制化だけでなく、巨大な虫なども創造しそうで怖い。
「お願い、ジョン。コローナ。少し話を聞いて!」
涼子は説得を試みた。別に神になってもいいから、この世界を滅ぼすようにと頼む。それに本当の神に滅ぼされる危険もある事を訴えた。
「うるさい! 私は神になるの!」
コローナを見ていると憐れだった。こんな神に誰が付いて行くというのだろう。
本当は神になりたいのではなく、何の取り柄もなく存在感の無い自分を誤魔化したいだけでは無いか。スピリチュアルや変な宗教にはまり、「自分が神」なんて言っている人も似たようなものかもしれない。健全な努力もしないで、まともな自信などつくわけがないのに「神になれる」とフワフワしたものに逃げている。存在感もない意地悪な女性という現実も、コローナは認めたくないのだろう。多分、コローナみたいな女性は、日本にいっぱいいるような気がする。涼子も別に取り柄も無いので、人の事は何も言えないが、嫌な気持ちになってしまった。コローナのような女性こそ筋トレが必要だ。筋肉は努力した分だけつき、自信もつく。そう、筋肉は全てを解決する。二人にも筋肉を布教したい!
「俺は昆虫食を広めるんだい!」
まあ、ジョンは単なるアタオカだが。
「涼子もコオロギを食え!」
アタオカな二人に、生きたままのコオロギを口元に差し出される。至近距離で見るコオロギの顔は、ちょっと怖い。イナゴは意外と優しそうな顔をしてるが、コオロギは邪悪な表情だ。縛られた上にコオロギまで食べさせられそうなんて、泣きっ面に蜂だ。いや、泣きっ面にコオロギ? こんな言葉が生まれても良い気がした。
「コオロギを食え!」
二人は無理矢理、涼子にコオロギを食べさせようとしていた。これはライフル銃で撃たれるより嫌だ。
「もう、やめろ。ジョンもコローナもそこまでだよ」
もう、絶対死ぬと覚悟した時だった。アランが乱入してきた。これは飛んで火にいる夏の虫ではないかと思ったが、アランが命令すると、二人は固まり、声も出せていなかった。アランは神権を復活させたようだった。
「コローナにも、ジョンにもある程度自由にさせといたが……。こんな風に人を傷つけようとしてたなんて。こんな世界を創るんじゃなかった。後悔しかない」
アランは、縛られているレベッカや涼子のロープを解き、心底辛そうな顔を見せた。レベッカはまだ目を覚さない。床に寝転がってはいるが、とりあえず脈はあるようだった。
「まあ、こんな汚い心の自分が創ったキャラクターだから仕方ないよね」
「アラン、どういう事?」
「この世界はやっぱり駄作だった。失敗だったね。尻切れトンボでも無理矢理終わらせる。涼子の言う通り、ここは理想の世界では無いみたいだよ」
否定はできない。特にコローナとジョンは、失敗したキャラクターに思えてしまった。
「もう、終わり!」
アランがそう言うと、頭上や窓のステンドグラスが、ぱりんと音をたてて割れていく。
「もう、終わり!」
それは、この世界の神権を持っている者の終わりの合図のようだった。
ステンドグラスが砕け散ったと思ったら、月が落ちてきた。
全部終わってしまった。
アランはもちろん、コローナ、ジョン、レベッカも全部消えていく。村も何もかも月が吸い取っていった。涼子も虫の息になり、意識が遠のいていく。
この世界は、終わってしまった。




