第35話 すべての謎が解けました
「ただいまー。うわ、涼子、何で泣いてるの?」
気づくと夜になっていた。窓の外から大きな満月が見え始めた頃、アランが帰ってきた。
涼子はモコを膝の上に置きながら、涙を流していた。
この世界が何かの創作物の世界という事はわかったが、帰る方法は全く分からない。それどころか滅ばされる可能性もあり、絶望感しかない。
「どういうわけ?」
アランは涼子の隣の座り、ティッシュで涙をふいた。優しい仕草だが、今いる世界が偽物、劣化コピーだと思うと、アランも全くイケメンに見えない。元いた世界のクラスメイトでは、アイドルやアニメのキャラクターを推して楽しんでいる者もいたが、今思うと、虚しい。所詮、作り物を追いかけても、自分の欲だけが大きくなる気がした。桐谷はそういう事を「偶像崇拝」と言っていたが、確かにそうかもしれない。偶像を追いかければ追いかけるほど、自分も意味の無い偶像になっていくのかもしれない。
「この脚本がテーブルの上にあったの? どういう事? この世界ってなんなの?」
涼子はあの脚本をアランに見せた。モコは自分の寝床に行き眠ってしまったようだ。意外と敏感なモコだ。涼子とアランの間に流れる妙な空気を感じ取ったのかもしれない。
「はぁ。これか。ジョンも神様になりたかったのかね?」
「は? どういう事?」
「この脚本は、妄想みたいなもんだよ。現実になっていないのも多いし、ジョンはこの世界の神ではない。神になりたがっていた可能性はあるけど」
「全く意味がわからない。最初から説明してくれる?」
涼子はアランを睨みつけ、どういう事か説明するよう頼んだ。さっきまでは飄々としていたアランだが、ため息をつき、お手上げのポーズをとった。
「わかったよ。最初から話す。この世界は、俺が創ったゲームの世界」
「はー?」
「俺はゲームクリエイターだ。君のお兄さんと同業者だね」
アランがゲームクリエイターというには、驚きだが、そんな気もしない訳でも無い。確かに兄・太一と同類のタイプには見える。
「ある日、どういうわけか自分が創ったゲームの中にたんだよ。画面が光って、吸い込まれた」
確か自分もそんな感じで異世界転移した。
異世界ではなく、ゲーム世界に飛び込んだようだ。
「実は、フルダイブっていうリアルな五感で遊べるゲームを開発していた事もあった。その研究は途中で挫折しちゃったんだけど、なぜかゲーム世界に行けた」
「私と同じ状況ね。他にあっちの世界から来てる人はいる?」
「うーん。ルースは怪しいかも。俺が創ったキャラじゃないから。ジョンやコローナ、アシュリー、レベッカ、村長、ブラッドリーは俺が創ったキャラで愛着も多いよ」
急に目の前のものが作り物めいてきた。窓から見える月も、確かにゲームの背景のよう。
「俺は、最初はゲームの制作者・この世界の神だったんだよね。でも、村人の要望を忖度し、いちいち聞いているのも面倒になってさ。人が神様やるのも楽じゃないぜ?」
アランは笑っていたが、涼子は全く笑えない。
「このモコも俺が都合よく創った可愛い動物。何でも食べるし、外で排泄してくれるから楽だよね」
「通りで……」
確かにモコは、色々と都合の良い面ばかりだ。確かに可愛いが、本当のペットを飼っているような喜びはあんまり無かった気もする。遊園地にいるキャラクターに接触しているような気はしていた。
「でも、神としてゲーム世界にいるのも飽きちゃうんだよね。チートすぎるし、先は読めるし、都合の悪いキャラもいないし。という事で、村にドラゴンライト教という宗教を創って、俺はフツーの村人としてスローライフでも送ろうかと考えたんだ」
「そんな簡単に……」
できるもの?
涼子はイマイチ納得いかないが、創作者というのは、こういう物なのかもしれない。アランによると、神だった時はキャラの記憶を変えたり、時間や曜日を操る事も簡単で、何でも出来たらしい。チート状態がかえって飽きてしまったようだ。
かくして村人としてスローライフを送り始めたアランだが、神権を渡したドラゴンライト教はカルト化し、昆虫食も推し進め、だんだんとアランのスローライフも上手く行かなくなった頃、どうやら他の世界から人が来ている事を知る。ドラゴンライト教も、誰がトップの神権を持つか大揉めしているようで、第一候補の聖女・レベッカも反対勢力が多く決まらない。今のところは神の座は空いているらしい。
「えー、この世界の神は誰かわからない状態なの!?」
次から次へと新事実がわかり、涼子の目から涙が止まっていた。
「だから、今はキャラそれぞれの自由意志が尊重されてる感じだよ。君がここに来れたのも神権を持つものがいないからだろう。君も俺もジョンも、誰かに操られていたわけでじゃない。まあ、この脚本を見る限り、ジョンも神権を狙っている可能性がある」
それを聞くとホッとしてきた。ここは仮想現実世界だが、自我はまだ尊重されているようだった。
「ジョンもこの脚本書いているわけじゃない? ジョンも神権が欲しかったりするの?」
「そうなんじゃないの。俺は大変だから神なんてやりたくないけど、人って自分が神とか、神になれるという願望を持つらしいよ。ゲームの取材で読んだ聖書に書いてあった」
涼子自身は聖書などは読んだことはないが、これは桐谷が言っていた事とも合致してしまう。アランから聞かされる神権は、あまり良いものではないが、それを狙うものが多い事は理解できてきた。
「もしかしたら、この世界は終わるかもしれない」
桐谷が言っていた事を思い出すと、そうとしか思えない。もしこの世界に神が生まれたら、本当の神様がブチ切れたりしないだろうか。日本は八百万の神の国だが、そんな専門特化型の神ではなく、オールマイティな全能な神がいても不思議ではない気持ちになる。こんな仮想世界にいるからこそ、世界を創った神的な何かは居そうな気がしてきた。
「だろうね。僕が全能の神だったら、こんな世界はサクッと滅ぼしたいよね」
「そんな怖い事を真顔で言わないでよ」
しかし、この世界は滅んだら元の世界に帰れたりしないだろうか。あるいはこの世界の神を無理矢理据え、世界を滅ぼす設定にしてしまえば、帰れる?
「っていう事にすれば、帰れると思うんだ。アラン、一時的にまた神になってくれない? それで、この世界を壊すのよ」
いいアイデアかと思ったが、アランは首を横に振った。ぞっとするような寂しい顔だった。
「嫌だよ。日本に帰っても碌な事はないじゃんか。戦争はある。泥棒も詐欺もいじめも消えない。日本なんて、現実なんて帰りたくない! あんな酷い世界はごめんだよ」
初めて感情的なアランを見た気がする。
「アラン、日本で何があったの?」
よくわからないが、アランが深く傷ついている事は伝わってきた。もしかしたら仕事もスランプ中かもしれない。兄の太一も、スランプ中は似たように荒れていた。
「本当にこの世界はいいところ?」
涼子は決してそうとは言えない。日本の悪い所を煮詰めたような所も多いし、気温は暑いし、全体的に劣化コピー。それにどこか作り物めいている。
アランは元いた世界では適応できないタイプだったのかもしれない。そう思うと責められないが、この世界だって悪い所が多いし、別にユートピアでもない。むしろ、現実逃避をしていると、もっと酷い事になりそうな不安も多い。竜宮城にいる時の浦島太郎は、こんな気分だったんじゃないだろうか。
「うるさい。恵まれている涼子にはわかんないよ」
そう言われてしまうと、泣きたくたなる。自分はアランに歩み寄りたかったが、拒絶されてしまった。
「そう、だね……」
これ以上、話しても無駄な気がした。だからと言ってこのまま、アランがいる家にも居たくない。
涼子はモコを連れて森の中に散歩に行くことにした。
「アランがあんなのメンヘラだったなんてガッカリだよ!」
森の中を歩きながら、うっすら感じていた恋心も消えていきそうな感覚も覚えた。
しかし、夜に誰もいない森の中を歩くのはちょっと怖い。さっきまでは頭の中が怒りや悲しみで一杯だったが、だんだんと冷静になってきた。
背後から声が聞こえ、振り返る。
「だ、誰?」
そこには、聖女の腰巾着・コローナがいた。相変わらず存在感はなく、幽霊のようだったが、涼子の口元に何か薬品を嗅がせていた。
「私の邪魔をする者は許さない! 私はこの世の神よ。神になるんだから!」
消えかける意識の中、コローナの絶叫だけが聞こえていた。