第34話 人間は一人一人が神ではない
村長が辞職する事により、村の様子はあっという間変わってしまった。やはりトップが変わると早いようだった。
今は昆虫食は、ジョンぐらいしか好んでいない状況になっしまった。
村の農家や果樹園、酪農が復興し、空き地には続々とそれらで埋まっていた。ボード家の昆虫ファームも取り壊され、養鶏家になっていた。元々、ボード家のご主人は卵作りに興味があり、平飼いの美味しい卵を作りたかったそうだ。この卵の味はかなり評判がよく、ボード家は昆虫ファーム時代よりも儲けているようだった。
ブラッドリーもボード家のご主人の力添えもあり、釈放され、今は養鶏場で元気に働いていた。
モニカはそんな卵や肉を売る店を開店し、貧困地区の皆の雇用も生まれていた。サミーおばあちゃんもモニカの店でパートで働きはじめ、可愛い洋服を着るようになった。魔女っぽい雰囲気はどこにも無い。
元村長はコオちゃんプロデュースに専念し、グッズの売り上げも伸びているそうだった。すっかり病気も治り、今は家族と一緒に生活しているらしい。涼子もたまにポテトサラダを差し入れに行くと、とても喜ばれた。
アシュリーは、実家の果樹園で働きつつ、ジュースやフルーツサンドの開発をしていた。これが評判がよく、観光客も現れるほどだった。
ジョンは相変わらず森で虫をとっていたが、「蟲マニア」として雑誌にコラムも書いていた。村では昆虫食は廃れたが、一部のマニアの需要はあるようだった。
アランは相変わらずだった。隣町で仕事をし、涼子の作った日本食をねだってくる。
一方、涼子は自宅での料理があまり出来ないほど多忙だった。ルースのカフェがリニューアルオープンしたが、本格的な和食が食べられると連日混み合っていた。涼子はバイトだったが、それでは手はまわらず、フルタイムで働いていた。つまりルースのカフェの正社員になってしまった。日本の法律だったらあり得ない状況だが、この国の法律では問題無い。ルースもこんなに日本食が受けるかは予想外だったようで、嬉しい悲鳴をあげていた。
問題のドラゴンライト教と聖女レベッカだが、意外と静かなものだった。メディアではドラゴンライト教を叩く動きもあったが、政治の中枢にも深く入る混んでいる為、なかなかカルトが無くなる事は無いようだった。静か過ぎるのが逆に怖かったが、今のところは実害はない。
レベッカの腰巾着だったコローナは、婚活を始めているらしい。涼子は全く興味の無い話だが、これでアシュリーや涼子を脅すような事もしていない。
涼子は多忙で日本に帰る方法は全くわからないままだった。しかし、こうして正社員職を得て、昆虫食も廃れた今は、日本に帰る気も失っていた。以前アランやジョンが言っていたように「知らなくても良い事」があるのかもしれない。
「あー、疲れた!」
そんなある夕方、ルースのカフェから疲れ切ってアランの家に帰ってきた。
本当はアランの家から引っ越すべきだったが、忙しくて、そんな暇もない。毎日仕事が終わると、最低限に家事をして、眠る生活を送っていた。
「ジョン、アラン。帰ってる?」
薄暗いリビングに灯りをつけるが、二人はまだ仕事のようだった。モコもソファの上でスヤスヤと眠っていた。
ダイニングテーブルの上は散らかっていた。ジョンが食べ残したイナゴの佃煮やコオロギのフリッターの皿がある。ジョンだけが相変わらず昆虫食ガチ勢だった。村で昆虫食が廃れても全くブレない。ここまで貫くと、誰も文句は言えず、内心気持ち悪いと思いながらもジョンの事は認めていた。
「汚いな!」
涼子は、疲れていてちょっと虫の居所が悪い。ジョンが散らかしたと思われるダイニングテーブルを掃除する事にした。食べ残しのイナゴの佃煮やコオロギのフリッターは容赦なくゴミ袋に突っ込む。あまり昆虫食は見たくないが、ジョンと共同生活を送るうちの慣れてしまった。
「あれ? 何これ?」
テーブルの上に、一冊のノートがあるのに気づいた。ノートというか少し厚めのパンフレットみたいだった。
「人生脚本。人生は自分で創るもの、人間は一人一人が神です。って何これ?」
表紙には、そんなタイトルが書いてあった。表紙を見ているだけで不安になり、思わず開いてしまった。嫌な予感が襲う。虫の知らせというものかも知れない。
中身は脚本だった。何かの演劇やゲームのシナリオみたいだったが、内容は涼子の予想を超えていた。
ジョン視点の脚本だった。彼の視点で、この村や村人のセリフやシーンが書かれている。
今の現実と大差ないシーンもあり、涼子の腕には鳥肌ができていた。脚本を書いたのは、ジョン本人らしい。筆跡はジョンのものだった。
中には涼子のセリフもある。自分が言ったと思われるセリフもあり、ますます怖くなってきた。今日の続きの脚本を見ようとしたが、怖くなってやめた。
この脚本を見ていると、この世界はゲームや漫画、その他創作物の世界だと実感してしまう。
もしかして自分の意思でやった行動、言葉も誰かに操られていたの?
この世界は仮想現実。自由意志なんて無い。
日本にいた頃、オカルトやスピリチュアル系の人がそんな事を言っていた。
今は本当にそうとしか言えない。誰か、何かの意思で動かされているの?
自我も崩壊しそうだった。
起きてきたモコを抱きしめて泣き続けたが、答えは見えない。今、泣いている現実も誰かがシナリオを作り、操っていると思うと怖くなってきた。
自分は、人間ではなく操り人形なのか。偶像と言えるものか。怖くて仕方ない。
モコは何も知らずに首を傾げていたが、涼子の涙は全く止まらない。筋トレや料理をして気分転換もできない。
しかし、モコの純粋そうな黒い瞳を見ていたら、日本にいた時の友達の顔を思い出した。一緒に筋トレをしていた仲間で、桐谷誠という名前だった。桐谷は日本では珍しいクリスチャンで、筋トレしない時は聖書を読んでいた。
「涼子、変なオカルトやスピリチュアルの動画は見ない方がいいよ」
「なんで?」
「あいつら、この世は仮想現実で、自分が神様で、自分で世界を創ってるとか言うだろ? 別にそんな事はない。世界を創ったのは全知全能の神だよ。人間同士で利害が一致しない事はどうなるんだ? 人間が一人一人神だとして、A子さんが創った未来とB子さんが創った未来の利害が食い違ったらどうなるの? 善悪の基準もはっきり持った神様がいるって思う方が確実で、リアルじゃない? 善悪も人それぞれ、人間一人一人が神だったら世界はカオスじゃん」
桐谷の言葉を思い出すと、足元が定まってきた。確かに全知全能の神様が世界すべてを創ったという考えの方が色々と納得できる。
「だったら、自分が神様だとか言って世界を創造しようとしたらどうなるの? 例えばゲーム、漫画、アニメを創る作者って自分が神様状態なんじゃない? 特にファンタジー世界や異世界ものなんて妄想上とはいえ新しい世界を創っちゃうわけで」
桐谷には、そんな疑問をぶつけていた。
「だとしても問題はない。聖書の中で、そんな人間はいっぱいいたけど、必ず滅ぼされている。本当の神様はクリエイター気質も強いからね。創られたものが、神に反抗しようとしたら滅ぼすんだよ。もし人間が神だったら、新しい惑星や新種の動物も毎日のように産まれていてもおかしくないけど、実際どうよ? 別にそんな事ないじゃん。せいぜい漫画、アニメの創作物が出てくるぐらいじゃん」
泣きながらも、桐谷の言葉を思い出し、どうにか正気を保つ。
この世界は誰かの創作したものかもしれない。宇宙のどこかにある惑星ではなく、妄想の産物という確信が強まってきた。どういうわけか妄想世界に入り込んでしまったらしい。元いた世界の劣化コピーで、日本の悪い所を凝縮したようなこの土地。月の見え方も地球と同じ。その理由がわかってきた。ここは異世界なんかじゃない。妄想世界というか、仮想世界だ。
だとしたら、もうすぐこの世界は終わるかもしれない。桐谷の言う事が正しければ、そういう事だ。




