第33話 村長、誕生日おめでとう
モコは村長がお気に入りのようだった。村長が飾り付けられたリビングに入ってくると、キャンキャン喜んでいた。
涼子やジョンより懐いている様子だった。モコが好きな涼子は内心穏やかではないが、村長のおもてなしに集中する事にした。
「どうぞ、村長。こちらの一番良い席に座ってください」
村長は上座席だ。ケーキが目の前の置かれ、一番華やかに飾り付けている。
「モコ、おとなしくしようね」
アランはモコを躾け、だいぶ大人しくなったが、席に座った村長の膝の上にいた。村長は目尻を下げ、モコの背中を撫でていた。モコのおかげで、すんなりと誕生パーティーに入れたようだ。
さっそくジュースの瓶を開け、グラスに注いで乾杯した。
「乾杯!」
昼間なので、さすがにお酒は出せない。それに村長は病気中だし、アランは酒が飲めない。涼子はこの国では成人年齢で、バイトも正社員就職もできるが、一応日本の法律に従う事になった。
「美味しい!」
フライイドチキンはアランに大好評だった。美味しいと頬を緩ませ、チキンにかぶりついていた。
「これは日本にあるお店の味を研究して作ったレシピなんだ。お店も人気の味で」
「へー、やっぱり日本って美味しいもの多いんだ」
「行ってみたい?」
「うーん、帰れなくなっちゃうのは嫌だな」
涼子とアラン、二人だけは会話が盛り上がってしまうが、なぜか村長は無言だった。フライドチキンやポテトサラダやフレンチフライには全く手をつけず、俯いている。イナゴの佃煮や芋虫のタコスはちょっと齧っていたが、戸惑っている表情だった。
「村長、もしかして昆虫食ガチ勢だった? 冷凍庫にジョンが森で取ってきたセミやセミの幼虫、芋虫なんかがあるけど食べる?」
黙っている村長に涼子は提案した。驚いた事にジョンによると、虫は冷凍庫で保存すると良いらしい。特に生きたまま獲って来たものは、冷凍庫に入れていた。そうすると、虫は冬眠に入ると勘違いし、眠ったままお亡くなりになるそうだ。あまり知りたくない事実で、食品の入れる冷蔵庫に虫が入っているのを見るのも気持ち悪い。
そんな愚痴をこぼしていたら、アランが涼子専用のミニ冷蔵庫を買ってくれた事もあった。この国では冷蔵庫は高級品だが、それだけで日本食がお気に入りのようだ。今日も頬を真っ赤にさせてフライドチキンを食べている。
「くーん」
モコも心配して村長の事を見上げていた。
「村長、涼子が作ったフライドチキン美味しいですよ。このフレンチフライもポテトサラダも。フレンチフライだけでも食べてみませんか。食後にケーキも食べましょうよ」
アランも心配そうに提案したが、村長はさらの俯いてしまった。楽しそうな誕生日パーティーの席だが、一気に空気が重くなってきた。やっぱりお酒を出した方がいいんだろうか。確かジョンが飲んでいる缶ビールやウィスキーがあったはずだ。ジョンはコオロギのフリッターをおつまみにし、時々お酒を飲んでいた。お酒にも虫にも強い胃袋なのか、彼が健康を害してる様子は全くなかった。
「先にケーキ食べようか? コオロギのコオちゃんのイラストを描いてみたんだよ」
そう言い、ケーキを切り分けようとした時だった。村長はポロポロと涙を溢していた。
「え!? 私、何か酷い事でも言いましたか?」
ギョッとしてしまう。村長と涙が全く結びつかない。死んでも泣かなそうなタイプに見えたのだが。
「私はこんな素敵な誕生日パーティーを開いてもらう資格なんて無いんだよっ!」
村長は泣きながらも、事情を話し始めた。時々喉が枯れていたようで、ジュースを一気飲みしていた。ジュースなのに酒でも飲んでいるような姿に見えた。酔っ払いにも見えてしまったが、気の済むまま村長に語らせた。
実はこの村は20年前から財政破綻していた。10年前の疫病や伝染病で壊滅的になり、いよいよ首を括ると思ったころ、聖女レベッカやって来た。言葉巧みに誘導され、ワンナイトへ。
その後聖女から脅しがはじまる。昆虫食を推進し、ドラゴンライト教の教義を広めなければ地獄に落ちる、と。
典型的なハニートラップ、美人局で、涼子は思わず「かわいそう」と思ってしまった。
最初は村長も断った。昆虫食なんて冗談ではない。すると、村長と聖女レベッカの不倫疑惑が村で流れ、選挙の立候補も危うい状況に。妻や子供からも別居され、困った村長はレベッカやドラゴンライト教に助けを求め、今に至る。
昆虫食を推進する事で教団から多額のお金や選挙援助、村の昆虫事業者には補助金などの優遇を受け入れられるようになった。その代わり、この村にあるドラゴンライト教の神殿を税金で大きくしたり、昆虫食以外のカルト教理も色々と村で推進していった。お札を高額で売りつけても、詐欺にならない抜け道を作ったり……。
想像以上のドラゴンライト教との癒着っぷりに、涼子もアランも言葉がない。特に涼子は、元いた日本とあまり変わらない状況で、気分が悪くなってくる。日本ではカルトと癒着している政治家は良い思いをしてるが、末端の信者はお金をむしり取られ、人生が崩壊していると報道されていた。サミーおばあちゃんの顔も浮かぶ。今の彼女は幸せそうだが、ちょっと前は貧困で酷い状況だった。
こうして罪の意識が積み重なっている村長は、自らを痛めつけるように昆虫ばかりを食べているという。先日の屋敷で行われた誕生日パーティもわざわざ劣悪なシェフを呼んでいたらしい。
以前、アランが言っていたように、傷ついておる人は、美味しい料理なんて食べたくないのかもしれない。むしろ、自分をもっと傷つける行動を取るのかも。涼子には全くわからない視点だが、村長の気持ちを想像する事はできる。
「そんな、村長。昆虫食と幸福や不幸は関係ないですよ。私も別に昆虫食は大嫌いですが、別に不幸にはなってないですよ」
だからと言って日本に帰れてはいないが、虫を食べたからといって何かが変わるかどうかわからない。日本にある宗教も食べ物にやたらこだわる所もあったが、それで救われているのか良くわからない。ベジタリアンの人もただただ自分を痛めつけているだけに見える。なんと言うか、心の傷を隠す為に「良い事やってる感」に酔っている感じもする。心から好きでやってたり、宗教上の理由があるのなら仕方ないが。
「そうですよ、村長。食べ物は関係ないです。人間が勝手に意味づけしてるだけですよ。もう少し楽になりませんか。俺も昆虫食やグリーンパウダーをやめましたが、特に変わりは無いです。むしろ、健康になった気もします」
アランの言葉で、村長に涙がピタリと止まった。目から鱗というか、洗脳が解けたような顔をしていた。
思えば村長は呪われていたのかもしれない。呪いをかけていたのは、聖女レベッカでもドラゴンライト教でもなく、自分の思考だったのでは無いのだろうか。
「そうか、そうかもな……。関係ないかも」
村長は、おそるおそるポテトサラダをスプーンですくい、口に運んだ。
「あれ、これは美味しいな。生き返る感じがするよ」
「ありがとう、村長。実はポテトサラダって作るのがすっごい面倒なんです。皮剥いて、茹でて、すりつぶして、味付けして、他の具材と混ぜて」
涼子がいかにポテトサラダを作るのが面倒かと力説すると、アランは大笑いし、モコはキャンキャン吠えていた。
こうして村長が普通の料理を食べる事で、この場は楽しい誕生パーティーの空気に戻った。特にモコが可愛らしく吠えていたので、村長の気も緩んでいるようだった。
すっかりお皿は空になり、デザートのケーキを切り分ける事になった。
「表面のコオちゃんのイラストが崩れちゃうー」
ケーキを切り分けると、コオちゃんのイラストはグズグズになってしまった。プロが作ったケーキとは違い、やっぱり素人感は否めない。ケーキはカフェ店長のルースにお願いしても良かったかもしれない。
「いやいや、見かけはアレだけど、美味しいよ。バタークリーム、懐かしいな」
村長は見た目がちょっと汚いケーキを笑顔で食べていた。涼子の方が逆に元気を貰えそうだ。そういえば日本にいたころ、近所でお婆さんが一人でやっていた弁当屋があった。唐揚げは石みたいに硬いし、サラダは油でギトギトだったが、なぜか地元の皆んなに愛されていた。確かに料理は味では無いのかもしれないが、完璧なプロの料理だけが認められる世の中は、ちょっと寂しいと涼子は思う。未完成で至らないものも社会に必要だと感じる。そうで無いと、いずれ自分も社会から淘汰されるかもしれない。人間は完璧にはなれない。正しくも無い。
「実は、コオちゃんは私がデザインしたんだ」
「えー!?」
村長の爆弾発言に涼子もアランもびっくりしていた。
「あと、たまに着ぐるみの中の人やってる。ステージの演出や脚本も」
「村長、そっちの才能活かした方がいいですよ! ぶっちゃけ、政治家向いてない! コオちゃんのプロデュース業の方が絶対いいですよ!」
涼子は力説していた。お祭りの時もコオちゃんのパフォーマンスはプロの仕事だった。日本でもご当地キャラクターで町おこししている。村長はコオちゃんの仕事を専念した方が、村の為になるのでは?
「そうだな。うん、村長辞めるわ。昆虫食もやめよう。みんな辞める」
あっさりと村長職を放棄していたが、誰も反対などはしなかった。
「改めてお誕生日おめでとう、村長」
最後にアランが拍手して祝った。なぜかアランは村長に親のような表情を見せていたが、とりあえず良いところに話がまとまったようだ。