第31話 美味しいものを食べて欲しい
村長の誕生パーティーは、主役が病気で倒れてしまった為、グダグダになりつつ終わった。客の女達はお酒を飲んでドンチャン騒ぎ。その片付けや後処理で、涼子やアシュリーの仕事も夜までかかってしまった。
客の女達は、昆虫食料理を誰も食べていない。
「あんなゲテモノ料理食べるわけないじゃーん」
「まずそうwww」
村長の前ではしおらしい女性を演じていたようだが、本性はなかなか酷いようだった。確かに涼子もグリラス料理長が作ったものは、どれも不味そうで食べたくないが。
ただ、余った料理を廃棄するのは気は引けた。コオロギ寿司とパン、ケーキは持ち帰る事にした。アシュリーはドン引きしていたが、ジョンが食べるだろうと言うと納得していた。
「ジョンも意地張らないで実家に帰ればいいのにね」
「そうは言っても、無理だわ。子供の頃からあんな感じだもの」
アシュリーは呆れつつも、ジョンは嫌いではなさそう。ジョンに持ち帰るというと、ドギーバックやタッパーを用意して、残り物を綺麗につめてくれた。
厨房はグラリス料理長がブチ切れたので、めちゃくちゃだったが、後の片付けは村長宅の専属のメイドがしてくれる事になり家に帰った。専属のメイド達は、涼子を見る目が冷たかったが、仕方ない。異世界アニメのように、誰からもすぐに愛されるのは、難しいようだった。
「ただいまー」
家に帰ると、アランとジョンはちょうど食事中だった。ジョンは芋虫のタコス、アランは野菜スープとオートミールのお粥を食べていた。野菜スープは涼子が作り置きしていたものだった。オートミールは、最近体重が気になるアランがダイエットの為に食べていた。涼子が食事を作るようになり、アランの体重は増えつつあった。元々、げっそりと痩せ顔色が悪かったので、別にダイエットをする必要は無いが。
「涼子、おかえり。村長のところのバイトはどうだった?」
アランの声は優しげで、今日の事をうっかり忘れそうになる。今日はコオロギ料理を見過ぎたせいで、食欲がない。ジュースだけコップにしそいでダイニングテーブルにつく。
「うん、ジョン、これはお土産だよ。一流のコオロギ料理長プロデュースの寿司やパン」
持ち帰ったドギーバッグやタッパーを食卓に広げてみた。
「うっ」
アランは意外と正直で、苦虫を噛み潰した表情を浮かべていた。実際はコオロギ料理を見ただけで、苦虫は食べていないわけだが。
涼子は今日村長宅であった事を話した。八割以上愚痴だった。
「村長がコオロギ料理食べて倒れちゃったんだよね。原因は心臓病の悪化だったけど、客や他のメイドに毒持ったんじゃないかと疑われて」
深いため息も溢れる。比較的女性達は、ハッキリとした証拠よりもその場の空気や雰囲気を優先する。異世界といっても別に人間の悪い部分は変わらず、ため息が出る。特に涼子は元いた世界では脳筋とか女子達に悪口を言われる事もあったので、女子の陰湿さは苦手だった。今のようにアランとジョンという男子と暮らすのは、案外性にあっていた。
「まあ、このコオロギはあんまり質のいいものじゃないぜ?」
ジョンはコオロギ寿司を食べると、珍しく顔を顰めていた。
「俺は単なる昆虫食ガチ勢じゃないぜ。食べるとだいたい餌がわかる。これは、飼育環境も悪いし共食いしてるコオロギかも」
「えー? 共食い?」
ジョンの無駄な才能には引くが、コオロギが共食いするとは驚きだ。
「ジョン、すごいじゃないか」
アランは素直に褒めていたが、涼子の表情は引き攣っていた。ジョンはガチ勢すぎる。
「コオロギファームも、質の悪い業者がいるんだよ。通常はコスパの悪い昆虫なんだが、手間や金をケチると劣悪なものが生まれるのさ」
「すごいよ、ジョン!」
アランが褒めるものだから、すっかりジョンはいい気になっている。
「でもこの料理作ったのは、一流のコオロギ料理長だったのよ。材料も彼が用意したんだよ」
「ケチったんだろうな」
ジョンはばっさり結論づけた。
「昆虫食は最近わが国で注目されている。この村ではレベッカの後押しがあったわけだが、まだまだ文化が成熟していないのだよ。アレルギーの問題もある。罰ゲームやドッキリで昆虫食を使うのもダメだがな……。いじめで昆虫料理を使ったら、俺は許さないからな。ガチ勢として、それだけは絶対認めんよ。たぶん、その料理長もニワカだよ。あるいは金目当て」
さすが昆虫食ガチ勢というべきか、ジョンは昆虫食の問題を真面目に語っていた。こんな事を聞かされると、一方的に昆虫食を否定する気も失う。
「涼子、その料理長の名前は何て言うの?」
「グリラス料理長だよ」
アランは何か気になったようで、料理長の名前を聞くと、考え込んでいた。
「あ、思い出した。グリラス料理長って何年か前に都会で食中毒起こしてパクリ疑惑がある人だよ。確か……」
「俺も思い出した! アイツはかなり悪名高いやつだよ。従業員の扱いも悪いって週刊誌でスキャンダルになってた」
ジョンも思い出し、ドギーバッグやタッパーの蓋を閉じた。これはグリラス料理長の料理は食べないという意思表示だろう。
「なんで、村長はそんな料理長をわざわざ雇ったんだろう。友達だったらしいけど。しかも、誕生日に……」
涼子も考えてみたが、わからない。
「俺は、村長の気持ちわかるかも。なんかさ、自分の中で許せない気持ちがあって、自虐してた気がするね」
涼子もジョンも村長の気持ちは全く分からなかったが、アランは同情的だった。
「どういう事? 私は全くわからない」
「俺もわからんよ」
「確実とは言えないけど、村長は傷ついている気がする。奥さんとも別居中だったでしょ。不倫疑惑もあるけど、寂しいのかもね?」
ふと、アランも何か寂しさを抱えているような気がした。一見、穏やかに笑っていたが、ここまで村長の気持ちが想像できるのは、心に傷やトラウマがあるような気もしてしまう。
自虐行為のような事をする村長を責める気分は無くなった。確かに傷ついている時は、美味しい料理を食べる気にはなれない。鈍い涼子だが、それだけは理解できてしまった。元いた世界のベジタリアンの人も、なんか心に闇があるような気がしてきた。心から喜んでベジタリアンをやっているというよりは、義務感、自虐、修行、宗教という言葉を連想してしまう。
しんみりとした空気が流れる中、モコがダイニングテーブルの方にやってきた。キャンと吠え、尻尾を振っていた。
モコのおかげで、アランもジョンも気が抜けたような表情を浮かべていた。
「なんか、村長にも美味しいものを食べてほしい」
村長は何を思っているかはわからない。昆虫食もガチ勢で好きな可能性もあるが、せっかくの誕生日が台無しになったのは確かだ。何か埋め合わせのような事もしてみたくなった。
「うちに村長呼んで、誕生日パーティーし直すのはどう?」
実現できるかわからないが、とりあえず提案してみた。
「いいんじゃない? 村長ってうちのモコが好きなんだよ。時々写真撮らせてって言ってくるし」
「アラン、いいの? ジョンもいい?」
「いいんじゃない? その代わり、俺は芋虫のタコス食いたいよ」
三人の意見も纏まり、この家で村長の誕生パーティーを改めてする事になった。さっそく招待状を出し、部屋も飾りつける。意外な事に村長からはここでの誕生日パーティーに参加したいという返事が届いた。