第30話 コオロギ料理で誕生パーティー
翌日、涼子とアシュリーは、村長の屋敷の厨房にいた。アシュリーからメイド服をかり、涼子もすっかろメイドになっていた。袖や裾はヒラヒラだったが、全身真っ黒なので気が引き締まる。シェフが料理し、メイド達が盛り付けや配膳をしていた。広々とした厨房だが、皆が忙しく動き回っていた。やはりボード家と同等レベルの金持ちのようで、屋敷も厨房も広かった。
「ひぃ……」
仕事はスープの上にトッピングを載せるだけなのだが、涼子の顔が引き攣っていた。それもそのはずだ。一見普通の冷製スープだが、トッピングはコオロギ丸ごと一匹だった。スープもコオロギパウダーから作ったもので、一杯のスープで千匹配合されているという。色も真っ黒でドブ川スープだった。匂いも家畜小屋とドブ川がブレンドされたようなものが漂っていて、涼子は調理用のマスクを鼻の上まで押し上げる。本当に虫唾がは走る。走りまくっていた。
このスープは「コオロギの黄昏冷製スープ」という名前だが「黄昏どころじゃないから!」とツッコミを入れたくなった。
ただ無心になりながら、スープのコオロギをトッピングしていた。隣で働くアシュリーの目も死んでいて、ロボットのように手を動かしている。
驚いた事に村長は昆虫食ガチ勢だった。少なくくとも誕生日にコオロギ料理を食べたいほどには、昆虫食好きだった。シェフもざわざ一流のコオロギ料理長を呼んでいた。グリラスという料理長で、厨房で指揮をとっていた。六十歳ぐらいで村長と同じ歳ぐらいだ。かなり体格がよく、でっぷりと太っている。下腹がポッコリと出ていて、普段はアイスクリームやラーメンが好きそうな体格だった。筋トレは絶対嫌いそう。
「グリラス料理長は、村長の友達みたい」
「へぇー」
アシュリーは小声で教えてくれたが、その目は相変わらず死んでいた。
トッピング作業がひと段落すると、パン作りを手伝った。ミルクや小麦粉、バターたっぷりの美味しそうなパン生地にコオロギパウダーを大量に入れているのが理解できない。普通にこのままで良くない?
ただ、グリラス料理長はコオロギパウダー入りのパンの自信があるようで、涼子達が少しでも眉間に皺を寄せると怒号が飛んできた。「コオロギを悪く言うものは反コオロギの陰謀論者だ! 法的措置もとる!」という。厨房は一気にブラック企業のような雰囲気になり、涼子もアシュリーも目を死なせながら、どうにか仕事をこなしていた。
出来上がったメニューは、コオロギの寿司、コオロギのスープ、コオロギパン、コオロギロールケーキだった。肉や魚は一切使われず、匂いも家畜小屋かドブ川だったが、料理長は出来に満足していた。
涼子とメイド達は、パーティー会場にせっせと料理を運ぶ。
パーティーは大広間で行われていたが、村長は椅子にふんずりかえっていた。客もキャバ嬢のような派手な女ばかりで、涼子がコオロギの寿司やスープを持っていくと、キツく睨まれた。一方、村長は涼子にフレンドリーに接してきた。
「日本人なの? へー、珍しいルックスだな」
村長は、涼子の身の上を聞き、興味を持ってきた。以外と村長は気さくで優しい。聖女レベッカと不倫していたというから、もっと性格が悪い気がした。
「日本に帰る方法は分かりませんかね?」
ダメもとで聞いてみた。
「コオロギを食べると、帰れるよ!」
村長は、ばくっとコオロギ寿司を食べていた。その表情は楽しそうで、確実に洗脳されていると思った。ジョンのように単純に昆虫が好きという感じがしない。何か呪術的に意味付けをしているのが一番気持ち悪く、涼子の二の腕に鳥肌が浮いていた。もちろん、コオロギを食べて日本に帰れるわけがない。
「何を根拠でそう思うんですか?」
口調は柔らかく、笑顔を無理矢理作って聞いてみた。
「聖女レベッカが言っていたからね。おかげで選挙も当選できたし、レベッカには頭が上がらんよ」
村長は美味しそうにコオロギ寿司を食べ、コオロギスープを飲み干した。
「村長ー。そんなに早食いしたら、ダメですよ!」
やんわりと注意したつもりだった。村長は、突然苦しみはじめた。
「村長、どうしたんですか!」
涼子は慌てて村長の背中をさする。スーツの上着越しだが、息が荒いのが伝わってきた。
「だれか、お医者さん呼んでください!」
涼子が叫んだ時、村長は椅子から転げて落ちて倒れてしまった。
すぐに医者がきた。屋敷に専属の医者を住まわせているらしい。あっという間に村長は担架で担がれ、医務室に連れていかれてしまった。
テーブルの上には、村長の食べ残しのコオロギ寿司やスープがあった。客達はそこに注目している。
「あ、あの日本人のメイドが毒でも盛ったんじゃない?」
客の誰かが言い、涼子は一斉に注目を集めてしまった。
結局、村長は持病の心臓病が少し悪化しただけで、コオロギ寿司やコオロギスープは全く関係無い事がわかったが、涼子はなぜか疑われたままだった。
グリラス料理長もブチ切れ、二度とこの村では、料理をしないと言うほどだった。
どういう事?
やっぱり異世界アニメやライトノベルのように安直にチートという訳にはいかないようだった。




