第29話 チートなのが逆に怖いから
祭りが終わり、村はザワザワと落ち着きがなかった。
ブラッドリーは逮捕されたが、新聞によると重い罪にはならないだろいうと書かれていた。なぜか新聞は、涼子とルースが作ったイナゴ弁当が取り上げられて、「これがブラッドリーの心を動かした」と書かれていた。正直、そんな大層な事をやっていないので、戸惑うばかりだ。ルースのカフェは新聞記者も来たらしく、村は祭りの日以来騒がしかった。
ボード家のご主人は、本当に昆虫ファームをやめてしまった。村の昆虫ファームは閉鎖され、代わりに再びボード家のご主人は、村で農業を始めるという話だった。
「まさか本当にご主人様が昆虫ファームをやめてしまうとは思わなかったわ」
「そうね、アシュリー」
ここは隣のベジ町にあるスーパーだ。アシュリーと偶然会い、一緒に買い物をしていた。野菜や果実コーナーで、トマトやきゅうりを選んでいた。この国ではあまり農業は盛んではなく、輸入に頼っているようだ。国産の野菜はあんまりなかった。
「ご主人は農業に復帰して大丈夫? この土地って野菜取れるの?」
涼子は単純にそこが疑問だった。
「そうなのよねー。でもご主人は昆虫ファームはやりたくないみたい。もう、顔はスッキリしてた。奥さんも上機嫌だった」
「そっかー」
「まあ、ボード家が昆虫ファームやめたら、かなり風向きが変わるかも。もう村で昆虫食が終わる可能性があるわ」
野菜をカゴに入れると、二人で調味料のコーナーの向かった。
「あれ、味噌や醤油が売れ切れてるんだけど」
涼子は日本の調味料が全く無い事に気づいた。値段も高くてあまり売れていないはずだったが。
「店員さん、味噌や醤油って売れ切れてですか?」
アシュリーはそばで品出ししていた店員に声をかけた。40代ぐらいの女性店員でペラペラと事情を話しはじめた。
「ええ。お隣のクリケット村の人がよく買っているみたい。ごめんなさいね。メーカーも在庫切れみたいで、入荷するのはもうちょっと後ね。なぜかしら、日本食がちょっとブームなのかな?」
店員は首を傾げつつ、仕事に戻っていった。
その後、スーパーの昆虫コーナーももてみたが、撤去されてなくなっていたようだ。イナゴの佃煮は人気のようで売っていたが。
「どうやら、村の人も目が覚めて、昆虫食をやめている可能性があるわ」
「アシュリー、本当?」
レジをすませ、エコバッグに買ったものを詰めながらアシュリーが結論づけていた。
「ルースのカフェも日本食がいつ食べられるのかって問い合わせがいっぱい来てるらしいし、やっぱりボード家のご主人が昆虫ファームやめるっていうのは、衝撃的だったのね」
「それはいいけど、聖女レベッカとかが報復してきたりしないかな?」
涼子はそれが不安だった。買い物を終えると、二人でレベッカがいつもパフォーマンスをしてる公園に向かった。
しかし、涼子の悪い予感は外れ、公園は閑散としていた。聖女レベッカの姿もない。
「昼間だったらいつもレベッカがパフォーマンスしているはずなのに」
アシュリーは首を傾げていた。
「アシュリー、聖女レベッカってどこに住んでるの?」
「ここから北に向かった場所にある神殿にいるみたい。薄暗いところだから、村の人も滅多に行かないけどね」
「そっかー。しかし、あのレベッカが大人しくしているのが、不気味だよ」
妙な踊りや歌で脅してきた事も思い出す。あそこまでしてきたレベッカが大人しいのは、どう考えても不気味だった。
「まあ、レベッカもブラッドリーの件を聞いて反省したんじゃない?」
「そっかなー」
涼子に比べてアシュリーは楽観的だった。公園の日陰にあるベンチに座り、ジュースを啜りながらちょっと休憩する事になったが、アシュリーは特に不安は無さそうだった。
「日本食がこの村で広がるのは、いい事よ? 涼子は何が不安なの?」
アシュリーは話を聞いてくれるようで、思わず本音が漏れそうだった。
「だってこんな簡単に行くのっておかしい気がするよ。あんなに昆虫食に洗脳されていた村の人達が……」
異世界もののライトノベルでは、簡単に主人公の行動が認められたりしていた。日本食も特に反対される事もなく、あっさり絶賛されたりしていた。物語として楽しむ時は、そんなチートも楽しいが、いざ現実的にその立場になるとちょっと怖い。筋トレというコツコツ努力する事を続けていた涼子は違和感しかない。やはり、この村の人の遺伝子は日本人で、この世界は何かの創作物の世界と思う方が筋が通る。
「ねえ、アシュリー。この世界って仮想現実?」
ふと、そんな言葉が浮かぶ。元いた世界でが、スピリチュアルやオカルト風のYouTuberが「この世界は仮想世界で、人の自由意志も実体など無い」と言っていたのも思い出す。足元から地面が崩れて落ちていくような不安も感じる。
日本に帰る方法も何一つ思い浮かばない。ジョンやアランにも相談していたが、「考えすぎ」と軽くあしらわれる事が多かった。
「涼子、世の中には知らなくてもいい事があるのよ」
また、このセリフ。飲んでいた柑橘系のジュースが突然苦く感じた。どうもアシュリーも何かを隠しているようだった。メンタルが太い涼子でも、だんだんと不安になってくる。
「そうだ、いいバイトがあるんだけど、一緒にやらない? ルースのカフェはまだリニューアルオープンになっていないでしょ?」
「バイト?」
その言葉に涼子は顔をあげた。そばかすが浮き、いかにも素朴な田舎娘のアシュリーの顔を見ていたら、少しホッとしてきた。
「うん。明日村長の誕生パーティーがあるんだけど、配膳の仕事はがちょっと人手不足なんだって。料理を運ぶだけの簡単な仕事だけど、やってみない? 私も小遣い稼ぎで行ってみようと思ってるの」
「アシュリーも行くの?」
「ええ。ボード家のメイドも何人か助っ人に行くように言われてるし。いい気分転換になるんじゃない?」
「うん。じゃあ、バイトやってみるよ」
涼子もバイトをする事になった。まだ不安は取れないが、とりあえずお金は稼いだ方がいいだろう。