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第28話 イナゴ弁当を召し上がれ

 ブラッドリーは、背後から涼子の肩を掴み、銃を向けていた。


「やめろ、こんな事しても何の解決策にならない」


 誰もが無言を貫くなか、アランだけがステージに上り、ブラッドリーと対峙していた。つくづくイケメンなスパダリだ。初対面の時に残念イケメンだと思ってしまった事を反省してしまう涼子だが、今は恐怖でそれどころでは無い。自分でもよく食べ物を吐いたりしていないと思う。


「警察呼ぶぞ。本当にこんな事して何が楽しいんだ? ゴキブ100匹粉にして食わすぞい!」


 ジョンもステージに上がって応戦してきた。アランの説得ではなく、ジョンのゴキブリ発言に怯んでいるブラッドリーって一体……。


「ふん! 警察なんて来るもんか。この国の警察も警察もドラゴンライト教の関係者ばかりだ。お前の親だってそうだ!」


 なぜかブラッドリーの怒りの矛先がジョンに向かっていた。ゴキブリ100匹が何か刺激した!?


 しかし、そうでは無く事情がある事をブラッドリーはポソポソと話し始めた。ボード家夫婦や村長、ルースは恐怖ですっかり気が抜け、まともに意識があるのは涼子、アラン、ジョンだけの様だった。客席には人がなく、屋台や休憩ブースの方では野次馬ができていたが、警察が来る様子は全くない。そんな中でブラッドリーの声だけ響く。


 ブラッドリーの事情は、亡くなった母親の事だった。


 数年前、コオロギとゴキブリの踊り食いコンテストに出場したブラッドリーの母は、その数時間後に死亡した。この村の医者であるジョンの両親が検死したが、死因は虫の食べ過ぎの窒息死。


 納得いかないブラッドリーは他国の医者の再度検死してもらったところ、体内の寄生虫が生き返り、内臓が食べられた事が死因だった。ブラッドリーは、昆虫食を推し進めた村長やボード家、ドラゴンライト教に恨みを募らせていると語っていた。


 涙ながらに語るブラッドリーに同情はできるが、自分は殺されたくない。涼子も口だけは動く。ブラッドリーに説得を試みてみた。


「確かに私も昆虫食は嫌いだよ。そんなリスクがあるなんて知らなかった。ブラッドリー、教えてくれてありがとう」


 お礼を言うと、ブラッドリーは少し怯んでいた。ジョンのゴキブリ100匹発言には負けるけど。


「まあ、うちの両親もドラゴンライト教の信者でよ。悪かったよ。ところで、寄生虫って本当なんか? 確かにリスクはあるが、俺は子供の頃から虫を食っていて、お腹を壊した事は無いんだが。今の時期は芋虫が美味しいぞ」

「ジョン、今は黙って。君の体質が異常なんだよ。普通、虫なんて食べたら健康を害すって」


 ジョンはこの場で昆虫食の演説を始めたので、アランは必死で止めていた。ジョンはこの場でも全くいつも通りで、平然とした表情だった。しかもステージ上にあるコンテストの出品料理もつまみ食いしていた。だんだんとブラッドリーも戦意が削がれている様だった。


「うん? 涼子が作ったイナゴの卵焼きは美味いぞ。なんか母ちゃんが作ってくれたような懐かしい味がする」


 その上、ジョンはイナゴの佃煮入りの卵焼きを食べて涙を流していた。


「どれ、俺も食べてみようかな」


 アランまで涼子とルースが作った弁当の卵焼きをつまみ食いしているではないか。ステージ上には温い空気が立ち込め、村長やボード家夫婦、ルースも意識をとり戻していた。


「うまい、この卵焼き美味しいよ。唐揚げも最高においしい」


 ニコニコ顔でアランは弁当の中身を食べていた。


「ブラッドリーも食べてみなよ」

「そんなに言うなら食べてやってもいいぞ」


 アランに勧められてブラッドリーは弁当を食べていた。銃を手放し、涼子からも離れている。ジョンはつかさずその銃を手中に収め、涼子はホッと息を漏らす。


「わあああああ。母ちゃん、会いたいよおおおお」


 弁当を食べながらブラッドリーは大泣きしていた。なぜ泣いているかはわからないが、この弁当がブラッドリーの哀愁を刺激してしまったらしい。確かに日本人ではなくとも、素朴で愛情こもったイナゴ弁当には見える。ルースに彩りを良くして貰って正解だった。


「悪かったよ、ブラッドリー」


 驚いた事にボード家のご主人も泣きながら謝罪していた。


「本当は私も虫なんか商売にしたくなかった。でも、農家が伝染病で壊滅的になってしまった。どうにかして立て直す為、村長に昆虫食を持ちかけられたんだ。補助金など、優遇があるからね。村でのお祭りも主催するとお金入ったしな。でも、ブラッドリーのお母さんを亡くす結果になるとは……。本当はずっと後悔してた」


 ボード家ものご主人は、誠心誠意謝罪していた。


「あなた、もういいのよ。ごめんね、ブラッドリー」


 奥様も心を痛めて泣いている。


「私はご主人の気持ちがわかるけど」


 ルースは複雑な表情でつぶやいていた。


「うん。もうウチの昆虫ファームは辞めようと思う。モニカやルースの店も昆虫食を辞めてしまうしね。君をここまでして苦しめたのは、私の責任だ」


 最後にボード家のご主人は爆弾発言を落とした。特に村長は目を見開いて言葉を失っているようだった。


 その後、ブラッドリーは駆けつけた警察に連行され、涼子達も警官に事情を話した。何回も同じ事を話し、すっかり疲れてしまった。


 こうして昆虫食コンテストは、グダグダになり、優勝者不在のまま幕が降りてしまった。結局誰が一番審査員に受けたかはわからないが、仕方がない。


 ボード家のご主人の発言は本当だろうか。昆虫ファームをやめるなんて嬉しいニュースのはずだが、こんな形で終わらせるのはちょっと微妙な気もしてしまう。


 村の昆虫食文化は廃れはじめていたが、涼子は本当にこれで良いのかわからなかった。自分の存在が少なからず村に影響を与えているようで、ちょっと怖くもなってきた。日本食で無双したいわけでも、昆虫食をやめさせたいわけでは無いのだが。

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