第24話 虫を食え♪ 虫を食え♪
「じゃあね、涼子。リニューアルオープンの日付けが決まったら、また連絡するわ」
「オッケー! 楽しみにしてるよ」
涼子はルースのカフェを後にすると、商店街から公園の方に向かった。
昼もすぐ、今は15時ぐらいだったが、ルースとの日本食メニューを開発するのが面白く、うっかり半日以上居座ってしまった。
今日は晴れていたが、相変わらず暑く、少し一休みしたい気分だった。商店街近くにある村の公園は、明後日開かれるお祭りの準備が進められていた。
公園の入り口には、「クリケット村感謝祭」と書かれた看板も出ていた。他にはコオロギの可愛いイラストも描いてある。クリケット村にご当地キャラ・コオちゃんというらしい。イラストで見るコオちゃんは、確かに可愛らしいが、やっぱり食べたくはない。コオちゃんは細い設定もあり、バッタやゴキブリとも仲良しらしい。どちらも可愛いイラストで表現されていたが、この村は過去にあった疫病や伝染病のおかげで子供が極端に少ない為、人気が無いようだったが。他の土地でアピールしても良いかもしれない。
公園の入り口から、中央の広場に向かった。もうお祭りの為の特設ステージや屋台が設置されていた。街頭もデコレーションされ、広場はお祭りは始まるワクワク感が満ちていた。屋台は、コオロギ煎餅やクッキー、グリーンパウダー入りのアイスやマフィンを売るようなので、あまり食欲は刺激されないが。
特設ステージでは、リハーサルも開かれていた。当日は昆虫料理コンテストだけでなく、聖女レベッカのパフォーマンスもあるらしい。レベッカは、特設ステージの上に立ち、歌や踊りの確認をしていた。時々スタッフに偉そうな口を叩き、限りなく感じが悪い。しかし、ステージの周りには村人が何人か集まり、レベッカの声援を送っていた。聖女というよりアイドルみたいだ。アイドルの意味は、偶像らしいので、こんな風に村人達に持ち上げられておるのは、理にかなってはいる。
「オーミクロン! ハイ! クリケット! クリケット! ハイ! クリケット! ハイ!」
しかし、レベッカの歌も踊りもアイドルのようにキラキラしていない。珍妙なダンスと呪文のような歌詞の音楽で、怪しさ満載だった。
「きゃー! レベッカ様素敵!」
最前列にいる村人の中の一人は、そんなカルト的なパフォーマンスでも、興奮して騒いでいた。ジョンやアシュリーと同じ歳ぐらいの若い女性だった。この村では標準的な西洋風ルックスの女性だが、目はあまり大きくない。髪の色も薄い金髪で肌の色も真っ白で、幽霊のような透明感がある。よく言えば儚い雰囲気。悪く言えば存在感がない。こうしてレベッカを応援する事で、どうにか姿形を保っているようにも見えた。
涼子は、あの女性が誰だか思い出した。少し前、村の商店街ですれ違った時挨拶した。名前はコローナといい、ボード家の昆虫ファームで働いていると言っていた。確かに自己紹介を交わしたはずだが、コローナは印象が薄く、すっかり忘れていた。むしろ存在感が薄いのが特徴的な女性だった。
「あら、涼子じゃない。こっちに来てレベッカ様を応援しましょう」
コローナの事を思い出していたら、本人に声をかけられた。自分はすっかりコローナの事を忘れていたが、自分の事は覚えられていたようだ。その気まずさもあり、コローナと一緒にレベッカのステージを見る事にした。リハーサルという事もあり、ステージはまだライトや音楽などの演出もなく、延々と珍妙な踊りと呪いのような音楽が流れ、さすがの涼子も欠伸をしてしまった。それをレベッカは見逃さなかった。レベッカは体幹もフニャフニャなので、ダンスが全く映えない。この珍妙な踊りでも、体格がしっかりした人なら映えそうなのに。レベッカのダルダルの二の腕やO脚が気になって仕方がない。メイクで若作りしているが、おそらく年齢は45歳ぐらいだろうとぼんやりと考えているところだった。
「ちょっと、あなた? 見かけない顔だけど、この土地の人?」
レベッカに睨まれた。
「この子は日本という国から異世界転移してきたみたいです。萩野涼子っていう名前です」
コローナは涼子の代わりにそう言った。まるで優秀な秘書のような口ぶりだった。ルースは、コローナはレベッカの腰巾着と言っていたが、そうにしか見えなくなってしまった。レベッカが死ねと言えば、本当に死にそうな雰囲気だ。レベッカに睨まれた事はそう怖くはなかった。この幽霊のような雰囲気のコローナの方が闇深くて怖い。
「ふーん。異世界転移ね……。あ、今、神の言葉が降りてきそう」
レベッカは、ステージ上から空を見つめた。
「な、なに?」
「静かにして。レベッカ様は神託ができるの。神の言葉を受け取っているかもしれない」
コローナにピシャリと言われ、涼子は口篭った。ステージの周りにいる村人数人も黙り、神の言葉を受け取っているらしいレベッカを無言で見守っていた。
「神託です。あなたは、日本には帰れません」
「え、レベッカどういう事?」
思わず大声で言ってしまった。
「レベッカ様と言いなさいよ。まあ、コオロギとゴキブリとアリと芋虫とサソリを食べれば、日本に帰れるかもしれない。神がそう言っているのよ♪」
レベッカが歌うように言うと、村人やコローナ達から「虫を喰え!」と大合唱された。
「そう、虫を食え♪ 虫を食え♪ 虫を食って不幸を防ごう♪ 私たちの苦行を神は報いてくださる♪ 虫、虫、虫よ。あぁ、虫を食え♪ 虫を食え♪」
レベッカもステージ上で歌い続け、涼子の理性は崩壊しそうだった。変な歌だが、妙に耳につき、潜在意識に刻まれそう。
村人が虫を食べていたのは、こんな風にマインドコントロールをされたせいだろう。不安な事を言われた後に、潜在意識に響くような音楽や歌で、涼子はまともな判断力を失っていた。
「虫を食べたら、日本に帰れる?」
「ええ」
レベッカは生きたままのコオロギを手でつかみ、涼子の前に差し出した。
食べるしかない。これで日本に戻れるのなら。
そう思った時だった。
「涼子、何やってるの?」
メイド服姿のアシュリーだった。肩にはエコバッグを掛けていて買い物の帰りらしい。
「いいから、とりあえず行きましょう」
「で、でも。アシュリー、虫食べないと。日本に帰れない」
「そんな事ないから」
アシュリーに腕を引っ張られ、広場を後にした。アシュリーは涼子の事を怒っているかと思ったが、そんな事はなかった。むしろ、憐れんでいるような表情を浮かべていた。




