第23話 日本食で無双したい訳ではないですが
この村に来てから数日が流れた。ホームシックのなりかけたものの、アランには毎日食事をねだられ、ジョンとは口喧嘩しながら概ね平和に過ごしていた。
この世界から元いた世界に変える方法は、何ひとつ手に入らない。アランから貰った本は全部読んだが、どうも作り物っぽいというか、胡散臭いのだ。この国の魔術師が日本人を召喚していたというが、呪文や魔法陣で召喚と本に書かれていると嘘くさい。ファンタジー小説やゲームの設定のような。そう思うと、この世界はゲームや漫画、アニメなどの創作物の世界というのが一番しっくりきた。日本語が通じる事、思ったより村であっさり日本食が受け入れられているのを見ると、その確信が強まってしまう。
今、村では日本食がプチブーム中だった。涼子が積極的に広めたのではなく、モニカやサミーおばあちゃんの口コミで広がっているようだった。
「涼子、おにぎりってこんな風でいいの?」
ここは、村にあるカフェの厨房だった。ルースが経営しているinsect cafeだ。涼子がはじめて昆虫食を見たあのカフェだった。
店長のルースは、てっきり昆虫食容認派だと思った。何よりメニューが昆虫食だらけだし、店の名前もinsect、虫のカフェ。しかし、村で日本食が密かになブームになると、相談しにきた。日本食のメニューも作りたいと言い、協力してあげる事になった。今日も厨房でいくつか試作品を作っていた。おにぎり、味噌汁、うどん、漬物などをルースと作り、カフェっぽい綺麗な盛り付けなども研究していた。
昆虫食ばかり出していたカフェの厨房と思うと、ちょっと抵抗があるが、きちんと消毒されて問題はない。厨房の作業台の上には、おにぎりと唐揚げ、卵焼きが乗ったプレートが乗っていた。量は多くないが、彩りもよく、いかにもカフェ飯という雰囲気だった。
涼子は別に調理のプロではない。ルースの盛り付けはセンスがよく、見ていると参考になる。ルースは歳は30歳ぐらいだが、この国ではベテラン扱いされる年齢らしい。確かに料理の手捌きは、どう見てもプロだった。涼子もさすがに負けを認めざるおえない。異世界もののライトノベルでは、料理が趣味レベルの主人公も日本食で無双出来たりしていたが、やっぱりそれは難しいと思ってしまった。プロと素人は、明らかに差があると涼子は思う。
こうして涼子はルースの店を手伝っていた。僅かながらバイト代も出て嬉しい限りだが。
「ところで、ルースは何で突然日本食出したくなったの? 昆虫食ガチ勢だと思っていたよ」
このカフェで出された昆虫食の数々を思い出す。今はジョンのおかげで慣れているが、はじめてゴキブリのピザ、コオロギのフリッター、アリのサラダを見た時の衝撃は忘れられない。
「そうなんだけどねぇ。昆虫食専門カフェといっても、ジョンやコローナぐらいしか客も来ないし、行き詰まっていたのよ」
「ジョンはわかるけど、コローナって誰?」
涼子はその人物の名前も顔も知らなかった。だんだん村に慣れてきたとはいえ、全員の顔と名前が一致している訳でもない。
「コローナは、ジョンと同じで昆虫食が好きな女性ね。歳もジョン達と同じぐらいだけど、聖女レベッカの腰巾着。大人しい人よ。ぶっちゃけ、存在感はないけど」
「へー」
たぶん、コローナに会った事はあると思うが、存在感が薄いのなら仕方がない。
そんな事を言いつつ、この出来上がったおにぎりプレートを試食してみた。涼子がレシピを教えてだけだが、やっぱりプロのルースが作ったものはおいしい。おにぎりの米はふっくらしているし、唐揚げの衣もサクサクだ。卵焼きもしっかり出汁が効いて甘めだ。良い香りもする。
「美味しい。これは、売れると思うよ!」
「ありがとう」
「太鼓判押すからね!」
初対面の時は、昆虫食は恐ろしすぎてルースに酷い態度をとってしまったが、どうにか和解できたようだ。アシュリーの顔も浮かぶが、あれ以来全く会えていなかった。ルース経由でアシュリーに会えるよう頼んではいたが。
「ところで、涼子も明後日開かれる昆虫食コンテストに出るんだよね?」
明後日村の公園でお祭りが開かれる予定だった。もう公園には特設ステージや屋台が設置されている。村人達が昆虫食を持ち寄り、その味を競う昆虫食コンテストも涼子も参加予定だった。
どの昆虫食でコンテストに出ようか悩んだが、イナゴの佃煮入りの卵焼き、おにぎり、唐揚げのお弁当にしようと考えていた。偶然、隣のベジ町の雑貨屋で可愛い弁当箱を見つけて、思いついたメニューだった。昆虫食でもイナゴに限ってはギリギリ大丈夫だし、お弁当というのもこの村の人に新鮮じゃないかと思った。
ちなみにアランからも弁当を作るようねだられ、毎日作っていた。アランは大量仕事なので、ガッツリと肉入りの弁当を作っていた。なぜかアランは弁当に感動して、毎日完食していた。この国では弁当文化は乏しく、ジップロックにいれたパンやリンゴがお昼ご飯になるという。そんな簡素なお昼ご飯を思うと、確かに弁当はちょっと感動するものなのかも。
「うん。お弁当付きって昆虫食コンテストに出ようと思ってるんだ」
「だったら涼子、私と一緒に参加しない?だったら、当日ここで作って参加するのって良くない?」
「でも、途中でコンビとか組んでいいの?」
「大丈夫よー。田舎だから色々ルールとかゆるいから」
ルースはおばちゃんっぽく涼子の肩を叩いた。元いた世界では、感染症も広がっている事もあり、こういったスキンシップは減っていた。この世界は、日本より勝るものは無いとは感じていたが、少々ガサツとはいえ、人との距離が近く、村人同士で助け合って生きているのは、良いところだと思った。
「ありがとう、ルース。前は昆虫食を否定しちゃってごめんね。それと、逆に日本食を認めてくれてありがと」
そう笑顔で言うと、ルースは下を向いて唇を噛んでいた。何か悪い事を言ってしまったんだろうか。
「じ、実は本当は昆虫食なんて広めたくなかったの」
「えー?」
ルースは好きで昆虫食カフェを営んでいると思ったら違った。ルースは一度、店で食中毒を出した事があった。客足も遠のき困っている時、村長から昆虫食を売るように言われた。昆虫食を推進すると、補助金など色々と優遇もあり、その話も飲んだ。優遇の一貫で聖女レベッカからも推薦を受け、カフェの営業も軌道に乗ったと言う。
難しい事はわからないが、ドラゴンライト教と政治が癒着し、昆虫食が広められていたようだった。ルースによると、ボード家も多額の補助金を得て、昆虫ファームも軌道に乗っているらしい。おかげでボード家のご主人は村長にも聖女レベッカにも頭が上がらないらしい。大人の嫌らしい一面を見せつけられ、涼子は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「本当は、見た目も美味しい料理を作りたいよ。あんな、昆虫食なんて」
「そっか」
涼子は再び作業台の上にあるおむすびプレートを見てみた。確かに細部もこだわりが見え、彩りもいい。プロの仕事だと思う。
「でも、もう虫なんて見たくないよ」
「補助金とか優遇無くなっても大丈夫?」
「うーん、何とかなる気がする」
ルースは、笑顔で宣言していた。
「うん、この日本食が受けたら、大丈夫かもしれないね」
涼子も笑顔で頷く。
こうしてinsect cafeは今日で閉店となった。代わりにに「ルースの和カフェ」という店名に変わり、リニューアルオープン予定だった。涼子もバイトで週3回通う事に決まり、とりあえず仕事が決まった。
リニューアルオープンまでは、内装を変えたりするので時間はかかるが、涼子は楽しみだった。
別に日本食で無双したいわけでは無い。でも、こうして異世界で日本食が根付いていったら、楽しそうで胸がドキドキしていた。