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虫なんて食べません!〜異世界メシマズ昆虫食村顛末記〜  作者: 地野千塩


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第21話 味噌汁と蓼食う虫も好きずき

 すっかり日が暮れ、夜になっていた。涼子はアラン家のキッチンで野菜を刻んでいた。


 サミーおばあちゃんの家で塩結びを食べたので、夕飯要らなかったが、何とアランが隣町のスーパーで醤油、味噌、みりん、白だし、片栗粉などの日本食の調味料や米、野菜、肉も少し買ってきてくれた。まるで、スパダリのようなアランの気遣いにうっかり惚れてしまいそうだった。涼子は料理や筋肉を愛しているので、恋愛感情については、小学生なみに鈍かったが。


 さっそく米を炊き、味噌汁を作る事にした。


 キッチンのゴミ箱には、今朝涼子が作ったクレープが丸ごと捨ててあった。ジョンかアランがどちらかがやったと思われるが、不思議と怒る気分になれなかった。自分も昆虫食を限りなく嫌っているし、アシュリーやカフェ店長のルースへの態度は酷かった。人の事は言えない。自分もいくら心を込めた昆虫食を作ってもらっても、食べられない。お互い様だ。しかもこの村の人達は深刻なマインドコントロールをされている。責める気にはなれない。


 米を炊いている間に、人参や大根らしき野菜を刻み、白だしで味噌汁を作った。白だしの味噌汁とはいえ、キッチンには日本人の遺伝子を刺激する香りが広がっていた。本当はちゃんとした出汁を取りたかったが、白だしでも十分美味しくできる。忙しい時などは涼子も白だしで味噌汁を作っている。家庭料理は、料理の味が全てではない。時短、節約、食材のやりくり、栄養バランスの管理、後片付け、調理器具や皿の管理も料理の構成要素だ。それを毎日、毎日飽きずに繰り返す。味付けだけ極めればいいものではないのだ。


「できた!」


 炊き立てのご飯を皿、味噌汁はカフェオレボウルによそった。本当はお茶腕のよそいたかったが、そんな日本風のものは無いから仕方がない。箸もないので、スプーンとフォークで食べる事にした。サミーおばあちゃんの家で塩結びを作ったのも、日本風の茶碗がないという事もあった。平たい皿にもった白いご飯はとカフェオレボウルに入れた味噌汁。見た目は悪いが、やっぱり涼子は日本人。無条件にこの料理を食べたくて仕方がない。


 さっそくリビングのダイニングテーブルに置き、食べる事にした。ジョンはイナゴや芋虫の煮付け、アランはグリーンパウダーを水で溶かしたものとジュースだけが夕飯みたいで、マッチしない器に入っているとはいえ、涼子の食事だけが一番豪華そうだった。モコは味噌汁の匂いが珍しくて仕方がないのか、ダイニングテーブルの側を離れなかった。


「な、何だこれ? これが味噌汁か?」


 ジョンは、涼子の味噌汁を見て鼻をつまんでいた。


「げー、臭そうだし不味そう。よくそんなもん食えるな」

「昆虫食べてる人に言われたくないよー」


 ジョンは味噌汁の匂いがとにかく苦手のようで、苦虫を噛み潰した様な顔をしていた。まあ、ジョンの場合は苦虫(ってどんな虫?)もうまそうに食べそうだが。


 ここは異世界といっても簡単に日本食が受け入れられる空気は全くなかった。兄の太一と一緒に見た異世界系のアニメでは、味噌汁はもちろん、納豆、あんこ、豆腐、おから、日本酒も異世界人に絶賛されていたが、どうもこの異世界はそんな甘さがない。日本食を異世界人に振舞って無双しないで良かった。


 一方アランは、無表情だった。特に涼子の味噌汁にはコメントを残さず、グリーンパウダーを水に溶かしたものを飲んでいた。


「アラン、このグリーンパウダーって栄養的にはどうなん?」


 グリーンパウダーの吐瀉物と硫黄の混じったような匂いに、涼子も鼻をつまみそうになる。自分もこんな態度をしているので、味噌汁に文句をつけるジョンには全く文句を言えない。


「これは完全栄養食で、一杯飲むだけで半日分の栄養素がとれるらしい。コスパはいいでしょ?」

「確かにそうだけど……」


 特に疑問を持たずグリーンパウダーを水に研いだものを飲んでいるアランだったが、ちっとも美味しそうではなかった。顔色も相変わらず悪いし、万年栄養失調状態に見えてしまう。確かにデータ状は、栄養素は足りているかもしれないが、人間はロボットじゃない。データでは正解でも、実際の人間にも必ずしも適応できるか分からない。


 元いた日本でも毎日大好きなポテトチップスを食べている人や、毎日タバコとお酒をやっている人が健康そのものだというネットニュースも見た事がある。やっぱり人間の思考は力があるのかも。好きなものや美味しいものを楽しむ思考は、身体の健康状態も変えてしまったりして。プラシーボ効果というのも聞いた事があるし、理屈や科学で説明がつかない事もあるようだ。アランもデータ上は栄養素十分でも、実際の身体はそうでもないのかもしれない。


「アランはよくグリーンパウダーなんて食えるな。俺は金持ちの残飯で作ったグリーンパウダーなんて絶対食いたくないよ。あー、イナゴの佃煮うめぇ」


 ジョンは実に美味しそうにイナゴの佃煮を食べていた。昆虫食なんて絶対食べたくないが、グリーンパウダーと比べると、まだマシに見える。


「涼子、味覚っていうのは、3歳から7歳で決まるらしい。この時期に食べたものを美味しいと感じる舌に成長し、その後いくら別のもんを食っても美味しいと思わないらしいね。だから、俺はグリーンパウダーなんて食べないよ。子供の頃から食ってるイナゴ、サイコー!」


 ガツガツとイナゴを食べるジョンの引きながらも、確かにそうかもしれない。今食べてるご飯や味噌汁も、味自体は普通だ。正直、少し薄いとも感じる。それでも美味しいと感じるのは、記憶か遺伝子が関係ある気がする。異世界のライトノベルやアニメでは、やすやすと日本食が受け入れられたりしているが、異世界人って元々は日本人なのかもしれない。


「ねえ、アランもジョンも味噌汁ちょっと飲んでみない?」


 別に日本食無双などはしたくはない。しかし、二人の日本食を食べた反応は見てみたかった。サミーおばあちゃんは、すいとんや塩結びを美味しく感じていたようだ。モニカも塩結びは美味しいと言っていた。もし、この二人も日本食を受け入れたら、遺伝子は日本人と言えるかもしれない。そうなると、この世界はどっかの宇宙の惑星ではなく、日本人が作ったゲームやアニメ、漫画などの創作物の世界と言えるかもしれない。どうやってこの世界に入りこんだかは不明だが、何か手がかりは掴めるかもしれない。


 素直に事情を話すと、ジョンとアランは協力してくれる事になった。カフェオレボウルみ味噌汁をいれ、二人の前のおいた。


「臭いなー」


 ジョンは文句を言いつつ完食。


「でも俺は虫の方が好きじゃあああ!」


 ジョンの味覚は元々おかしいのかもしれない。日本人でも昆虫食が好きな人が一部いるらしいし、ジョンについては特殊ケースという事で除外しておこう。蓼食う虫も好きずきという言葉を具現化したような男だ。日本にいた頃の現代文の先生は、蓼はヤナギダテの事で苦味があると教えてくれた。蓼を食う虫も実際にいるそう。ハムシという甲虫が好んで食べるそうだが、ジョンは逆にハムシを食べそう。


「アランはどう? 味噌汁美味しかった?」

「う、うん……。なんか懐かしい味だな。もう少しくれる?」


 アランはおかわりまで要求していた。しかも少し目が潤んでいる。


「やっぱり爺さんが日本人のせいか、味噌汁が美味しのかね」


 しかもアランは、ぽろっと涙までこぼしていた。ジョンはともかくアランの中身は日本人?


 妙に気を使えるというか、空気を読んでいるところも日本人らしい。涼子の味噌汁に感動している様子で、翌日からもアランの為に食事を作る事になってしまった。


「うん、やっぱり、昆虫食もグリーンパウダーなんてウンザリだよ。美味しいものを食べたい」


 あの優しくて繊細そうなアランの口から、初めて本音を聞いた。


 自分は日本食無双などは出来てはいないようだ。しかし、自分の存在のせいで村のマインドコントロールが解けてきた? マインドコントロールは解いた方が良い気がしてきた。


「いいや、俺は虫を食べるぜ」


 そう宣言する変わり者のジョンを除いて。

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