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第2話 萩野家の朝

萩野涼子の朝は早かった。朝5時半に起き、ジャージに着替えて近所をジョギングする。雨の日は家で筋トレするが、晴れた日は家の周りを走る。


 食事もタンパク質を多めに取り、無駄に筋肉モリモリだった。「筋肉は全てを解決する!」と思う。17歳の女子高生とは思えないほどメンタルが太かった。


 涼子はクラスメイト達から「脳筋www」と悪口言われた事もあったが、その筋肉を見せつけ、威嚇すると、悪口は止まった。ゴリラのようなマウントである。あだ名も「ゴリラ」になってしまったが、いじめられる事もなく、美しい筋肉の付け方など相談される事もあった。確かに「筋肉は全てを解決する!」のかも知れない。


 さすがに女子高生として恥ずかしくなり、筋トレはほどほどにしていたが、他には料理にハマっていた。タンパク質はもちろん、そのほかの栄養素を勉強していくうちに料理にも興味を持った。


 それに涼子は両親を早くに亡くして、兄と二人きりの生活だった。10つ上の兄は、最近仕事で忙しく、必然的に料理をしなければならない状態だった。


「ふふふふーん」


 ランニングから戻ってきた京子は、シャワーを浴びて身支度を整えると、さっそく朝ごはんを作り始めていた。


 包丁でキャベツの千切りを刻むが、その両腕は美しい筋肉がついていた。


 今日の朝ごはんは、キャベツの千切りサラダと、茹で卵、コーンスープにチーズブレッドだ。チーズブレッドは昨日記事だけ仕込み、ホームベーカリーで焼きたてを食べる予定だ。


「あー、料理楽しいわ」


 料理をする彼女の横顔は、とっても楽しそうだった。目は野生動物のように黒々とし、背はすっと伸びている。黒髪ポニーテールも生命力が溢れている。筋トレの効果で小柄ながらも姿勢はとてもよかった。脚もO脚ではなく、すっと真っ直ぐだ。涼子は現在、学校ではクッキングクラブの副部長をしていたが、陸上部、バスケ部、バレーボール部からのスカウトは絶えなかった。


 チーズブレッドが焼き上がりと、リビングのテーブルに朝食を並べた。決してセレブではない萩野一家だが、リビングはきちんと整理整頓され、居心地の良い空間だった。死んだ両親が残してくれた一軒家だ。決して広くも新しくもないが、大切に使いたいと涼子は思う。


 テーブルにキャベツの千切りサラダ、チーズブレッド、ゆで卵、コーンスープを全て並び終えると、最後に紅茶を淹れた。部に涼子は紅茶は好きでは無いが、兄の太一は紅茶派だった。カルディで売ってるちょっとお高い紅茶を淹れる。やっぱりちょっと味や香りは違うような気もした。


「今日も美味しい朝ごはんができましたよ! お兄ちゃーん、起きて!」


 さっそく太一を起こしに行った。今日は土曜日だが、仕事があった。太一はゲームクリエイターで、近所に事務所を構えてゲームを開発している。筋トレ好きの涼子と、家にこもってゲームに熱中する太一とは趣味は合わないが、別に不仲というわけでは無かった。たまに異世界もののアニメを一緒に見て盛り上がる事もある。


 兄弟仲はまあまあといったところで、最近は喧嘩する事もない。モヤシ体型の太一は筋肉モリモリの涼子の前では、少々萎縮している面も否めない。そんな涼子は「モテ」とは縁遠かった。クラスの男子と話しても、効率的な筋肉の付け方など色気の無い話題で終わってしまう。典型的な色気ゼロの鈍感タイプだった。


「あー、もう。うっさいな。僕は今日は土曜日出勤なんだよ」


 太一は青い顔をしながら起きると、食卓についた。


「そんな事言わないでよ。朝ごはん作ったんだから、食べようよ」

「ま、このパンはうまそうだな」

「チーズもいっぱい入ってるから、タンパク質も取れるよ。ゆで卵も栄養にいいんだからね」

「そっかー」


 こうして萩野兄妹は、黙々と朝食を食べ始めた。兄妹といっても一方はゲームクリエイター、一方は筋肉と料理好きの女子高生。特に共通の話題はあまりなく、沈黙中。涼子は仕方なくテレビをつけた。


「何と今日は! 高田馬場にある昆虫食専門レストランにやってきました。へー、これがコオロギパスタなんですか? 味はそうですね、陸のエビといった味ですね。うん、エビみたいな味です!」


 テレビではレポーターが、コオロギのパスタをうまそうに食べていた。コオロギ入りのパスタがアップで写されたが、涼子は異物混入食にしか見えない。閲覧注意レベルだし、モザイクをかけて欲しい。人気女優の田橋梨々子も昆虫食を推していたが、残念美人に見えてしまう。虫を食べると良い事が起きるとスピリチュアルっぽい事も言ってる。


「うわぁ、めっちゃキモいんですけど。普通にエビ食べれば良いじゃん」


 思わず顔を顰めた。口直しのように、コーンスープを飲むが、心理的な気持ち悪さは消えない。


「昆虫食流行ってるみたいだぜ?」

「えー、何で? キモいんだけど」

「環境に良いらしい。ただ、健康に良いというエビデンスはなく、不妊やアレルギーのリスクもあるらしい。俺も取り引き先からお歳暮で昆虫食の缶詰め貰ったけど、食いたくないね」

「やだ、私も食べたくない。っていうかそんなモン送りつける人ってどういう神経してるの? 嫌がらせじゃない? 陸のエビとか別のものに喩えているのも怪しすぎるよ。カレー、牛丼、ステーキ、お寿司やピザ、ハンバーガーに、〜みたいな味って言う? エビみたいな味のステーキとか聞いたことないよ。普通に美味しいって言うよね? 逆に虫に失礼じゃない?」


 そんな話題をするだけで鳥肌が立ちそうだった。


「ま、ジャコウネコのフンからコーヒー豆をとったり、危険も顧みずフグ料理をチャレンジしていた先代を思うと、昆虫食なんて現実的では無い。我々の身体は意外と頑丈にできてるし、3日ぐらい断食したって死なない」

「そうだよね、お兄ちゃん。虫食べるぐらいだったら断食した方が絶対いいよー。だいたい現代人は食べ過ぎなのよ。食べ過ぎてジム行くとかコスパ悪いよね。珍しく気が合うじゃん」

「だよな。ちなみにジャコウネコのコーヒーは高級品で個装のドリップコーヒーでも1000円ぐらいするんだよな。俺も飲んだ事あるけど、確かにあれは美味しかった。それに比べて虫って美味しいのかね? 栄養素はともかく美味しかったら考えてもいいけどさー」


 珍しく太一と涼子は意見が一致していた。いくら環境に良いと言われても、虫なんか絶対食べたくないと思う涼子だった。


 確かに好きな人は自由に食べればいいが、そうでも無い人に押し付けて欲しくはなかった。環境に良い、地球に優しいなどと口当たりの良い台詞で昆虫食を押し付けるのも何だか嫌らしい。「昆虫食はNO」と拒否した人は環境問題を無視している冷たい人に仕立て上げられそう。

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