第19話 味覚は理屈じゃない
サミーおばあちゃんの家は、護符やシーサーのような像を片付けている為か、雑多な雰囲気だった。もう何もないところも壁をみると、なぜかすっきりとした雰囲気だった。
「涼子、ありがとうよ。しかし、掃除してたら疲れちゃってさ。昼ごはんを作ってくれるかい?」
「オッケー!」
「涼子、サミーおばあちゃん、私も手伝いますよ!」
モニカは腕まくりをし、サミーおばあちゃんに頼もしそうな姿を見せた。
「おぉ、ありがとうよ。これがうちの家族が持っていたレシピブックだ。この鶏肉のハーブ焼きとフライパンでつくるちぎりパンが食べたいんだ」
こんな風に食べたいものをリクエストするサミーおばあちゃんは、ちょっと子供のように純粋に見えて可愛らしかった。
「それは私も食べたい!」
モニカは待ちきれないように言い、さっそくレシピブックを見ながら作る事になった。
狭くて古いキッチンに、涼子とモニカがたつ。手を洗い、スーパーで買ってきたものを冷蔵庫にしまうと、さっそく昼ご飯を作る事になった。
まず鶏肉のハーブ焼きを作る事にする。サミーおばあちゃんから受け取ったレシピブックを見ると、手書きの文字で細かく書かれている。可愛い絵も添えられ、家族との食事を楽しんでいる事が伝わってくる。
全体的に肉やチーズを使った料理が多い。昆虫食が根付く前は、肉、チーズ、パンが主な料理のようだった。日本人に近い人達だったが、日本食はあまり根付いていないようだ。
「こっちでは、この鶏肉のハーブ焼きはお母さんの味って感じだわ。あー、懐かしい」
モニカは鳥肉にハーブやニンニクで下味をつけながら呟く。
「これがお母さんの味なんだ。私が住んでいた所では、味噌汁とか肉じゃががそんな感じだったね」
「へー。味噌汁は知ってるけど、この土地ではあんまり根付いていないのよ。味噌ってけっこう好き嫌いが分かれるから」
「意外だね」
涼子は熱したフライパンに油を落とし、鶏肉を焼いていった。コンロは旧式だし、フライパンは鉄製でやけに重い。いつもとちょっと勝手は違うが、この重いフライパンの方が美味しそうにできそう。実際、焼ける肉からは、香ばしくて食欲を誘う香りが広がった。
元いた日本では、時短レシピも人気だった。
レンジで焼きそばやキーマカレーも美味しくできる。でも、実際重いフライパンで焼いた肉は、食欲を暴走させる何かがある気がした。外で食べるバーベキューもなぜか美味しく感じるように、味覚とシチュエーションって関係ある気がする。
出来上がった鶏肉のハーブ焼きを皿に盛る。これだけでも十分にご馳走で、涼子はつまみ食いしたい欲求をどうにか抑えた。ハーブの良い匂いもキッチンに広がり、この場所で昆虫食が作られていた事が信じられない。ちなみにキッチンや調理器具は、消毒して綺麗にしてある。
そして、次はちぎりパンを作る事にした。レシピでは発酵はさせないので、時短でできてしまった。涼子は元いた世界ではホームベーカリーを活用していたので、久々にフライパンでパンを焼く。重いフライパンで作ったちぎりパンは、ふわふわと良い香りが漂い、モニカは我慢出来ずに端っこの方を試食していた。
「モニカ、味はどう?」
「わーん、美味しいよ! 久々にコオロギパウダーやグリーンパウダーが入っていないパンを食べたわ!」
ちょっと試食しただけだったが、モニカは感動して今にも涙をこぼしそうな勢いだった。
「え、パンにも余計なもの入れてたの?」
「ええ。虫を食べないと飢饉や伝染病が来そうで怖かったから」
モニカのマインドコントロールも深刻そうだった。やっぱり、この異世界で日本食を無双する事をしないで良かったと思わされた。もし、ここでそんな事をしたら、この土地で浮いてしまい、自分の居場所もなくなってしまう気もした。
こうしてテーブルに鶏肉のハーブ焼き、ちぎりパンを並べた。飲み物は果実のジュースだ。テーブルの上は、色合いも華やかになり、おいしそうな香りが広がる。
サミーおばあちゃんもベッドから起き上がり、みんなで食卓を囲む。
「あぁ、懐かしい。肉ってこんな美味しかったんだ」
モニカは肉を食べると、何か胸を込み上げるものがあるようだった。涼子も鶏肉を食べるが、そこまで感動はしない。ただ、自分がモニカと似たような立場で味噌汁やおにぎりを食べたら感動するかもしれない。味覚というのは、理屈じゃないのだ。味や香り自体はそこまで重要ではなく、記憶や遺伝子が関係しているんじゃないかと思う。自分もいくら他国の人に日本食を馬鹿にされても、胸を張りたい。
「本当、懐かしい味だわ。生き返る」
サミーおばあちゃんも鶏肉やちぎりパンを食べると、しみじみと呟く。
しばらくサミーおばあちゃんもモニカも無言で食事をしていた。昨日は、笑顔あふれる食卓だったが、今日は二人とも何か思うところがあるらしかった。そういえばベジタリアンの人が、その思想をやめ肉を食べたはじめた時は、「生き返った」とか「脳が動き始めた」と語っているのも思い出す。確かに今のサミーおばあちゃんとモニカは、そんな感じだ。二人の顔色も良くなり、目も輝いているように見えた。涼子もお腹がいっぱいになり、この先の事などは忘れかけてくる。
ちょうど皿の料理が空になった頃、サミーおばあちゃんが呟いた。
「美味しかったよ、涼子。私も自分で料理をしてみたくなったさ」
「私も。というか、私がサミーおばあちゃんの料理を手伝う方がいいんじゃない? 涼子は、元の世界に帰る方法を探すのが先決よ」
モニカの優しさの胸がいっぱいになる。涼子のサミーおばあちゃんと一緒に食事をする役目は、モニカにバトンタッチする事になった。
「モニカありがとう。サミーおばあちゃんも、お駄賃ありがとうね」
涼子は頭を下げて二人に礼を言った。昆虫を食べているアタオカな村ではあるが、現代日本には無いような優しさはあるらしい。だんだんととこの村に親しみのようなものを持っていた。住めば都という言葉は、意外と当たっているかも知れない。
「ところで、二人は元いた世界に帰れる方法とか何か知らない?」
気になる事を聞いてみた。この村はアランを除き、西洋風のルックスで、望みは薄いわけだが、聞かずにはいられない。今はどんな小さな手がかりも知りたい。
「私はわからないね。昨日言った事が全てだ。あの本は涼子にあげるよ」
「わー、サミーおばあちゃん有難うございます!」
「私は……」
モニカは何か思い出したようだ。口ごもり言いにくそうにしていたが、詳しく聞いてみる事にした。
「噂よ? コオロギパウダーとか虫を粉状にしるのは、そっちの中国って国に蠱毒っていう呪術らしい」
「え、呪術?」
薄々と昆虫食が呪術めいているような気がしたが、中国というのは予想外だった。
「うん。蠱毒では、虫を粉にしたものを飲ませると、人を呪えるんだって」
モニカの言葉に、涼子もサミーおばあちゃんも言葉を失うが、全く有り得ない事でも無い気がした。実際、虫を食べたら呪いでも受けそうだ。やっぱり、虫なんて食べたくない!




