第15話 虫じゃなくて肉が食べたいんです
「ふふふーん♪」
翌朝、涼子はアランの家のキッチンで料理をしていた。冷蔵庫の中を覗くと、ろくな食材がなかったが、小麦粉に砂糖と水をまぜクレープを焼いていた。おたまは無いので、スプーンでフライパンの上で生地を広げた。
昨日は、サミーおばあちゃんの家に行きすいとんを作った。あの後、サミーおばあちゃんは元気になり、涼子が毎日料理を作りに行くことになってしまった。少ないながらもサミーおばあちゃんから小遣いも出る事になり、この提案にのった。
住む場所は、アランの家の二階になった。元々はジョンが住んでいた場所だ。ジョンは一階のソファで寝泊まりする事になった。ジョンもアランも色々と気遣ってくれて、涼子は感謝の気持ちでいっぱいだ。モニカから借りた服や下着のおかげで当面は、普通に生活できそうだ。
今日はモニカから借りたTシャツと短パンを着ていた。ぱっと見、小学生男子のような格好だが、動きやすい。それに暑いこの土地で一番過ごしやすい格好だった。
クレープを作っていると、モコが足元にやってきて邪魔してきた。ちょっと作業ができなくて邪魔だったが、可愛らしい生き物がそばにいるのは、それだけでも癒された。
「できたー!」
涼子は出来上がったクレープ生地を、ダイニングテーブルに持っていって並べた。あとジャムとイナゴの佃煮を並べたら、朝食は完成だ。果実が豊富にあるこの国は、ジャムやジュースはマトモのようだった。乏しい食材の中でも、どうにか朝食が完成し、料理は自画自賛したくなる。
アランやジョンは、 まだ寝ていた。特にジョンは、ソファでいびきをかきながら寝ていた。モコはそんなジョンの顔をペロペロ舐めていたが、
全く起きる気配はない。
本当は卵や牛乳があればパンケーキや蒸しパン、ちぎりパンなどが出来るのだが。この村は昆虫食が根付いているが、隣町はそうでもないらしいので、一刻も早くお金を稼いでまともな食材を買うのが一番良さそうだった。
「よし!」
とにかく朝食が完成し、涼子は嬉しくなった。このダイングテーブルにある朝食は、アランの為に作ったようなものだ。日は昨日、小銭をアランからわけてもらった。ジィンは、サミーおばあちゃんの家の訪問行きとお金をくれると言ったのに、踏み倒してきた。しばしジョンと口喧嘩していたら、アランが代わりに小銭をくれたのだった。通貨は100デリナが1円ぐらい。ジョンからは、20000デリナぐらい小銭をくれたにで、200円ぐらいある事になる。おそらくろくなものは買えないだろうが、この世界のお金を持ってホッとしてしまう。
この朝食もそんなアランのお礼の為に作ってみた。あのクソ不味そうなグリーンパウダーを見ているだけで具合が悪くなってくる。アランが顔色が悪いのも、栄養素が偏っているとも思う。余計なお節介だとは思ったが、こんな風に朝食を作ってみた。なお、ジョンは好きで昆虫を食べているようだし、彼の健康を気遣う必要は無いだろう。
そんな事を考えつつ、アランの家を後にし、サミーおばあちゃんの家に向かった。サミーおばあちゃんにはご飯をつくる約束をしている。
さっそくサミーおばあちゃん家のキッチンで、昨日と同じようにすいとんを作った。二日続けてすいとんはどうかと思ったが、サミーおばあちゃんのリクエストだから仕方ない。
「涼子、美味しいよ。ただ、虫を食べないで、今後どうなってしまうかという不安はある。もし、また飢饉や疫病が起きたらどうしようとは思うね」
サミーおばあちゃんは、若干渋い顔をしながらすいとんのスープを啜った。涼子も同じようにすいとんのスープを啜り、イナゴもつまむ。イナゴに限っては、慣れればどうって事がない。冷蔵庫にあるゴキブリ やコオロギは絶対食べくないが、イナゴはなぜか美味しくいただけている。ジョンが言うように餌が良いからかもしれない。ゴキブリやコオロギはやっぱり不潔な場所にいるイメージがあり、いくら良い餌を使っていても食べる気分にはなれないが。
思えば味覚というのは、「慣れ」と深い関係がある気がする。いくら美味しいものでも、普段食べ慣れていないものは、美味しく感じないのかも?
日本人が大好きな納豆だって、味や匂いが特別に美味しいかと言われれば、別にそうでも無い。人間は、幼い時から食べている物を美味しいと感じる可能性も高そうだった。おそらく母親がくれた物が一番美味しく感じるようにできているのだと思う。一言で表現するなら、刷り込みというものだろう。
このイナゴだって、日本では食べられていた。遺伝子レベルでも味覚も決定するんじゃないか。涼子はそんな気がした。
「でも、サミーおばあちゃん? 昨日と比べてだいぶ元気になってない? 食べ物と不幸って関係ないでしょ。私がいた日本では、好きな風に食べ物を食べる人も多かったけど、関係ないよ。戦争も飢饉もずっと無い所だったよ」
「そ、そうか。何か自分は縛られていたのかもしれない」
サミーおばあちゃんは、しみじみと呟きイナゴをつまんでいた。涼子はスプーンですいとんを口に運んだ。ツルツルとした食感で、シンプルな食材なのにいくらでも食べられそうだった。すいとんは戦時中の食事と思うと、今はまだ平和な世界かも知れない。そう思うと、すいとんは余計に美味しく感じてしまった。
「イナゴはともかく、ゴキブリやコオロギは食べたくないな。でもタンパク質源はどうしよう……」
「そっか。タンパク質は、肉、魚、卵がいいんだけどね。この村では売ってない?」
「売ってないね。みんな昆虫ばっかだよ。正直、もう虫は食いたく無い。肉を食べたいよぉ」
とうとうサミーおばあちゃんは、泣いてしまった。やっぱり食べ物はバランスよく食べる事も大事では無いかと思い始めた。肉や砂糖、糖質を極端に避けている人もいるが、それで健康になれるかどうかはわからない。家庭科の授業でもバランスよく食べるよう習った。特定の食品を抜いたり、それしか食べないで健康になれるほど、人体は単純でも無いのかもしれない。好き嫌いの多い人は何となく不健康かつ自己中心的なイメージだ。やっぱり何でも食べた方が良いと涼子は思う。
「涼子、肉を隣町から買ってきてくれないか?「良いの?」
「うん。もう何となくドラゴンライト教のグッズを買う気分にもなれないし、そのお金で肉を食べたいよ」
サミーおばあちゃんから、日本円にして1万円ほどの小銭や紙幣を預かった。
「どの肉がいい?」
「鶏肉がいいな。ハーブで味付けして焼くと美味しんだよ。昆虫食がくる前は、この村は肉やチーズが主食だった。涼子にはうちの母が残したレシピで作って貰いたいんだ。できるかい? その分、お駄賃もだすよ」
「やります!」
笑顔で即答すると、サミーおばあちゃんも大声で笑っていた。食卓は、笑いで溢れてていた。やっぱり人の笑い声は、より料理を美味しくすると涼子はしみじみと感じてしまった。




