第14話 希望の食卓
サミーおばあちゃんは、熱があるようだった。ベッドに横たわり、ゼイゼイと荒い息をあげていた。
アランはジョンを呼びに行ってしまった。この様子だと、医者に見せた方が良さそうだった。こんな時携帯電話があれば便利だと思うが、ここではまだそんな文明の利器は無いようだった。
現代日本より若干不便な異世界は、未開の地にいるより心理的ダメージが強い気もしたが、苦しそうにしているサミーおばあちゃんを見ていると放っておけない。
とりあえずキッチンにいき、氷枕を作りサミーおばあちゃんベッドに持っていった。冷蔵庫には冷蔵機能もついるようで、氷があったのは何より嬉しい。
「サミーおばあちゃん。何かしてもらいたい事ない?」
「お腹減った。なんか食いたい」
サミーおばあちゃんは、ベッドでお守りを握りしめていた。ドラゴンライト教のお守りのようで、日本の神社のお守りとは違い、護符のようだった。日本語で呪文がびっしりと書かれているが、なんとも不気味だった。思わず「カルトじゃない?」と言いたくなってしまうが、やめておいた。今ここで「洗脳されている」と説得してもサミーおばあちゃんを一方的に批判しているような感じになるだろう。
「わかった。キッチン使わせてもらうね」
涼子がキッチンに直行し、まず手を洗った。エプロンは無いようなので、このまま料理をすることにした。
「げ、昆虫ばっかり……」
しかし、冷蔵庫の中は昆虫ばっかり入っていた。タッパーにゴキブリとかコオロギというラベルが貼ってあり、蓋から羽や触覚が透けてみえた。他にはグリーンパウダーの瓶もあったが、こんなものは体調の悪い人に食べさせるわけにいかない。コオロギパウダーの瓶もあったが、こんなものはどうやって料理に使うかわからない。
まともな料理に使えそうなものは、コンソメ、塩、胡椒、小麦粉ぐらいだった。あとはキャベツやブロッコリーの芯。これもグリーンパウダーと同じように金持ちの残飯かもしれない。本当に気分が悪くなってきたが、冷蔵庫の隅にイナゴの佃煮が入ったタッパーがあった。イナゴは昆虫食だが、長野県の郷土料理である事を思い出す。これだったらギリギリ食べられるかも。確か食糧が少ないの戦争中もイナゴは食べられていて、小学校の反戦平和の授業で食べたことを思い出した。
「戦争か。あぁ、すいとん作ろう! すいとんだったら、この材料で出来るじゃん!」
涼子の頭に閃くものがあった。
反戦平和授業の時、すいとんを作ったのを思い出した。戦争当時の一般的な食卓を再現し、当時の記憶がある老人の話を聞きながら食べた。正直、美味しくはなかったが、老人から食糧難や戦争の話を聞きながら食べたすいとんは、不味くなかった記憶があった。
鍋や調理器具を消毒して綺麗にした後、お湯を沸かした。その間にすいとん生地を作る。水と小麦だけで作れるので、とても簡単だ。湯がわいたらキャベツの芯やブロッコリーの芯を茹で、すいとんを茹で、コンソメで味を整えたら完成。意外と時短で10分程度でできてしまった。キャベツの芯やブロッコリーの芯は捨ててる人も多いが普通に食べられる。ろくな野菜はないようだし、タンパク質の素材はないが、我ながら少ない材料の中でよく作れたと思う。
自画自賛はそこまでにし、すいとんをテーブルに持っていった。すいとんだけというのも気が引け、イナゴの佃煮のタッパーも持っていった。
もう夕方に近くなっていたので、蝋燭の灯りが映えてきた。
サミーおばあちゃんは少し容態も落ち着いてきたのか、テーブルについていた。
アランやジョンも戻ってきた。ジョンはしばらサミーおばあちゃんの容態を確認し、軽い風邪だと判断していた。
一方アランは、テーブルのにあるすいとんに着目している。鍋の中は、ツルツルのすいとんが目立っていた。澄んだコンソメスープの中にあるキャベツやブロッコリーの芯は、とてもグズ野菜のは見えない。湯気と一緒にコンソメの香りが広がっていた。
「涼子、これ何?」
「これは日本食のすいとん。貧乏飯っていうか、食糧難の時によく食べられていた日本食」
テーブルの上はすいとんとイナゴの佃煮。本当に授業で再現した戦争ご飯みたいだが、おぞましいグリーンパウダーやゴキブリやコオロギを思うと、これもご馳走に見えてしまった。
「こっちにも一部日本食は根付いてるけど」
アランはこの食卓を見て、明らかに戸惑っていた。
「どれどれ、これが涼子が作った日本食かよ。俺は興味ないね。お、イナゴがあるじゃないか。俺はイナゴが大好物なんだよ」
診察を終えたジョンは、イナゴしか注目していなかった。
「このスープにもコオロギかゴキブリを入れろよ。それが我がクリケット村の作法だぜ」
「ジョン! それはやめて!」
異物混入を推進するジョンに涼子は必死の思いで止めていた。
「涼子、これ、昆虫要素が足りないよ。このスープで完成なんかい?」
一方、サミーおばあちゃんは明らかに戸惑っていた。涼子がスープを小さな取り分け用の器によそってもスプーンをつけない。アランも戸惑い、さっきサミーおばあちゃんが持ってきたグリーンパウダーを口に含んでいる。ジョンもイナゴの佃煮ばかり食べていた。
やっぱりこの昆虫食村では、普通の食事は受けないようだ。いくらここが異世界でも、日本食無双なんて簡単には出来ないようだ。ジョンはともかく、この二人が普通の食事を取らない事は、何となくわかる。虫を食べなければ飢饉や疫病が起きるかもしれないと恐れているのだろう。食べ物と呪術的なものを結びつける意味も全く理解できなかったが、歩みよる必要もあるだろう。
「私、昆虫食なんて正直なところ、理解できない。食べたくない。でも、イナゴだけは食べてみようかな」
本当はイナゴだって食べたくない。よく煮付けられているので、触感とかあまり気にならない様だが、食べるのには勇気がいる。小学校の授業で食べた時も、無理矢理食べた記憶がある。頭の中では、戦時中の老人の話を繰り返し再生していた。こうすれば何とか食べられそうだ。
思えば現代日本の食生活はワガママ過ぎた。大量に作り、大量に捨て、閑環境問題が起きれば何の罪もない虫を食べろという。今までキモいと人間に言われれいたのに、突然手のひら返しされて食物対象にされた虫の立場を思うと、可哀想になってくる。生態系も崩れたりしないんだろうか。自分も含めて人間って自分勝手だ。
「あれ? イナゴって意外と美味しい」
そう思って食べたイナゴの佃煮は、案外不味くなかった。味的には、普通の小魚などの佃煮とか変わらない。
「イナゴはこの国の稲作やっている土地から採れたもんだから美味しいよ。昆虫食は餌が肝だ。いい餌食ってる虫は、美味しいんだよ」
イナゴの佃煮を食べた涼子にジョンはドヤ顔で語っていた。
「こっちの食文化を否定してごめんね。食べ物は何も悪くないよね」
素直にそう言う涼子に、サミーおばあちゃんも何か感じとったようだった。
サミーおばあちゃんは、すいとんをスプーンですくい、ゆっくりと食べていた。
「うん、不味くは無い。というか美味しいよ。こんな風に誰かと一緒の食事したのは、10年ぶりぐらいかね。美味しいよ、誰かと一緒に食べるのは」
驚いた事にサミーおばあちゃんは、すいとんを食べながら涙をこぼしていた。
戦時中の食事だって過酷なものだったろうが、もしかしたら、明日への希望を持っていたかもしれない。当時の人が希望を失っていたら、涼子も誰も今を生きるものは生まれていなかったはずだ。
そう思うと胸が熱くなる。料理は味でも技術でもない事を思わされた。ジョンもアランも無言になり、ただただサミーおばあちゃんが完食するのを見守っていた。
「いやぁ、美味しかったよ。こんな美味しい食事は久しぶりだった。そう言えば誰かに料理を作ってもらった事も久しぶりだったな。何だか元気になってきたよ。身体がさっきより軽いね」
サミーおばあちゃんは、涙をこぼし続け、涼子は思わず彼女を抱きしめてしまった。自分の料理のおかげで誰かが元気になった事が嬉しかった。なぜか自分もサミーおばあちゃんの涙から元気をもらっている感覚がある。
この慣れない異世界でも、とりあえず生きて行く事はでできそう。そんな希望が胸に占めていた。




