第12話 異世界の貧富の差
「アランは好きな食べ物って何?」
「そうだなぁ。俺は果実のジュースだったら何でも」
涼子とアランは、サミーばあちゃんの家に向かって歩いていた。
ジョンからサミーばあちゃんの家に行くよう命令されたわけだが、家の場所がわからない。ジョンに地図を書いて貰ったが、アランが案内すると主張し、結局二人で向かっていた。アランは気遣いできる人というか、少し心配性なタイプのようだった。
森を抜け、ボード家や村長の家の前の道を歩くと、四角いサイコロ状の建物が並んでいるのが見えた。
二人で歩いていても別段話題は無いが、涼子はとりあえずアランに好きな食べ物を聞いてみた。
アランは背が高く、体格も良い方だが、顔色の悪さは気になる。綺麗な金髪も少し毛先が痛んでいた。これは日の強さも関係しているかもしれない。アシュリーも少し髪が痛んでいた。一方ジョンは健康そうな黒髪で顔色もよく、一瞬昆虫食は健康に良いかも知れないという疑惑も浮かぶ。ジョンはイナゴやセミの幼虫が好物と言っていたが、やっぱり気持ち悪い。医者としての倫理観はありそうだが、アランと比べたら変人に思ってしまう。
この土地の日は長いのか、まだ夕方にはならないようだ。日も強く、この土地に一日もいない涼子の肌も赤くなっている。日焼け止めを持ってくればよかったと思ったが、異世界転移先にそうそう都合の良いものなど持っていく事は出来ないだろう。
「果実のジュースは美味しいけれど、タンパク質は取りにくくない? 本当に虫でいいの?」
「まあ、仕方ないよね。美味しいものを食べると、また疫病や飢饉が起きそうで怖いから」
そう言うアランは、どうもメンタルが繊細そうだった。ジョンとは正反対と言えるタイプだろう。どちらかといえばメンタルが太い涼子は「もっと強くなろうよ!」と言いたくもなってしまったが、アランは読書や絵を書くことや音楽を聞くのが好きだと言う。おそらく芸術家肌でもあるんだろう。今度この世界の事を実家から聞いてきてくれると言い、アランには頭が上がらなかった。こうして一緒について来てくれる事を思うと、性格が優しいのは確かのようだった。
「ところであの四角い白い建物ってなんなの?あそこだけちょっと近代的だね」
そに四角いサイコロ状の建物のそばの道に入ると、涼子は聞いてみた。
「あれはボード家の昆虫ファームだよ。主にコオロギを生産しているそう」
「え、へぇー」
白くて清潔そうな建物だが、昆虫ファームと聞いて気持ち悪くなって来た。そう言えばボード家のご主人と奥様から、どんな仕事をしているか聞きそびれたが、昆虫ファームを経営していたのか。あの豪華な屋敷も昆虫の賜物と思うと、当初感じていたリゾート気分など粉砕されててしまった。
「ただ、コオロギは案外コスパは悪いそう。温度管理や菌、エサの管理が大変だってボード家のご主人が言ってたね。コオロギは共食いをしたりするみたい」
「うぅーん、本当気持ち悪いんだけど」
「そうだね。でもこのクリケット村はこうしないと生きていけない事情があるんだよ」
「えー? どういう事?」
「いずれ涼子も理解できるよ」
アランはなぜか寂しそうな複雑な表情を浮かべていた。
こうして数分歩き、昆虫ファームから裏道に入り、住宅街に続く道にはいる。遠くに見える住宅街は、ボード家や村長宅とは違う雰囲気だった。むしろ逆といっていい。ボロボロの木造家屋やトタンの家ばかりだった。日本では滅多にお目にかかれない貧困街だった。
道端もゴミが散らかり、カラスのような鳥がエサとして食べている。あまり良い匂いもせず、全体的に汚らしい町だった。アランの家と比べても貧乏そうな雰囲気で、全くリゾート気分になれない。
アランやジョンはこの国は、貧富の差が激しいと言っていたが、実感してしまった。かくいう涼子も両親が死に、兄の仕事が順調になるまでは貧しい生活だった。習い事や娯楽をする余裕もなかったので、筋トレばっかりやっていた。勉強も生活が苦しいとやる余裕やメンタルが抉られて進まない。涼子は「自己責任」という言葉が嫌いだった。スタート地点が違えば、結果にも差が出る事はあると知っていた。だから、人と助け合うのが必要で、自己責任と堂々と言える人はよっぽど孤独なんじゃないかとも思う。ただ、筋肉は裏切らない。努力すればそれなりの結果が返ってくるので、筋トレにはまっていったのだ。
「この国が貧富の差が激しいって本当なんだね……」
涼子はジョンから預かった薬の袋をぎゅっと握ってしまう。
「そうだね。資本経済というには、どうしても格差が生まれるようにできてるからさ」
「そっか、そうだね」
この点は元いた世界とも大差なく、本当に異世界なのか疑わしくなってきた。昆虫食だって元いた世界でもブームが仕掛けられている。この世界と元いた世界は、現実が干渉し合ったりしているのだろうか?
あり得ない話だが、どうもこの共通点を感じてしまう。こんな世界で美味しい日本食を作って無双するのは、だいぶ悪趣味に思えた。村人の食生活は、否定も肯定もしない方が身のためかもしれない。
「あれ? この店は、昆虫屋なんだ……」
貧困街の一角には、店もあった。それは「昆虫屋」というものだった。しかもドラゴンライト教と関係があるらしく、「ドラゴンライト布教支部」という文字も看板に書いてあった。看板はボロボロで朽ちかけ、壁も扉も古めかしい様子だった。店先には、バッタやコオロギが入ったカゴが積み上げられ、「聖女レベッカ様の波動入り」とか「聖女レベッカ様が呪術で死んだ虫を生き返られました」というポスターも貼ってあった。他にも人を呪える虫というのも売ってあり、胡散臭い雰囲気だった。この村は貧富の差が激しいようだし、聖女パワーは本当に効果があるのか疑問だった。聖女というより占い師やカルト教祖って気がする。
「そうだね。ここはモニカさんのお店なんだ。モニカさん自体は悪い人じゃないけどね」
アランがそう言った直後、店から30歳ぐらいの女性が出て来た。西洋風の容姿であるが、着ているワンピースやエプロンが土で汚れている。
「ハイ! アランちゃん、元気?」
モニカはアランとも仲良しらしく、笑顔で雑談していた。
「こちらは? え? 異世界からいらしたのー? ちょっと待っていて」
涼子が自己紹介すると、下着や服、歯ブラシやシャンプーなどが入った紙袋をくれた。
「そんあ、モニカさん。ありがたいですけど、気を使わないでください……」
モニカの気遣いは嬉しかったが、見るからに貧しそうな人から物を受け取って良いのだろうかと思ってしまう。
「いいのよ、困った時はお互い様じゃないの」
「そうだよ、涼子。俺だって困った時は君に助けてもらうからいいんだよ」
モニカとアランの優しさに胸がいっぱいになる。この土地は日本と似ているが、そこには無い優しさが残っている気がした。この土地で日本食を作って無双とか品のない行動はとてもできない。虫は決して食べないが、郷に行っては郷に従えという言葉を思う出した。
「モニカさん、サミーおばあちゃんの様子はどう?」
「うーん、頑固になってしまって無理ね。涼子も覚悟してサミーおばあちゃんの家に行くといいわ」
「え? どういう事ですか、モニカさん」
涼子は何か嫌な予感がしていた。
「うん、サミーおばあちゃんの家に行けばわかるわよ」
モニカは詳細は語らなかったが、サミーおばあちゃんの家が良い所では無い事は察した。




