第一話
今回の作戦においては、
・消音スーツ
・拡張コンタクト
この二点の使用が検討されている。
犯行グループは夜行性。奴ら一党は現在舞多市舞多海岸の五番倉庫を活動拠点とし、昼の間はそこで眠っているものと考えられる。これは“協力者N”から極秘にもたらされた情報である。
奴らを一網打尽にする場合、まず候補に上がる戦術としては倉庫ごと爆破するのが手っ取り早い。しかし今回、爆破はするなとの指示が上層部より下っている。よって本作戦では何らかの方法で、倉庫及び倉庫内の物資を傷付けずに作戦を実行する必要があり――
× × ×
菊頭蝙蝠って知ってる?北は北海道から南は九州まで日本に幅広く分布する蝙蝠なんだけど、その特徴は何と言っても鼻。鼻葉と呼ばれる鼻の先端部分が大きく複雑に開いていて、英語圏ではそれを馬の蹄に見立てて馬蹄蝙蝠と呼ぶこともあるみたい。
独特の形状を持つ鼻葉が担う役割、それは超音波をより効率的に遠くまで届けることだと言われている。そう――彼らは鼻から超音波を出すのよ! 私の鼻からは鼻水しか出ないっていうのに。それはまあいいとして、最早蝙蝠が反響定位で空間を把握するというのは常識。しかし普段の会話も超音波で行うということは忘れられがちね。夜、田舎の畑の上空を羽ばたいている雄の蝙蝠を見つけてごらんなさい。その雄は人間に聞こえない声で雌に向かって求愛してると考えたほうが良いかも知れない。
――え? 雄か雌かなんて暗闇の中で分かる訳ない? 蝙蝠は耳が良いんだから足音が近づいただけで逃げられるに決まってる?
ご明察。そのために消音スーツと拡張コンタクトが必要って訳ね。
舞多海岸埠頭に佇む五番倉庫。タレコミによればそこを根城にしているのは十五人(十五匹)の犯行グループ。強盗、殺人なんでもござれ。数人の女性を強姦した挙句バラバラにして海に還してあげたというハートフルな逸話を持つ犯罪集団。
爆破以外で彼らを一網打尽にするのは一筋縄ではいかない。
そこで登場するのが何と言ってもこの、
「五○○○○Hz威圧機って訳ですか。上もまた大層なシロモノを用意したもんですね」
部下のカワカミがデスクに無造作に置かれた兵器を指して言った。
その兵器は一見するとRPG(ソ連製擲弾発射機)の様な見た目をしている。が、先端を見ても弾頭の類は見つからない。ラッパのような形状のノズルが付いているだけだ。
「蝙蝠の可聴領域は一般に一○○○Hzから一二○○○○Hzと言われている。それ以上でもそれ以下でも彼らの耳には届かない。この五○○○○Hz威圧機を飛行機のジェットエンジンと同等の一二〇dBで放出すれば、奴らの反響定位を滅茶苦茶にぶっ壊せる……というのが我らが獣災対の研究班が出した結論よ」
「成程。でもどうして五○○○○Hzなんです?」
「“固有振動数”っていうのがあるみたい。例えば倉庫や周辺の建造物の窓ガラスなんかにも、その物質が共振する特有の周波数があるみたいなの。私も詳しくは知らされていないけど、ガラスが割れないように緻密に計算された結果がこの周波数らしいわ。研究者たちは教えてくれなかったから、私が自分で調べたんだけどね」
「考えるのは研究班の役目、俺たち実行部隊は黙って指示に従っていればいいわけですか」
カワカミはまたいつものように上層部への愚痴を漏らした。ただそれにはもっともな理由があった。この威圧機なる装置が五○○○○Hz固定で、他の周波数が出せないようになっているせいだ。
実力行使しか能のない実行班が間違って兵器の変な使い方をしないように、という研究班の親切な配慮。安心設計。
腹が立つ気持ちは分からないでもない。私もかつてはそうだったから。
バカにするな。私達も大学を出てるし考える頭くらいある――。
そういう気持ちを中々抑えられないのも無理はない。
でも今の私は違う。人にはそれぞれ役割がある。研究班には研究班の、実行部隊には実行部隊の役割がある。各々がそれを全うすることが結局は大きな仕事を成し遂げることに繋がり、社会はそうやって回っていく。
だからカワカミもいずれはそれに気づく日が来るはずだ。“自分には何でもできる”という長い夢から覚め、寒い冬の朝の布団から這い出る日が。そのときまで私はこの純粋な、少年のような青年を見守っていようと思う。それもまた、獣災対作戦実行班第二部隊長の私の役目だから。
サクマという女性の部下が慌てた顔をして私たちの前を通り過ぎた。
「サクマ、どうしたの?」
彼女は両の手に小さな袋を握っていた。
「私、作戦会議のときに言うの忘れちゃったんです」
「何を?」
「皆さん、耳栓の用意を忘れないようにして下さいって。じゃないとあんな兵器を発射したら鼓膜が破けちゃう!」
そう言うと彼女は握っていた袋の中から耳栓を取り出し、まるで手の平に重大な国家機密でも乗せているかのような様子で耳栓を見せてきた。
「サクマ……」
カワカミは複雑な心境から一転、同僚に対してこみあげる笑いをどう抑えたものかわからないようだった。
「くっ……くくくっ……」
「な、何がおかしいのよ!」
「お前な。この威圧機が何Hz出るか聞いてたか?」
「五○○○○Hzでしょ!」
「じゃあ俺たちホモ・サピエンスの可聴領域はいくらだと思う?」
カワカミが笑い過ぎて涙の浮いた目を擦りながら尋ねた。
サクマは一瞬言われたことが分からなかった様子だった。しかしながら、少し考えると慌てて拡張コンタクトで検索をし始めた。
人類 可聴領域 検索
『ヒトでは通常、下限が二○Hzで上限が二○○○○Hzとされています』
サクマは慌てて耳栓を放り投げた。威圧機を全開出力しても、ヒトの耳には何も聞こえないというわけだ。
さっきはああ言ったが、サクマはもう少し考えたほうがいいのかも知れない。
『荒神の森』というタイトルで今年執筆をしておりました、秋風坊と申します。
今回『獣災対』というタイトルで執筆を開始致しますが、「同一テーマである程度設定を引き継ぎながら新しい作品を」と申したにも関わらず、設定の練り直しに難儀したため獣人という以外はあまり関連が見当たらない作品になってしまいました。
それでも、楽しんで頂ける作品を書けるよう努めてまいる所存です。よろしくお願い致します。
秋風坊 2022年12月20日 21時54分