アリス
今日は私の誕生日だ。
母上も目を覚ましており、盛大に祝ってくれると聞いている。
リサも準備を手伝っているようで、セバスが付き人として代わりをしている。
ここ数日セバスが不在だった。
何か大掛かりな事をしているのかも知れない。
「そろそろ時間ですな。」
セバスの言葉に椅子を降りると、自然な流れで身嗜みを整えられた。
流石は伝説の執事。リサよりもその動きは滑らかだ。
セバスに先導され広間へと進む。
重厚な扉が開くと、クラッカーのような音が鳴り響き、紙吹雪が舞った。
「ディ!!誕生日おめでとーー!!」
母上が大声で祝ってくれる。
それに引き続き、リサや教育係の人間が「おめでとうございます。」と一斉に告げて来る。
「あ、ありがとう。」
ここまで盛大に祝って貰うのは初めてだ。
今までは誕生日の前後に母上と二人、ひっそりとお祝いをするだけだった。
去年からリサとセバスが加わり、今年は教育係の人間、段々と大きくなる人の輪に感動してしまう。
「今日は重大発表があります!じゃじゃーーん!!」
そう大声で告げると、母上が一人の少女を連れて来る。
長いスカートとシャツを着た、愛らしい少女だ。
この雰囲気に慣れてないのか、キョロキョロと視線を動かしている。
「あ、あの…アリスと申します。ふ、不束者ですが宜しくお願いします。」
何とか言い切って頭を下げて来る。
何となく、よく頑張った!と褒めてやりたくなる気持ちだ。
「偉いわー。よく頑張ったわねー。」
母上も同じ気持ちだったのだろう。
少女の頭を撫でている。
「この子は…?」
結局詳しい事が分からないままだと思って説明を求める。
「アリスちゃんよ!新しくディのお側付きになる子なの!」
どうやら新しい付き人らしい。
私と同じ位の年だろうか、かなり幼く見える。
(…ん?…アリス…?)
どこかで聞いた名前だと思い、少女を観察する。
金の髪、金の瞳、幼いがこの顔…ゲームで見た覚えがある。
(あのアリスか…!まさかこんなに早く出会うとは…。)
驚きが顔に出ないように注意する。
この子はゲームで3強の一人とされている人物で、将来的に仲間にしたかった人間の一人だ。
ゲームと言っても3強は派生作品に出てくる人物で、乙女ゲームと関係は薄い。
確か没落貴族で、お家復興の為に旅している所を仲間に出来る。
「あ、あの……。」
余りの驚きに凝視していたようだ。
急いで挨拶を返す。
「私はディノス=シェールだ。こちらこそ宜しく頼むぞ。」
言いながら手を差し出す。
アリスがキョトンとしているのでそのまま手を取って握手をした。
「まぁー!まぁまぁまぁまぁ!」
何故か母上が興奮している。
リサも少し涙目になってるような気がする。
「アリス、知っているかも知れないが、その子が第一侍従のリサだ。アリスの先輩になる。」
リサの事も紹介しておく。
これから同僚になるなら仲良くして貰いたいものだ。
「はい!ディノス様第一の家臣です!アリス!何でも聞いて下さいね!」
私の言葉に機嫌を直し、リサが勢いよく話し出す。
アリスはその勢いに押されてされるがままだ。
(ゲームのアリスなら私と同じく今年で8歳か。)
一人で他家に仕えるには若すぎるが、丁稚奉公として働きに出るのはこの世界でも一般的だ。
アリスの家も今は一般家庭だし、有り得ない事では無い。
(しかし、今か……。)
欲しい人材では有ったが、幼い内からとなると少しだけ話が変わって来る。
ゲームでアリスが3強と呼ばれていたのは宝剣を持っていたからなのだ。
没落しても尚手放さなかった家宝で、宝剣と呼ばれるに相応しい武器だ。
幼い子供に持たせる訳が無いし、そもそもこの時期だとアリスの兄がまだ生きてるはずだ。
ゲームでは兄が亡くなりアリスが唯一の跡取りとなった為、復興の為に旅をしていると言う設定だった。
兄がいれば宝剣は兄が受け継ぐだろう。
(そして、私の家臣となった以上は見殺しになど出来んな…。)
関わり合いの無い所でアリスの兄が亡くなるなら何も出来る事は無いが、家臣となったなら話は変わる。
見殺しにすれば母上に顔向けなど出来ないだろう。
そうなれば宝剣はアリスの元に来ないが、それも止む無しか…。
「二人とも、ケーキを食べよう。」
リサとアリスに声をかける。
アリスの兄の事は後で手紙を届けるとして、まずは誕生日を楽しもう。
「はい!」「は、はい…。」
リサが元気に、アリスが少し怯えながら返事をする。
ゲームではアリスは男装の麗人で、サバサバとした性格で優しさも持ち合わせてると言う設定だった。
まだ幼い頃はこんな性格だったのか…。
何となく感慨にふけっていると、リサがケーキを差し出して来た。
「ディノス様、どうぞ!あーんです!あーん!」
リサがいつも以上に積極的に感じる。
アリスが来て少し不安なのかも知れない。
仕方なくそのまま口にする。
「ありがとう。リサもどうぞ。」
そのままリサにもフォークを差し出す。
アリスは顔を真っ赤にして両手で顔を隠している。指の間からバッチリ見ている定番の形だ。
リサが勢いよくケーキを食べる。
まだ物足りなそうにしていたので、何回か口に運んであげた。
「じゃぁ次はアリスだな。」
リサが満足したようなのでアリスに標的を定める。
主従関係を結ぶなら早期に信頼関係を結ぶべきだろう。
フォークを向けると驚いた顔で私とリサの顔を見る。
リサが優しく微笑むと、恐る恐る口を開けて近づいて来た。
目を瞑りながら何とか口に入れ、そのままゆっくりと食べ始める。
私がフォークを動かさなかったら頬についていただろう。
「!美味しい!!です!」
ゆっくりと味わった後、驚いたように目を開ける。
公爵家の料理人が作ったケーキだ。恐らく初めて食べる美味しさだろう。
アリスは期待する目で私を見つめてきたので、再度ケーキを与える。
「じゃぁ後はリサがケーキを食べさせてあげてくれ。」
二人の交流も必要だろうと思って声をかける。
別にケーキを食べさせ合う必要は無いのだが、美味しい食べ物の力を使えば打ち解けるのも早いだろう。
二人が交互に食べさせ合ってるのを見てると癒される。
前世の百合好きの人達はこんな気持ちだったのかと思ってると、母上が隣にやって来た。
「ディ…!我が子ながら恐ろしい子…!」
何となく効果音が付きそうな感じで驚愕している。
何をしているんだか、と思いながら目の前の二人を指差す。
「微笑ましいものでしょう?」
「それは…そうね。尊いわね…。」
何となく母上にも分かって貰えると思っていたが、だらしなく緩んだ顔を見ると正解だったみたいだ。
暫く見ていると母上が我に帰る。
「ッハ!違うわ!いいえ、尊いのだけれども、私がしたいのは違うのよ!」
何やら頭を振りかぶり、大声で叫んでいる。
母上の声に驚いて二人の手が止まってしまった。
「はい、母上。あーん。」
何を求めているかはすぐ分かったのでケーキを差し出す。
「ありがとー!ディもあーん!」
差し出されたケーキを食べる。
今日は久しぶりのケーキと相まって甘々な空間が広がっている気がする。
気を利かせたのかセバスもいつの間にか消えている。
一通り食べさせ合って満足すると、母上がいつもの宣言をしようとしていた。
「それでは、私は図書館に用事が有りますので…。」
去ろうとする私を一瞬でリサが引き止める。
「ディノス様、なりません。」
その動作は手慣れたもので、訓練の時の動きを遥かに凌駕していた。
「よくやったわ!リサちゃん!じゃぁお風呂に行きましょー!」
その宣告と共に私は母上に、アリスはリサに連れられて行く。
やはりアリスが第三の被害者となったか…。
第二の被害者であるリサは最早加害者となってしまったが、アリスだけは染まらないで欲しい。
「え?お風呂?ですか??でもディノス様も…?」
アリスは混乱したままリサに連行されている。
リサが「付き人なら当然の事ですよ。」と諭しているが、私の意見を優先するべきだろうに…。
心を無にして入浴を済ませ、祝福の日を無事終えるのだった。
平日は20時頃投稿予定です。
誤字脱字報告ありがとうございます。
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