フィアス
(いつまでも迷宮都市を留守にしておけない。すぐに転移で向かおう。)
馬車で移動中と言っていたが、いつ気が変わって転移してくるか分からない。
黄金郷もペイスに居るし、持ち堪えるだけなら十分だろう。
(後はどれだけ強化されているだな。ゲームでの魔王化なら余裕だが…。)
それ以上の強さの可能性だって有る。
油断はしないでおこう。
「じゃあペイスに行こう。正室は私が――」
「ディノス!その事なんだけど、フィアスの事はワタシとマイハ様に任せてくれない?」
ティニーが提案してくる。
(ティニーが戦うのは分かるが、母上も?龍の守りをつけたとは言え、戦闘経験は少ないはずだぞ?)
疑問に思って母上を見ると、優しく微笑んでくる。
「ディ…。あの方は私が居るせいでおかしくなっていったの…。その事を負い目に思ってる訳じゃ無いけど…最後にちゃんと向き合いたいわ…。」
母上がシェール家に嫁ぐ以前は気性は荒いものの、優しい心も持ち合わせていたらしい。
フィアスが母上を目の敵にしている事は知っている。
セバスは嫉妬からだろうと言っていたが…。
(そこまでする必要が有るのか?ずっと母上は虐げられて来たんだぞ…?)
「……ですが、危険では?私が一掃した方が良いと思うのですが…。」
「ディ…。お願い。」
…母上に頭を下げさせてしまった。
こうなったら私の負けだ……。
「…分かりました。ですが、危険と感じたら介入しますよ。」
「うん!ディ!ありがとうー!」
母上が抱きついてくる。
…昔と全く変わらないな。
ジュリを見ると頷いている。
…『想いの魔法』の事を聞いたが、ずっと昔から習得に向けて頑張っているらしい。
想いのままに行動する事が重要で、それが『愛の魔法』に繋がっていくとの事だ。
魔法自体の効果は千差万別で、名前の通り『想い』の特性に応じた魔法になる。
古代でも習得者はおらず、伝承だけが伝えられていると言っていた。
(…私はディーガンの相手でもしてやるか。)
ディーガンも強化されているだろうが、軽く相手をしてやろう。
これから父達と戦うんだ。苦戦して良い相手じゃない。
「ディノス様、お待ちしておりました!」
「ディノ様ー!お会いしたかったです!」
迷宮都市の自宅に戻ると、天人娘と内政官に出迎えられた。
「ペイスの街の防衛は完璧です。ディノス様の御力に触れ、皆が涙を流しております。各里の族長達も命を懸けてこの街を守ると豪語していました。」
「ペイスの街の財政は健全です。王都の民もディノ様の魅力に気付いて来たようで、最近は私以外の内政官も増えてます。もちろんこの街出身の子達も頑張ってますよ。」
お互いに肩をくっつけて、一歩も譲らない感じで報告してくる。
…以前来た時は仲良くしていたのに、どうしたんだろうか…。
「(ジュリ様の次は私達黄金郷です!)
「(いいえ、ジュリ殿の次は戦乙女です!)」
……何か小声で話しているが、余り触れてはいけない気がするな。
「…フィアスがこちらに向かっている事は聞いているな?私達はこれから迎え打ちに行く。近い内に兄とも戦う事になるだろう。」
私が話し出すと、背筋を伸ばして聞いてくれる。
…続けても良さそうだな。
「そして、近々異界門も開く。この街の防衛は家臣や冒険者ギルドに任せようと思っている。」
家臣は孤児院出身の者と隠れ里の住人達が多い。
もちろんこの街出身の者も居るが、そちらは内政官が多い。
エミィ達の下の下級官僚達だ。
「黄金郷は別だ。エメルト達は決戦の時に公都を任せようと思っている。…外に異界虫、内に魔窟の住人達だ…。厳しいが、善良な市民を守ってくれ。」
更に続けて話す。
公都には龍の化身を送り込んでいない。
かなりの激戦が予想されるが、教会や孤児院を守って欲しい。
「っは!!全力を持って挑みます!!!」
エメルトと、他の黄金郷メンバーも力強く頷いている。
…どうやら安心して任られそうだな。
その他にもいくつかの指示を出し、フィアスの居る場所へと向かった。
……小さな村に滞在しているようだが…。
(あの村全体が禍々しい魔力で覆われている。魅了系の魔法が使われているし、村民は皆やられているだろうな…。ミードの時とは大違いだ。)
ミードの時は魅了のアイテムを使って、ようやく建物一つという感じだった。
それもある程度時間をかけて行ったんだろう。
だが、フィアスはあの村に着いてから大した時間は経ってないはずだ。
それなのにこの魔力は……。
「エメルト、公都からここまでの進路を割り出し、途中の街や村を見て行ってくれ。魅了状態の人間が居たら、気絶させて浄化のアイテムを使ってくれ。もしかしたら公爵家の兵士と出会うかも知れないが、その時はスルーして欲しい。」
「っは!」
黄金郷は母上が戦うと聞いてついてきてくれたが、フィアスの進路を遡ってもらう事にした。
『欲望の魔法』は感染する。トバスリーの話を聞くに、感染では劣化した魔法しか得られないようだが、放っておく訳にもいくまい。
浄化アイテムにどこまで効果があるかは不明だが、感染の進行を遅らす事は出来るだろう。
公爵家の兵士の事を言ったのは、トバスリーが手配しているかも、と思ったからだ。
欲望の魔法ついて詳しかったし、フィアスの事を害と言っていた。
可能性としては十分有り得るだろう。
「それじゃ、行こう。」
村に入ると、強い花の香りが鼻についてくる。
何の花か分からないが、不快な匂いだ。
(門番も呆けていたし、外を歩く人間は…金?を持っている?)
壺や綺麗な布、そして小銭を両手に抱えている。
他にも長年使われた武器や防具もだ。
手ぶらでそれぞれの家に入り、両手に抱えるだけのモノを持って出てくる。
向かう先は村長宅らしき、村で一番大きな家だ。
「おーっほっほっほ!そうよ!愚民ども!全ての財を私に貢ぐのよ!!」
「ウハハハハ!!何だ!このクズ鉄は!!こんなのが使えるか!!」
中を覗くと、フィアスとディーガンが中央でふんぞり返っている。
ディーガンは村民が持ってきた鉄の胸当てを、紙のように引き裂いている。
「欲望の魔法よ!全ての財を金貨にしなさい!!」
フィアスが魔法を使ったようだ。二人の目の前に積まれた財宝が消え、数枚の金貨が落ちてくる。
(あれが…欲望の魔法か。確かに異質だな。)
全ての法則を無視しているような魔法だ。
本来の魔法は物理法則を無視しているだけで、魔法自体の法則には従っている。
欲望の魔法はそれすら超越しているみたいだ。
「……何よ!?このゴミみたいな枚数は!全て持ってきなさい!今日食べるご飯も!今着ている服も!住んでいる家もよ!!」
「フィアス様!それよりもヒトの方が良さそうですぞ!ヒトならまだマシな値が付きます!」
「ヒトはねぇ…。疲れるから嫌なのよ…。魔法を使わせてあげるから、貴方がやってちょうだい。」
「了解しましたぞ!おい!村長!若い村人を全て連れてこい!老人はいらんぞ!安過ぎるからな!!」
二人が話しているが…。
「酷いです……。」
「なんて奴ら……!!」
「酷い……!」
アリス、ティニー、母上が怒っている。
人が金貨になるのを見る訳にもいかないし、そろそろ入るか。
因みにリサとジュリはそこまでは怒ってなかった。
リサはここの住民が私の民じゃ無かったからで、ジュリは古代でも色々見てきたからだ。
「その位にしておけ。その金貨でもお前らには過ぎたるものだぞ。」
中に入ると二人が驚きの表情を向けてくる。
…ようやくフィアスに悩まされる事も無くなりそうだ。
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