異変の始まり
壁の完成から少しの間引き止められ、ようやく王都に帰る事が出来た。
近隣や皇都からもどんどんお偉方が集まって来て、最終的には逃げ帰って来た感じだ。
セバスから連絡を受けたツァンが代わりを引き受けてくれた。
ツァンは喜んで皇国の貴族達と話していたし、やり甲斐の有る仕事みたいだ。
「ディノス、よく戻って来たな。幾つか報告が有るから聞いてくれ。」
「ファリア。私も皆と別れた後の事を話すよ。」
いつものようにファリアの私室で会話する。
今は夏休みだが、学生の多くは寮で過ごしているらしい。
長期の休みも数多くのパーティが開かれる為、実家に帰省しているのは僅かな時間だと言う話だ。
学園でも有志によるパーティが毎夜開かれている。
「異界門の事を父上に話したらすぐに動いてくれたよ。今は各地で厳戒体制を取っている。…ああ、ディノスの壁作りについては本当に感謝していたぞ。い、いつでも婿に来なさいと言っていた……。」
世界樹の使者もその後に来たみたいだ。
「そ、そうですか……。私の方は……。」
婿に来いと言われても承諾する訳にもいかず、私の方の話をする。
皇国での壁作りと要石の事だ。
「そうか…………。『試しの儀』に成功し、ミア様から認められたと……。…それは、マズいな……。」
「え…?マズい、ですか?それにミア様?お知り合いなのですか?」
「え?ああ。こっちの話だ。気にしないでくれ。ミア様とは親戚でな。あちらの方が年上なのもあって様付けしてるんだ。」
王族は他国とも盛んに婚姻関係を結んでいるし、大勢の親戚が居るんだろう。
そう言えば、どことなく似てる気もする。
「『龍脈之要石』という神具も借りる事が出来ました。後でお見せしますよ。」
その時に強化しよう。
「それは楽しみだ。……それで、一つ相談が有るんだが。」
「何ですか?」
「最近、バカ…いや、弟達の様子がおかしいんだ。無視しても良いんだが、少し気持ち悪くてな…。」
「ギル達ですか…?何か有りました?」
「……最近、休みだというのに真面目に訓練をしているようでな。ディノスとの鍛錬以降は多少マジメになったようだが、今は毎日マラソンまでしてるんだ。」
「それは…。基礎的な訓練を嫌っていたのに、珍しいですね。…とは言え、良い事なのでは?」
「ああ……。だが、今はヒメ=センイとも距離を置いているらしい。私達が以前注意した時は聞かなかったというのにだ。」
「え……?」
「更に…最近はミード=ゴウツにベッタリだ。まるで、少し前のヒメに対するように接しているようにな。」
「は……?」
驚愕の事実を告げられる。
ミード=ゴウツは乙女ゲームの悪役令嬢の一人にして、父の正室の生家の娘だ。
家も本人も悪い噂をよく聞くし、何よりギル達は大嫌いと言っていた。
(第一、ギル達はヒメに心底惚れていたはずだ。喧嘩したとしても、そんな事になるか?)
喧嘩した腹いせに、とかなら可能性は有るが、相手に貴族令嬢を選ぶのはおかしい。
賠償問題に発展してもおかしく無いぞ。
(後考えられるとしたら…魅了か。確かゲームでも似たようなのが有ったし、恐らくこっちだろうな。)
ゲームでは主人公が聖女の力で解呪していた。
だがヒメは聖女の力を持っていないようだし、同じ手は使えないはずだ。
「ヒメ=センイも日に日にやつれているようでな…。あの女の事は嫌いだが、流石に今の状況はな…。」
ヒメにとっては最悪の状況だろう。
私も、もしリサ達が同じ目に遭ったら、きっと頭がおかしくなると思う。
「……ヒメ=センイと連絡が取れますか?」
黙って助けても良いが、そろそろヒメとも話すべきだろう。
『女神の雫』の件も有るし、まとめて片付けてしまおう。
「…ふ。そう言うと思って呼んである。ヒメ自身もディノスに助けを求めていてな。戻ったと聞いて呼んでおいたんだ。……入って良いぞ。」
「…ッヒ!……。」
ファリアの言葉に一組の男女が入ってくる。
女性はヒメ=センイだと思うが、頬が痩けていて目が赤い。
身嗜みは辛うじて乱れていないようだが、隣のエルフ奴隷が世話しているんだろう。
「ご主人様、大丈夫ですよ。ディノス様は話が分かる御方です。」
「…そうよね。もう、頼れる人は他に居ないもの……。……お願いします!どうか!ギル達を救って下さい!あんなの絶対ギル達じゃ無い!絶対操られているわ!!お願い!欲しいものなら何でもあげるから!!!」
クルーに支えられながらヒメが叫ぶ。
最後の方は土下座までして懇願して来た。
「僕からもお願いします。絶対あの3人は何かされてます。ゴウツ家の令嬢に操られているんです。でないと説明がつきません!あの人達は奴隷相手でもちゃんと接してくれる心優しい方なんです!絶対に女性を叩くような方では有りません!」
クルーの言葉を聞いて、またヒメが泣き出す。
かなり精神的に参っているようだ。
「分かった。助けよう。代金は『女神の雫』だ。持っているんだろう?」
単刀直入に言う。
この状態の二人を前に、長く話すのも可哀想だ。
「持ってるわ!少しだけ使ったけど、残りは全部あげます!だからお願いします!!!」
「良かろう。交渉は成立だ。すぐに動こう。」
私の言葉に安堵し、糸が切れたように眠ってしまった。
クルーに自室へと運ばせ、『女神の雫』を持って来るように伝える。
「…ファリア、そう言う訳で少し行ってくる。シルフィ、一緒に来てくれ。」
「ああ。…愚弟を頼んだぞ。」
「はい!」
外に出るとリサに出迎えられた。
なんと、ミード=ゴウツから面会の申し出が有ったらしい。
「…どう致しましょうか?」
リサが尋ねて来る。
……目で『殺って良いですか?』と聞いてる気がする。
「後でこちらから出向くと伝えておけ。……手は出さないようにな。」
「……御心のままに。」
…一瞬『足なら…』とか考えてた感じだったな。
「…それじゃ、シルフィには着替えて貰って、準備をしてからあちらへ向かうか。」
『女神の雫』を少し使ってシルフィの覚醒もしてしまおう。
何のイベントもこなして無いから、恐らく完全に聖女として覚醒はしないだろう。
だが、半覚醒でも十分だ。大した魅了では無いし、いざとなったら私がフォローする。
「着替え…ですか…?」
「ああ。」
不思議そうにしているシルフィをアリスに預け、準備を進めた。
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