閑話 迷宮都市のギルドマスター
ーーーギルドマスター視点ーーー
「と言う訳で、近々私の街に公爵家の次男殿がやって来る。宜しく頼むよ。」
目の前のよく肥えた巨漢が偉そうに喋る。
この街の代官を気取っているが、貴族の責務は何一つしやがらねぇ…。
「何で我々が…。ッグ!!」
口を挟んだ瞬間に衝撃が走った。足を上げている所を見るに、蹴られたのだろうか。
俺も現役時代はAランクまで昇り詰めたと言うのに、何も見えなかった…。
金と権力に目が眩み、愚者と言われる男さえこの強さか…。
「ああ、済まない。貴様らにはこの方が通じるかと思ったが…。」
俺の事を全く見ずに話す。…完全に眼中に無いみたいだな…ックソ。
「そう言えば、そろそろ奴隷の補充が欲しいと言われていたな…。」
「…何だと?」
「貴様らは何もしなければ良いだけだ。そうすれば里は無事だろう。」
最後に俺を一瞥し、冒険者ギルドを去っていった。
「大丈夫ですか!?マスター。」
「ヒール」
何人かのギルド職員がすぐに来てくれた。
有難い事にヒーラーも一緒だ。
「助かる…。聞いていたな?次男様が来たら最低限の対応に留めろ。」
最近公都から少しずつ子供達がやって来ている。
その子達に言わせると、次男様は期待出来る方との事だったんだがな…。
「あの…公都の子供達は…?」
何人かが心配そうにしている。
地獄とも呼ばれている公都からやって来たんだ、心配にもなるよな…。
「ガキ共の事は何も言われてねぇ。今まで通りだ。」
(代官の野郎…、ギルドの内情を知ってやがるな…。)
迷宮都市の冒険者には里出身の者が多い。
ここで出稼ぎを兼ねて街との繋ぎ役になっているのだ。
次男様に何かしろって言うならともかく、何もしなければ良いのなら問題も無い。
恐らくは街の人間と組んで何かされるのを警戒してるんだろう。
その後、次男様が街に到着したが、ギルドにはやって来なかった。
ホッとしていたものの、家臣と名乗る小娘達が来た事で騒ぎになっている。
「ふざけるな!貴様!!もう一度言ってみろ!!!」
黄金郷と言うチームで、公都でも少しだけ活動していたらしい。
あの魔都で活動出来るとなると、それなりの実力は有るはずだ。
この街で活動すると言ってギルドへ報告しに来たが、次男様の家臣だと公言していたのだ。
それに何人かの冒険者が反応してしまった。
次男様への文句を言ってしまったのだ。
暴走も近い内に有ると言われており、気が立っていたんだろうが…。
「何度でも言ってやるよ!」
「公爵家の人間がついに来ちまったんだ!この街はもうおしまいだ!」
「何度も再建して来た街が、魔都に変わっちまうんだ!!」
「公爵家の人間は何もしやがらねぇのに…何でこの街に…!」
冒険者達の不満は分かる。
俺も文句を言ってやりたいが…。
公爵家への批判を家臣に向かって言うなんて…。
喧嘩を売っているようなものだ。小娘だと侮っているとしても迂闊すぎる。
(下手をしたら街が…。)
慌てて止めようとするが、黄金郷の一人が前に出てきた。
「言いたい事はそれだけか…?いかなる理由があろうと、ディノス様への侮辱は見逃せん。」
槍を持った娘だ。流れるように構えるが、全く隙が見当たらない。
「貴方がマスターかしら?悪いですけど、主君を侮辱されては妾達は引けませんわ。」
背の低い少女が大剣を構えている…この子も強い…!
「安心しなさい。お灸を据えたらそれで終わりにしてあげるわ。」
レイピアを振りながら少女が笑う。
怖気のするような笑みだが、有難い台詞を言ってくれている。
もし本当にここだけの話にしてくれるなら…!
「そうだな。ディノス様の家臣として約束しよう。貴様らも鬱憤が溜まっていただろう。ここで晴らせば良い。」
最初に怒鳴っていた赤髪の娘が告げてくれる。
どうやら落とし所を示してくれたみたいだ。
「ありがてぇ!俺らが負けたら土下座でも何でもしてやるぜ!」
相手に乗るように威勢よく返す。
主君を馬鹿にされたら誰でも怒る。
それでも慈悲を示してくれた事に感謝して、全力でお相手しよう。
「ミネミネー。」
「ウチウチー。」
獣人達も子供のくせにやりやがる…!
「な、何とか…勝ったか…。」
倒れながら戦況を見る。
俺は早々に負けてしまったが、ダークエルフの長が来ていた事で何とか勝てた…。
あの若さでこの強さとは…末恐ろしい限りだ…。
「くそう!ディノス様…!申し訳ありません…!」
「我の槍を見事に受けるとはな…。次は負けん!」
「妾とした事が…ディノス様…。」
「雪女!魔法は考えて使いなさいよ!壁が吹き飛んでるわよ!」
「ウー…。」
「クヤシー…。」
黄金郷が悔しがっている。
ギルドが半壊した俺らの方が情けない結果だがな…。
「見事だ…。それだけの力を持ちながら……。…いや、すまない…。」
ダークエルフの里長が去っていった。
アイツも公爵家には思う所が有るんだろうな…。
いや、皆有るか…。誰かが何とかして欲しいもんだ……。
その後も。
「ディノス様は迷宮探索を開始しました。」
黄金郷は。
「もう30層まで踏破しましたな。流石は我らがディノス様だ。」
次男様の偉業を報告してきた。
「ついに40層踏破ですわ。これが魔石です…触らないで下さいますか?」
魔石に触らなかったら等級が確認出来ないんだが、と思ったが、グッと我慢した。
「最近は魔の森と鉱山に行ってます。ディノス様の勇姿の何と素晴らしい事…!」
半年が経つ頃には十分過ぎる程に理解していた。
住民に何かをする訳でも無く、率先して迷宮や森の魔物を間引いてくれる。
あの方が来てからはおかしな取り締まりも減ったと評判だ。
(だが…。)
こちらから接触する事は無かった。
温和な方らしいし色々と協力したいんだが、代官を恐れて動けずにいる。
自らの情けなさを悔やんでいると、とんでもない情報がもたらされた。
「暴走が起こるぞ!」
黄金郷の一人が駆け込んで来た。
その内容は寝耳に水とも言えるもので、初めは信じられなかった。
「暴走だと?最近は間引きも順調だぞ?」
魔の森や鉱山は大勢の冒険者達が入っている。
異変が有るとするなら迷宮だが…。
(まさか迷宮探索の報告は虚偽…?…いや、そんな事をしても意味が無い…。)
魔の森や鉱山では次男様達を見たとの話も聞くし、たまに見せられる迷宮の魔石は本物だ。
となると暴走が誤報かとも思うが…。
「まずは森と鉱山に人を送れ!緊急用の狼煙も上げろ!」
最悪の事態を想定して動くべきだ。
狼煙は軍にも話を通さなければ。
「娘!ディノス様をお呼びする事は出来るか!?」
不敬も甚だしいが、俺はここを離れる訳にはいかん。
それに、次男様が逃げ出すかどうかもこれで判断出来るだろう。
「……本気で言ってるのか?」
黄金郷の娘が槍を構える。
余りの殺気に空気まで揺らいでいるようだ…。
「俺はここから離れられん!後でいくらでも詫びよう!!」
こうなっては代官との約束などどうでも良い。
「………ここで勝手な判断は出来ん…。…ディノス様にお伺いを立てよう。」
そう言うと娘の姿が掻き消える。
殺気から解放された事で、今更心臓が早鐘を打ち始めた。
「すぐに街の代表者に確認を取れ!避難経路の割り出しも急げ!」
鼓動が収まる前に周囲へ指示を出す。
今は一時でも時間が惜しい。
暴走はやはり事実のようで、今後の対応に苦しんでいる。
忙しく指示を出していると、ギルドの入口が騒がしくなった。
「ディノス様!?ようこそおいで下さいました!」
急いで向かうと一人の青年が入って来る所だった。
(このお方が…。)
端正な顔付きと優しそうな瞳をしている。
とても悪名高き公爵家とは思えん…。
その後は一方的に予定を話されたが、その内容は…。
「皆様方だけでやるおつもりで……?」
思わず声に出てしまった…。ギルドに命令せずに自らで治めるつもりなのか…?
「ここは公爵領、私は公爵家だ。貴様らギルドは好きに行動しろ。」
その一言を最後に出て行かれた。
その後ろ姿に長年待ち望んだ貴族の姿を見る。
ギルド職員の中には涙を流してる者まで居る。
当たり前だ。この街はずっと本物の貴族を求めていたのだから…。
「あの御方だけに任せる訳にはいかねぇぞ!!逃げるんじゃねぇ!守るんだ!!」
その後はずっと熱狂の中に居た。
森で柱が上がった時も、全員があの御方を思い出した。
あの御方が迷宮に潜られた後は只々祈り続けた。
結局全てをあの御方達だけで片付けてしまい、俺たちは雑魚を倒してるだけだった。
それでも最高の喜びだ。
今までずっと逃げてきた暴走から街を守れたのだ。
絶体絶命の危機から救われたのだ!
街の住民どころか周囲の里も従え、中央で穏やかに微笑んでおられる。
自らが木に引っかかっている事も忘れ、英雄の誕生を心から喜んだ。
明日は20時頃投稿します。
誤字脱字報告ありがとうございます。
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