教会
「街か…。どんな所だろうな…。」
以前から行ってみたかったが、正室の事もあって今まで別邸から出る事は出来なかった。
勿論相手に気を使うとかでは無く、私たちを害する刺客を警戒してだ。
別邸に居れば手を出される可能性は低いが、街に出れば危険は高まる。
今回街に出るのは以前母上が経営する事になった孤児院の視察の為だ。
命令だけして後は関与しないのが普通だが、母上は一度見に行きたいらしい。
警護を考えて私も同行する。
孤児院の経営は私の友達を作る為と聞いた気がするし、ちょうど良い機会だろう。
「緊張しますね…。」
「リサ姉様も初めてなのですか?」
リサの言葉にアリスが驚く。
リサは今でも魔力暴走を警戒して人の多い所には行かない。
魔人種を隠す必要も有るし、カダン家自体が高位貴族と呼べる家系なのだ。
私の侍従をしているから忘れそうになるが、王国子爵という由緒正しき家柄だ。
因みに「姉様」呼びをしているのは母上の要望だ。
出来るだけ家族に近い形で居たいらしい。
私達母子に対してももっとフランクで接して欲しいと言っていた。
私が少し距離を取りがちなので気にしているのかも知れない。
「恥ずかしながら…。アリスには迷惑をかけます。」
アリスは実家からここまでアリスの父に連れられて来たと言っていた。
誕生日の少し前から滞在し、母上と話し、私を見て任せる事に決めたらしい。
全然気付かなかったが、よく考えれば悪名高き公爵家に娘を預けるのだ。
母上の名声が有るとは言え当然の事かも知れない。
「頑張ります!」
ふんす、とアリスが鼻息を荒くする。
シェール家に来てまだ数日、初めて頼られる事に喜んでいるのだろう。
護衛にはセバスと教育係の人間が数人、味方の少ない私達にしてみれば十分すぎるだろう。
ツァンは騒がしいので遠くから一人警戒中との事だ。
馬車に乗ろうとしたらそのまま母上に抱えられてしまった。
「ディの席はここね。」
中に入ると膝の上に乗せられ、笑顔で告げられる。
リサとアリスが羨ましそうに見てくるが、恐らくアリスは私と代わりたいのだろう。
まだ親に甘えたい盛りだ、機会が有れば甘えさせてやろうと思い、外を見る。
窓から見える風景は極僅かだが、それでも初めて見る風景に釘付けになる。
「おお…。」
自然と声が漏れる。
母上は笑っているようだが、リサも口を開けている。
落ち着きのある立派な建物が並んでいる。
別邸は領都の北側に有り、一帯は貴族街だ。
主に公爵家に関係する貴族達が住んでいるが、カダン家などの一部の人間は公爵家の敷地内に居を構えている。
「余り人は歩いて居ませんね。」
貴族街だから皆馬車を使ってるのかと思ったが、使用人達も少ない。
「そうね…。」
母上が言い辛そうにしている。
「失礼ながら、公爵領は余り人気が無いのです。気軽に移動出来ない市民はともかく、貴族位の者は殆ど近寄りません。」
セバスが母上の続きを補足してくれた。
他の貴族領なら各地の貴族が別荘を建てたりしてるらしい。
勿論街の規模などで変わるが、公爵領には殆ど寄り付かないとの事だ。
主家を貶されたのでアリスが一瞬ムッとしたが、私達の雰囲気を感じ取って不思議な顔をしている。
「シェール家は代々内政を重視しておりませんので、今まで気にされた方は居りませんでしたな。」
セバスが嬉しそうに笑う。
セバスは私が公爵家と違う道を歩もうとしている事を感じ取っており、それを歓迎している。
敵の敵は味方という事だろう。そういう意味では信頼出来る相手だ。
「流石はディノス様です!」
リサが称賛の言葉を述べてくる。隣ではアリスも瞳を輝かせていた。
「最初は孤児院に向かうんだったな?」
何となくやり辛くなって質問すると、頭の上から忍び笑いが聞こえてくる。
聞こえなかった事にして会話に集中する。
「そうですな。市民街ですが、教会横の比較的治安の良い場所ですぞ。」
母上の希望を聞いて教会が用意してくれたらしい。
母上には化粧料として公爵家から資金が出されているが、基本的に手をつけてないと聞いた。
私に関係する事にだけ使っているとの事だ。
「うんうん、目指せ友達100人ね!」
母上が無茶な事を言ってくる。
貴族は孤高な存在だという常識も関係無しだな…。
「決して教会の敷地からは出ないように。」
孤児院に着くと、セバスが真剣な顔で声をかけてくる。
領都の市民街は活気に満ちているが、その実態は欲望渦巻く退廃の都だ。
王国の法は無視され、公爵側も殆ど取締りをしていない。
力が全てで、人身売買や麻薬、人体実験なども行われている。
表通りと主要施設の付近、貴族街だけは安全で、そこを脅かす者は公爵家と敵対する者として徹底的に粛清される。
「分かった。」
元々動き回るつもりも無いし、簡単に返事をする。
二人も同じで、馬車から降りると早速教会へ向かう。
(やっと下された。)
ここまでの道中ずっと膝の上に居たのだ。
嫌では無かったものの地に足が着くというのは安心するものだ。
「母上、アリス。」
二人を呼び寄せて手を繋がせる。
アリスは少し遠慮しながらも、満面の笑みで手を握っている。
「ディノス様。」
リサが真剣な表情で手を伸ばしてくる。
断る訳にも行かないと手を繋ぎ、皆で教会に入っていった。
「マイハ様!!ようこそおいで下さいました!!」
中に入ると神官が母上の元に駆け寄り、目の前で祈りを捧げている。
「本当に…、本当にお待ちしておりました…。」
駆け寄って来た神官だけで無く、壁際に並んでいる神官もそれぞれ祈りを捧げているようだ。
「おやめ下さい。もう私は教会から去ったのですよ。」
やんわりと母上が嗜める。
聖女と聞いていたが、ここまで影響力があったとは思わなかった。
ゲームの時代になると『聖女』という肩書はよく出てきたので少し軽く考えていた気がする。
母上は100年以上時を経て再来した聖女候補だ。特に王国の教会関係者にとっては特別な存在だったのだろう。
「申し訳ありません…。…そちらのお子様が?」
「ええ、そうです。ディ、ご挨拶を。」
母上に促されて挨拶をする。
「初めまして。マイハの子のディノスです。本日はお招き頂き有難うございます。」
本来ならマナー違反だがシェール性は名乗らなかった。
明らかに教会関係者は公爵家を嫌っているしな。
お忍びと言う形だしそこまで問題にはならないだろう。
「これはこれは…。こちらこそ、お会い出来て光栄です。」
私の意図が理解できたのだろう、嬉しそうに微笑んでくる。
母上は少し複雑な表情だが、教会から嫌われると色々面倒だから許して欲しい。
挨拶が終わるとまずは祈りを捧げる事になった。
私は熱心な信者では無いが、別邸にも簡素な教会は有る。
母上が来る時に建てられたものらしい。
一応毎日祈ってはいるものの、神の存在を感じた事は一度も無い。
母上が祈りを捧げている時も特別な事が起こった事は無い。
今回もすぐ終わらせようとした所、辺りが光に包まれているのに気付いた。
(え?ついに神からの啓示が…?)
神様転生的な事が起こるのかと身構えてみるも、何も起こる様子は無い。
よく見ると教会に居た時のままで、リサ達も隣に居た。
反対側を見ると母上が光に包まれており、荘厳な雰囲気に満たされていた。
「おお…!これぞ正に…!」
「聖女の誕生か…!?」
神官達が何やら騒いでいるが、この神秘的な光景を見れば仕方無い事だろう。
まるで宗教画のようだ。
暫くすると光は収まり、神官達がワラワラと母上を囲んで行く。
勿論私が黙って見ている訳も無く、1番に母上を支えている。
「母上、大丈夫ですか?」
辺りを見渡した後、私に向かって笑顔を向ける。
「ええ。大丈夫よ。私の願いを神様が聞いてくれたのね。」
「おお!」
母上の言葉に神官達が湧き立つが、すぐに沈められた。
「皆様の期待するような事では有りませんわ。ただより良い未来を願っただけです。」
聖女の誕生とかは無いと断言された。
神の気配を感じたから、恐らくは聞き届けてくれたんだろうとの事だ。
(あの光がそうなのか…。)
私には神の気配とやらは全く感じられなかった。
まぁ深く考えても仕方ないだろう。
神官達は未だに騒いでいるが、祈りの時間は終わったと言う事で孤児院へ向かう事になった。
平日は20時頃投稿予定です。
誤字脱字報告ありがとうございます。
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