表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヘッドフォンを外して  作者: an-coromochi
一章 ここから先は、立ち入るなよ。
8/66

ここから先は、立ち入るなよ。 1

あまり知られていない、自分たちだけの場所。


私にとっては、視聴覚室の奥にある放送部室が、


そういう場所でした。


学校が改築されて、なくなってしまったことを聞いて、


時間の無常さを思い知らされます。

 思いのほかスムーズに終えた初日に対して、二日目は最悪だった。


 クラスの中に冬原夕陽という、比較的まともな人間がいると分かって安心してしまっていたのか、昼休み、春泉は自分に接近してくる嵐に気づけなかった。


 春泉は、ゴトン、と自分の机の上に置かれたお弁当箱を見てから、眉をひそめて、自分のそばに立っている執行の顔を見上げた。その顔には全開の迷惑さが宿っている。


 またお前かと、心の中で呟く。口に出さなかった自分のことを褒めてやりたかった。


 視線だけで、何の用だ、と伝える。すると、それをきちんと理解したらしい執行が、勝手に正面の席に座りながら言った。


「春ちゃんお弁当でしょ?私も今日はお弁当だから、一緒に食べよう、そうしよう!」


 ヘッドフォンを着けていて良かった、と心底思う。


 こんな能天気でふざけた言葉を直に聞いていたら、きっと怒りで脳が沸騰するか、その前に手が出ていたに違いない。


 二日目にして、舐めた名前の呼び方をする執行を無視する。


 さっと立ち上がり、弁当を手に冬原の席へと向かう。後ろから聞こえてくる間抜けな声は、徹底的に聞こえないふりをする。


 執行を引き連れながら自分の元にやって来た春泉を見て、冬原は怯えたように肩に力を入れていた。


「どうしたの?」

「早速で悪いが、鍵を貸してくれ」後方で何事かを言っている執行を親指で示す。「コイツのいないところに行きたい」


 はは、と乾いた笑いを漏らした冬原は、少しだけ考えるような素振りを取った。


 彼女の様子を見るに、これからどこかで食べるつもりだったのだろう。もしかすると、彼女も資料室で昼食を取るつもりだったのかもしれない。


 頼む、とこちらが念押しするように低く呟くと、穏やかな微笑みをたたえた冬原が、「まあ、大丈夫だよね」と独り言を呟いた。


 どうやら許可が出そうだ。


 冬原は鍵を片手につまんで、自分の目の前で揺らし音を鳴らすと、自分も一緒だが構わないかと尋ねた。


 当然文句のつけようもないし、執行から離れられるのであれば、それ以上の環境は望まない。二つ返事で承諾し、冬原の後を追う。


「ちょっと待って、外出るなら膝掛け持ってくるから!」


 そう言って、素早い動きで席に戻った執行を横目にしながら、冬原の背中を押して教室の外に出る。


 別に呼んでないし、そもそもお前が来たら意味がないだろう、と内心呆れながら、足早に移動して、執行の視界から消える。


 そのままの勢いで、冬原と春泉は、無言のまま資料室の扉の前に立った。


 冬原が鍵を開けるのを、そわそわしながら待つ。

 のんびりしていたら、執行に追いつかれる。


 鍵が回り、引き抜かれた瞬間に戸をスライドさせて中へと身を滑り込ませる。


 複雑そうな顔で後方を振り返った冬原を引っ張り込んで、有無を言わせずに扉を閉めた。


 これで、至福の時間は守られた。


 肩の力を抜いて、未だひんやりとした2月の冷気に体を震わせ、昨日と同じ場所に腰を下ろす。


 想像以上に椅子の座面が冷たくて、小さな悲鳴が漏れる。それに少し驚いた様子の冬原に向けて咳払いをすると、弁当を広げた。


 赤い二段弁当の上段には玉子焼きと、ピックに貫かれたロースハムが複数枚入っており、下段には白米が敷き詰められている。


 我ながら今日もシンプルで良い。食事も、生活も、思考も、本来はありとあらゆるものが単純な構造しているべきなのだと、常々思う。


 そうであれば、人間だってもっと分かりやすく、画一的な生き物だったはずだ。


 少なくとも、自分が疎外感を覚えることもなければ、ヘッドフォンと蜜月になることもなかっただろう。


 詮無い空想を浮かべていた春泉は、コトンと耳からヘッドフォンを外した。


 相棒が離れていく心細さを感じながら、ふぅっと息を吐き出す。


「良かったの?」不意に冬原が尋ねた。「あの小うるさい女のことか?」


 執行を表現するに的確な言葉だと思うのだが、冬原はそれを聞くと、駄々をこねる子どもに向けてするような笑顔を浮かべた。


「執行さんに気に入られちゃってるね、春泉さん」


 自分のことは呼び捨てにしてくれと言った割に、冬原自身はその呼称をやめるつもりはないらしい。


 ゾッとしない感想に、春泉はくぐもった低い声を出した。


「よせよ、こっちは迷惑してるんだ」

「まあ、人間逃げれば追いかけたくなるものだから」



 どこか懐かしむようなかすれ声で告げる冬原。その口から紡がれた真理に、思わず顔をしかめる。


「何だよ、逃げるなって言いたいのか?」

「そうじゃないけど…」


 荒くなった語気に気圧されたように見えたが、自分に向けて真っ直ぐ伸びた眼差しは、決して怖気づいた人間のそれではなかった。


「んー、結局ね、ああいうバイタリティに満ちあふれた人間からは、どう足掻いても逃げられないんだと思うよ」


 バイタリティ、と胸中でぽつりと呟く。


 同時に思い起こされた執行の姿に、確かに、嫌な意味でしっくりと来る何かがあるなと得心する。


 あの生命力、というか相手の気持ちを度外視した積極性は、止められそうにもない。


 そうして落ち着いた雰囲気に浸っていられたのも束の間で、一つ目の玉子焼きに箸を伸ばしたときには、もう表のドアがガタンと鳴っていた。


 まさかと思い視線を移すと、その戸の隙間から今一番見たくない顔が現れ、反射的に「げぇ」と声を上げてしまっていた。


「ちょっとぉ!待ってって言ったじゃんか」


 執行だ。

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


ご意見・ご感想、ブックマーク、評価が私の力になりますので、


応援よろしくお願いします!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ