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ヘッドフォンを外して  作者: an-coromochi
エピローグ 
65/66

星の見えない場所で、私は夜空を仰ぐ

冬原目線の、外伝的エピローグです。


また、前作のことに触れているので、

何のことやら…という部分もあると思います。


そのため、読み飛ばして頂いても構いません。


突如として雰囲気が変わりますが、ご了承ください。

 つっと、ざらつく表面をなぞる。


 音もなくわずかな摩擦だけを残して去っていく自分の指を見つめながら、地に落ちる前に溶けてしまう淡雪のようなため息がこぼれた。


 申し訳程度に着たキャミソールからはみ出る白い腕が、まるで死人のようだとおかしくなる。しかし、嘲笑すら浮かばない。


 傍から見れば物憂げに見えるだろう冬原の表情だったが、彼女の胸中にあったのは、体を重ね合った後特有の疲労感と、ぞっとするほどの幸福感であった。


 何か嬉しいことがあったとき、冬原は半ば癖のような仕草で、自分の部屋に置いてある一枚の絵画を撫でずにはいられなかった。いや、嬉しいこと、というのは語弊があるかもしれない。


 彼女という人間は、幸せを感じるとき、決まって同時に寂寥感(せきりょうかん)を覚えずにはいられなかった。


 幸福と孤独とを同居させる冬原の首に、すっと長い二本の腕が絡みついた。


「…また、それ?」ツンとした声に、冬原は苦笑を浮かべる。「ごめん、蝶華」


 柊は眼前の絵画を忌々しそうに睨みつけると、冬原の首元にかじりついた。


「なぁに?どうしたの?」


 くすぐったそうな冬原の声に、柊は、そういう反応が欲しかったわけではない、といっそうつまらなさそうな顔をする。


 自分の背中に押し当てられた柔らかい感触に、初めのうちは右往左往したものだが、今ではすっかり慣れてしまっていた。


「そんなふうに無防備に置いておくから、春泉に突っ込まれるのよ」

「うん、そうだね、分かってるよ…」


 軽く頷く。それと同時に、一ヶ月ほど前の春泉の姿が脳裏に浮かんだ。


 怖がりで臆病に見えた彼女が、決然として壇上に立ったときはさすがに驚いた。しかもヘッドフォンも着けていなかったのだから、彼女を知るクラスメイトたちなどは、より騒然として、その決意に驚愕した。


 途中から原稿に目を落とさず話を始めたので、あの論説の大半が書かれたものではなく、彼女自身の心の吐露だったと理解できた。


 150cmほどの小さな体が、一回り大きく見える堂々たる佇まいに、発表が終わった後は拍手が鳴り止まなかった。後々考えれば、それは春泉にとってはありがた迷惑だったようだが。


 中々舞台袖から帰って来ない春泉たちの様子を窺いに行ったときは、さすがに空気が読めずに申し訳ない、という気持ちでいっぱいになってしまったものだ。


 息を引き取る春泉と、それを看取る天使のような執行の姿に、鼓動が高鳴った。


 あの場所に絵を書くための道具があれば、きっとその場に留まって絵を書かせてくれ、と頼んだだろう。


 それだけ静かな美に満ちていた。

 死に、とても近いと思った。


 こういう死に方も悪くないな、と自分と柊を彼女らの姿に重ねてしまうほどに。


 やっぱり、春泉と友達になったのは正しかった。


 そんなふうに冬原が恍惚に耽り目を細めていると、両腕を絡めていた柊が、ぐっと彼女の体を後方に引っ張り、冬原を連れてベッドへと引き返していった。


 ドスン、と軽い衝撃が体に走り、甘ったるい柊の香りを強烈にそばに感じた。


 直前まで横たわっていたマットの上には、未だほのかな温もりが残っていて、恥を気にせず言えば、互いに求めあった切ない残滓が漂い、付着していた。


 赤らんだ柊の顔が、すぐそこにあった。口にせずとも、彼女がまだ満たされていないことが分かる。


 こうした行為を終えた瞬間ほど、自分という普通から隔絶された人間も、限りなく世間様と変わらないと実感できて、ぞっとした。


 欲を貪る自分と柊の姿を、時折俯瞰して見ることがある。


 欲求に素直なこんな自分の姿を『彼女』が見たら、何というだろう。


 何も言わない?


 いや、きっと上機嫌にこう言うに違いない。


『ほら、やっぱり私たちは同じものじゃない』


 その言葉が聞こえた気がして、無性に腹が立った。


 その苛立ちを解き放つために、どんな自分でも受け入れてくれた柊を瞳に捉える。


 何か言い出そうとしているのに、それを躊躇している柊の上に覆い被さる。


 驚いたような、だがそれを期待していたような彼女の左手を自分の左手で取り、口元に寄せ、リップ音を立ててキスをする。


 表裏を合わせたような薄い傷跡が、彼女らの掌に刻まれていた。


 生と死。

 普通と異常。

 貴方と私。


 表裏一体だ。同じであって、同じではない。


 ただ、私と『彼女』は、裏同士だった。

 もちろん、同じではないけれど…。同じものを見ていた。


『星の王子さま』で有名なサン=テグジュペリは、愛について、こんな言葉を残している。


『愛とは、お互いを見つめ合うことではなく、共に同じ方向を見つめることである』


 ――私たちの愛は、どっちなのかな…。


 執行と春泉は、今回の一件により、同じ方向を見つめ始めた気がする。


 それがとても羨ましくて、妬ましくて…でも、美しい色を放つ二人に心を奪われる自分がいて、酷く、イライラした。


「もう一回、しよっか」


 それを叩きつけるべく、柊の瞳を覗き込む。

 多幸感に満ちた、彼女の瞳。


 そこに映った少女の顔は、ぞっとするような欲と、愛と、歪な幸せと、満たされない苛立ちとを内包しているように見えた。


 カーテンの隙間から差し込む春月の光が、冬原の瞳に吸い込まれて、飲み込まれていく。その輝きに魅せられるように、柊が静かに頷いた。

春泉視点と違い、シリアスな雰囲気だったとは思いますが、

前作はこのような形で進む、長編となっております。


もしも、ご興味のある方は、お目を通されてみてはいかがでしょうか?


きちんとした閉幕は、もう一方のエピローグなので、

よろしければ、そちらを読んでいただき、この物語を読了としてもらえればな、と思います。

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