エンドロールなんて、余計なお世話だ。
最終章はこれで終わりとなります。
エピローグ(最終章と意味は被りますが)を最後に付け足しますので、
そこまで見て頂けると、嬉しいです。
終わった、という感慨もなく、反響を続けていた自分の声に、ただ、酔いそうだと思った。
階段を下りて表から退場するべきかとも思ったのだが、今頃、舞台袖で自分を待ち焦がれている執行のことを思い浮かべると、それは違う気がした。
体の向きを変えようと一歩下がったときに、会場を割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
自分にとっては万雷の拍手、という表現が非常に的確である。
天地を引き裂くような雷鳴が、頭の中で叫び声を上げていた。
彼らにとっては善意なのだろうが、体育館に反響する乾いた拍手の音は、下手をするとチャイムの音よりも頭を強く揺らした。
冗談じゃない、人の話を聞いてたのか、馬鹿野郎。
マイクに向かってそう叫びたくなる衝動に駆られたが、同時に、どこか満たされた心地になったのも勘違いではあるまい。
最後の最後に醜態をさらすわけにはいかない。
その一心で足を前に動かし、舞台袖の暗がりに身を移す。
陽の光を嫌い、石の下に隠れようとするダンゴムシのようにのろのろと、壇上を後にする。
ぐわんぐわん、揺れる頭のまま暗幕の隙間を縫う。すると、途端に力が抜けて、その場に膝から崩れ落ちた。
電池を抜かれたロボットみたいに支えを失い、そのまま背中から冷たい床目掛けて倒れ込んだ。しかし、私の背中に触れたのは柔らかで、春の陽だまりのような温みだった。
見上げると、暗がりの中、瞳いっぱいに涙を溜めた執行の顔があった。
あたかも、夜空に瞬く星のように、涙の粒は輝いていた。
すすり泣く執行の声が、ぞわりと鳥肌を立てるが、率直に言って気持ちが良い。
何か言葉を発しようと口を開くも、結局、何を言えば良いのかが思いつかず、もう一度唇を閉じた。
気づけば拍手はやんでおり、生徒会役員が閉会の挨拶をしている声だけが聞こえてきていた。
やり遂げたのだ、とじんわりとした達成感が胸に宿るのを感じているうちに、少しずつ発表前、自分が執行に取った大胆過ぎる行為が記憶に蘇る。
あぁ、馬鹿なことをしたものだ。
あんなことをしたら、告白の返事をしたも同然じゃないか。
段々と彼女の赤く、未だ涙に濡れた顔を真っすぐ見つめられなくなる。
せめて何か言ってくれればいいのだが、執行はずっとしゃくりあげて泣き続ける一方だ。
こんなにも、執行の口から呑気な声がこぼれるのを待ったことはなかった。
比較的、整っていると形容しても問題はない顔立ち。
そして、茶色を帯びたサラサラの長髪。
左側だけが長く垂れている髪の先端が、私の前でゆらゆらと揺れていた。
きゅっ、とすすり泣く声を抑え込んでいる唇も、今はとにかく愛らしく映った。
しばらくそうして、彼女の柔らかな膝枕の上から、その落下してくる彗星を眺めていたのだが、退館を促す教師の声によって、直に終業のチャイムが鳴ることに気が付いた。
今更かもしれないが、やはり疲弊した状態でチャイムの音を聞くのは、精神的にも肉体的にも芳しくない。
「返せ」
執行の首にかけたヘッドフォンを指で叩き、催促する。
一瞬だけ不満そうに顔をしかめた彼女は、「もっと気の利いたこと、言えないのぉ?」と頬を膨らませた。
だが、私が力なく首をかすかに左右に振ると、仕方がないと言わんばかりにヘッドフォンを外してみせた。
薄暗闇に明滅する、相棒の輝き。
チカチカと、青い光が光る。
あるいは、弱い光を吸い込んで煌めく透明の粒子。
ほんの十分にも満たない時間離れていた相棒が、ゆっくりと近づいてくる。
目を閉じて、自分の耳に返ってくる優しい感覚に身を委ねる。
しんとした静謐が訪れる。
厳か、とまではいかないが、決して何者にも邪魔されない、豊かで、だが灰に包まれた大地のような静寂だった。
そして、その直後、呼吸ができなくなる。
両耳を覆うヘッドフォンの上から、軽く圧力がかかる。
何が起きているか理解できないほど、私という人間は鈍感ではなかった。
それでも、ただ目を閉じていた。
今、目を開ければ、きっと本当の気持ちとは別のところで体が離れてしまうだろう。
柔らかで、甘い、梅の花を思い出す、感触と匂い。
自分が幸せか、なんて考えたこともないけれど。
少なくとも二人の中には、あまりにも得難き沈黙が広がっていた。
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