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ヘッドフォンを外して  作者: an-coromochi
最終章 ヘッドフォンを外して。
62/66

さあ、延長戦だ。

後2日の更新で、終了となります。


ここまでお読み頂いている方は、是非、彼女らの物語を最後まで見届けてあげてください。

ざわつく体育館に、後方の入り口からこっそりと入っていく。


最後尾の生徒が数名と、出入り口近くに立っていた教師が無言で振り返ったが、軽く頭を下げて誤魔化す。


多少の凸凹はあるものの、規則的に並んだ無数の生徒たち。これだけの人数が、授業というお題目の元ならば、大人しく同じ場所にじっと座っていられるということが、不思議でならない。


館内の一番端のほうを、なるべく音を立てないようにして歩いていく。


ほとんどの者が壇上で発表している生徒を眺めているようだったが、集中できていない者は春泉と、その手に引っ張られていく執行を不審がるように見ていた。


小声で彼女が何かを言っているようだったが、マイクで反響する生徒の声によってかき消されて聞こえない。


暗がりで自分を導く、誘導灯のような執行の声が聞こえないのが少しだけ不安になったが、そんなことでは、これからしようということは果たせない、と喝を入れて先を急ぐ。


 舞台袖に上がる扉の前に、折り畳みの長机が二脚並んだ生徒会用のスペースがあり、そこに柊の顔があった。


彼女は壇上を真っすぐ見据えており、モデル顔負けの整った顔に照明が当たって輝いていた。


教師陣のスペースはちょうど反対側である。ある意味幸運だったのかもしれない。


二人が長机の端辺りでしゃがんだときに異変を感じ取ったのか、柊たち生徒会役員の顔が一斉に二人のほうへ向いた。


一瞬だけ明らかに苦い顔をした柊だったが、穏やかな笑みを装い手招きすると、そばに寄ってきた春泉たちに静かに尋ねた。


「何してんのよ。アンタたちの場所は、あっち」クラスメイトが並んでいる列を指差す。


「柊、頼みがある」春泉の手には、くしゃくしゃになった原稿用紙が握られていた。

「…アンタ、まさか」


「そのまさかだ」と春泉が不敵に笑うと、柊が呆れたような顔になって首を振った。


「駄目に決まってるでしょ、もうこの生徒で最後なのよ」

「無理は承知だ。手伝ってくれ」生まれて初めて人にモノを頼んだ気がした。


柊の視線は、一瞬春泉の後方に張り付いている執行のほうへと向けられた。だが、彼女が何も言わないのを確認すると、面倒そうに目を細めた。


「理由は?」淡白な問い方だった。

「執行と対等でありたいだけだ」


「対等?」と訝しがった柊は、もう一度執行のほうへと視線を移すと、相手が首を横に振ったのを見てから、ため息を吐いた。


「私は生徒会長なの、分かる?この学校の生徒の代表、生徒の顔なの」


その淡々とした言葉に、春泉も肩を落とした。


 やはり無理か、とほぞを噛む思いでいると、不意に柊が春泉の手を引いた。そのせいで、後ろに連結していた執行もかすかに体勢を崩す。


「だから、私が恥をかくような真似は許さないわよ」


顔を近づけ呟いた柊の顔は、かすかに赤みがかっていた。

それが照れによるものだとは、付き合いの浅い自分でも何となく分かった。


「滅茶苦茶したら、引きずり下ろすからね」


「ありがとう」素直な感謝が反射的に出て、それに意外そうな表情を柊が浮かべる。


本当は抱きしめてやりたい気分だったが、最後の発表が終わりそうな雰囲気を感じて、春泉は柊が指差した舞台袖の扉を開けて中に入った。


 後方の扉を閉めれば、舞台袖の狭い通路は途端に静かになった。


少し先の暗幕の向こう側からは、マイクで増大した生徒の声が聞こえてくるものの、自分の心音のほうが大きくて、それどころではなくなっていた。


もうそろそろ話のまとめに入る。

それから少しすれば拍手喝采が鳴り響き、何とかかんとか自分の番に柊がしてくれるはずだ。


舞台は整った。

後は、腹を括るだけ。


 ぎゅっと握った手に力を込めた執行が、今にもパニックになりそうな声で春泉の名前を呼び、告げる。


「春ちゃん、やめようよ、こんなの。練習だって全くしてないのに、いきなりみんなの前で、しかもマイクを使ってなんて」


「泣き言を言うな」と眉間に皺を刻んで見せた春泉は、手を掴んだまま執行へと向き直った。


「いいか、執行。私だって、一人で立てる。自分とだって向き合える」

「意味ないよ、春ちゃん」


「意味がない?ふん、知ってるよ。」


震えだしそうになる全身に力を込めるために、歯を食いしばる。


「私にとっては死ぬほど大事だ。こうでもしなくちゃ、お前と向き合えない」


 話の途中で拍手の音が鳴り響く、どうやらもうカウントダウンは始まってしまうらしい。


このまま張り裂けるのではないか、と思えるほど早鐘を打つ心臓。全身に向け脈を打つそれが、春泉の感情を昂揚させる。


「お前も勇気を出した、だから私も勇気を出す。安穏とお前にお守りをされる予定は、生憎と明日からの私たちのスケジュールに入ってねぇ」


 一瞬静まり返った壁の向こう側から、柊が予定表に漏れがあったことを知らせるアナウンスをした。もちろん、自分の番をねじ込んだ証だ。


彼女の言葉に会場が騒然とするが、繰り返し謝罪をした柊の声に、すぐに静けさを取り戻す。


この後、学年とクラス、名前を呼ばれたら私は戦地へ赴くことになる。


人生必ず、たった一人で戦わなければならないときが来るという。

もしかすると、大抵の戦いは一人なのかもしれない。


 もう一度、執行が小さく春泉の名前を囁く。それを合図にしたように、執行の手を離し、深く、春泉は息を吐き出した。


自分の怯えと、弱さを軒並み叩き出して。


目の前の彼女に抱く、見返したい気持ち、向き合いたい気持ちを――そして、それよりももっと熱く、耐え難い気持ちを吸い込んで体内に取り入れる。


 執行の目がまた見開かれる。その視線は、春泉の両耳から外されるヘッドフォンに向けられていた。


きっと、春泉の行動を制止したいのだろう、執行は言葉に迷って手だけを虚空に彷徨わせていた。


そんな執行の首にヘッドフォンを掛ける。それから、ようやく何か言葉を見つけて、それを発しようとしている唇へと視線を落とす。


「はる――」


ぐっと、彼女の胸ぐらを掴み、引き寄せる。


うるせぇ、と心の中で吐き捨てて、いつまでも経っても自分を信用しようとしない執行を口づけで黙らせる。


突風のように、脳裏に梅の花が思い起こされる。

理由は分からなかった。だが、今はそれで十分な気がした。


柔らかく、心が静寂に拡散するような感覚。


このままどこまでも、私という人間が広がって、消えそうな気さえしていた。


だが、数秒して執行との距離を取り戻した春泉の体は、幸か不幸かまだここに留まっていた。


当然だ。まだ私には、ここでやるべきことがある。


静寂の中に、柊が自分の所属と名前を呼ぶ声が木霊する。心なしか緊張に満ちているように聞こえた。


反響するマイクの音に、体が跳ね上がりそうになるが、執行に心配されないようにあえて不敵な笑みを浮かべてみせる。


それから、顔が真っ赤になっていく執行の手を離し、後ろ向きに数歩進むと、ニヒルな口調で告げた。


「黙って見てろ、執行愛。それが、私を支えるってことの、本当の意味だ」



読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


ご意見・ご感想、ブックマーク、評価が私の力になりますので、


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