私は、お前と対等でありたい。
対等って、難しいですよね。
誰かを妬んだり、見下したりする気持ちや、
誰かと比べて自己卑下する気持ちは、コントロールのしようがない気がします。
一先ず、尊敬できる友人を持ったことに、私は感謝したいです。
思いつくと同時にこぼれた言葉に、執行が諦めた様子でため息を吐いた。肺の中の空気全てを放出するような、深い、深いため息だった。
「ごめんねぇ、春ちゃん。でも、しょうがなかったんだよぉ」
執行がついに認めたわけだが、微塵も勝利の余韻はない。
「…何でこんなことした。私が代表だと、そんなに困ることがあったのか?」
「困ってたのは、春ちゃんじゃん」
「あ?」
いつ私が困ったんだ、と言い返しそうになったが、確かに初めは困ってしかなかったのも事実だ。
「だって、これのこと利用されてるんだ、って怒ってたじゃん」
コンコン、と耳の横を叩く。
事情を知っていれば伝わるものの、知らなければ脳味噌が空っぽだと言われているようである。
「だけどよ、結果的に私は自分で選んだんだぞ?それならそれで応援するのが筋じゃないのか?」
「だってそれは、かなちゃんが吐いた嘘のせいでしょ?」
「…まぁ、そうなるのか」
「初めはかなちゃん、同じ聴覚障害の私に出るように言ってたんだけど、見世物になるのは嫌だって言ったら、じゃあ春ちゃんを説得してくれって頼まれて…」
そんな経緯があったのか、と無意識に過去へと手を伸ばしていると、執行の様子がおかしかったことがあったのを思い出した。冬原に助けを求めていた、あのとき。
内容が内容だったから、私には相談できなかったのだ。
その事実に気が付いて、少しだけ胸の詰まりが取れたような心地になった。
「そんなのもっと嫌だったから、無視してたんだけど、何か気づいたら春ちゃん、騙されてるし」
「しょ、しょうがないだろ」
「しかも、何故か春ちゃん、かなちゃんに懐いてるし」
「う…」
「春ちゃんが傷つかない、ベストの方法を探したんだよ。でも、中々思いつかなくて」
「だからってよぉ、このやり方はあんまりだろ?下手したら死人が出るところだったんだぞ、不器用かよ、ほんと」
自分が言えた口ではないことは分かっている。だが、これはあまりにも酷かった。極端すぎる。
「私なりに責任だって感じてたんだから。かなちゃんが難聴だなんて嘘吐いたのって、私がちゃんとクラスに話してないからだし」
はぁ、とため息を吐き捨てる。
不安、心配、安堵、呆れ、いくつもの感情を撹拌機に突っ込んだ、複雑な感情の吐露だった。
「守りたかったの、これだけは信じて。かなちゃんのことを気に入ってる春ちゃんも、人前に出たくないっていう本当の春ちゃんも、何だかんだ言って、私の隣に居てくれる春ちゃんも、全部、守りたかったの」
「チッ」と思わず舌を鳴らす。
「じゃあ、何で言わなかった?同類の私に、自分の耳のこと」
「…それは」
言われずとも分かっていた。彼女は言わなくとも何とかなる、軽い障害なのだろう。
私はそうではない。
ヘッドフォンが枷のように、それを周囲に証明している。
つまり、執行がその嘘を貫き通したのは、彼女にその意図があろうとなかろうと、私を庇護すべき、弱い立場の人間だと考えている事実に他ならない。
煌々と燃える焼却炉の炎が、出口を求めて再びうねり始める。蓋を開ければどうなるか、自分にさえ予測できなかった。
「守りたい、ねぇ」嘲笑するように口元を歪める。誰を嗤うのかは、自分でも定かではない。「なぁ、執行。お前と私は対等か?」
その一言に、執行は訝しがるように首を傾げた。
「うん、そうだけど…?」
「そうかい、私はそうは思わない」
私を守ってあげよう、という想いは、人としては褒められたものなのかもしれない。
だが、それを相手が望んでいないとすれば、話は別だ。
私は、私たちは、特別扱いしてほしいわけではない。
遠くのほうで、ポイ捨てされたゴミ袋がぐるぐると円を描いて、宙を舞っていた。それを見つめるように、柵の向こうに目線を投げた形になったが、当然、そんなつもりはない。
「勝手に、助けようとするな。手伝おうとするな、理解しようとするな」
蓋が開く。
「対等なら、私が折れそうなときに励ませよ、悩んでたら笑い飛ばせよ、越えられるって、信じろよ」
昂ぶった感情が、口から濁流のごとく流れ出る。
「影から守る人間と、守られる人間。そんな関係が対等なわけがないだろ」
執行の口元が『ご』の字に変わったのを察して、電光石火の如く声を重ねる。
「私は、お前と対等でありたい」
「春ちゃん…」瞬き一つしない執行の瞳に、真珠の粒が浮き上がる。
「そのためにも、一人でだって戦えることを証明してやる」
私の視線は眼下、体育館に向けられていた。その意味を遅れて理解した様子の執行が、目を見開いてこちらを見据えた。呆けた顔に気味の良さを感じる。
ルビコン川を渡るときが来たんだ。
そのスカした台詞が声に出たかは、執行から顔を背けた私には分からなかった。
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