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ヘッドフォンを外して  作者: an-coromochi
最終章 ヘッドフォンを外して。
60/66

最後の弾丸は、ポケットの中に。

長い物語も、ようやく終幕が近くなってきました。


ここまでお付き合いくださっている方がいたら、

是非、最後まで見てやってください。

 ――…負けた。寸前まで追い詰めたのに。


 きちんと彼女と向き合って、そのうえで自分の気持を伝えられれば、今までの自分を変えられる気がしたのに。


 結局、私はこうだ。


 どこまで行っても、中途半端で。


 戦うことも、逃げることも選べない、惰性で生きているだけの、下流に流されているだけの、人の形をした木偶に宿った脆弱な意思の塊。


「あ、ちょ…無理だってば」


 白旗を振った右側の私が顔を出す。それを満足気に眺めた目の前の彼女が、ぺろりと舌なめずりしているのを見て、いよいよ諦めるべきだと悟った。


 執行の顔が近づいてくる。


 呑気な眼尻、さらさらでアシンメトリーな髪型、桜色の唇、形の整った片方しか外界にさらされていない耳。


 そのとき、私の中の記憶が、虹色の光を伴って脳髄を駆け巡った。


 何かを訴えるように明滅する、目障りな蛍光灯の光のようなそれが、執行の口づけを受け止めようとしていた私を蹴り飛ばした。


 ――まだ、終わっていないぜ。


 何か、似たような光景に違和感を覚えた気がする。それも、そう遠くない過去に。


 落ち着けよ、鼠だって追い詰められたら猫を噛むんだ。

 お前にそれができないとは、言わせない。


 顔、顔?違う、もっと、具体的な…。

 耳、そうだ、耳だ。


 あのとき、何で私は鹿目川先生の形の良い耳に気を取られた?


 ハッと、数日前に感じていた違和感の正体に気が付いた。


 補聴器、鹿目川先生が着けていたはずの補聴器を、彼女が倒れていたとき着けていなかった。


 落下の衝撃で落とした?あぁ、馬鹿違う、病院でも着けてなかった。


 …それが弾き出す答えは一つ。



 くそったれ、あの人…!


 病室の彼女の姿が浮かぶ、と同時に鹿目川や執行とした会話と、冬原の言葉がリンクして蘇る。


『そう。私ね、色素が薄いのよ』

『髪のこと、たまたまだろうけど、良い観察眼だと思ったよ』


 芋づる式で掘り起こされていく、真実。


『ええ、そうしてくれると嬉しいわ。生徒はまだ貴方たちしか来てくれてないの』


『似てるからかなぁ、私たち』



 腹が立つ。その表現が一番自然で、馬鹿みたいに真っすぐで、こんな私に相応しかったのだと思う。


 撃ち切ったと思っていた弾丸の、最後の一発がポケットの中に残っていたんだ。


 ――今度は、外さない。


「執行」出来る限り感情を抑えて彼女の名前を呟く。観念したみたいに、弱々しく。

「ん?なぁに?やめないよ」


「…私から、したい」

「え」目を大きく見開いた執行は、すぐに顔を真っ赤にすると、今までの小憎たらしい顔つきや声音が嘘だったかのように、淑やかに、儚げに「うん」と囁いた。


 いつもなら、ぞくっとたまらない感覚が襲ってきて、思わずこぼれそうになる声を抑えるシーンだったが、怒りでかき乱された神経がそれを軽減した。


 執行に目をつむるよう命じる。素直に執行は従った。


 そのまま白い頬に両手を添えて、顔を自らの口元に引き寄せる。


「…ん」


 頬をなぞる私の指の感覚がくすぐったいのか、妙に色っぽい声を、執行が吐息と共に漏らした。


 つっと、色素の薄い髪が垂れ下がっている側の耳へと指先を伸ばす。


 再び艶やかなかすれ声をこぼした執行だったが、次の瞬間には、もっと違う種類の声がその口から上がっていた。


「やっぱり…てめぇ」

「へ?」呑気な声を出して目を開いた執行の髪を、勢いよく跳ね上げる。


「これはどういうことだ、執行!」


 間抜けな声を発した執行に構わず、その右耳に装着されていた補聴器を引っ張る。


 多少の抵抗と共に抜けたそれに一度目線を落とし、震える息をこぼしてから、再度執行に視線を向けた。


 明らかに動揺した様子で、視線を右往左往させている彼女は、「知らないよ」と呟いている。


「知らないわけがないだろ!」と詰め寄る。滅茶苦茶な言い訳だ。


「だからか、だからお前いつも私の隣に座るとき、右側に座ってたのか!」

「何のことやら…」


 しばらくは、知らぬ存ぜぬで突き通そうとしていた執行だったが、あまりにも私がしつこく食い下がったためか、とうとう不貞腐れた様子で事態を認めた。


「はいはい、こっちだけ難聴でーす。で、何か問題あるの?」

「てめぇ、開き直ってんじゃねえ!」


 ツンとした顔つきと声で、そっぽを向いた執行だったが、腕だけは依然として力強く私を捕らえたままだった。だが、今はこのほうが都合は良い。


 こっちだって、もう逃がすつもりはない。


「合点がいったぜ、畜生。お前、鹿目川先生の親戚か何かだな」

「は?違うし」


「先生が私に難聴の話をしたとき、これと同じ補聴器を着けてたんだよ」

「へえ、すごい偶然」


 未だにこっちを見ようとしない執行の顔を、両手でぐっと向き直らせる。どうでもいいことだが、とても柔らかい。


「偶然なわけがないだろ!先生は怪我をしたときも、入院していたときも補聴器を着けてなかったし、立ち位置だって気にしてなかった」


「私に関係ある?それ。だいたい、それだけで親戚ってわけ分からなすぎるし。春ちゃん、馬鹿なんじゃない」


「髪!」激しい勢いで執行の髪を掴む。その拍子に、執行が踏み潰された蛙のような声を上げるが、もうそんなものを気にしている余裕はなかった。


「先生が黒染めしてない箇所と同じ色だ、妹か何かだな、おい!」

「ち、違うし、もぉ!春ちゃんしつこい」


「身内だから、突き落とされても名前を出さなかったんだ。あぁ、くそ!どいつもこいつも人を騙しやがって!」


 至近距離で胸倉を掴み上げて、執行の顔を引き寄せる。


 今回の事件が何だとか、もうどうでもいい。


 今は、執行と鹿目川先生が自分を欺いていたことのほうが問題だ。それが腸煮えくりかえるほど許せない。


「私を弁論大会に出させるために、鹿目川先生は一芝居打ったんだ。で、お前は――」


 そこまで一息に言い切ってから気づく。


「お前は…何のため、だ?」


 徐々に失速していく言葉尻に、執行が困ったように眉毛を歪めていた。


 執行の行動は、むしろその逆だ。彼女が今回の事件の犯人なら、執行の行動のせいで弁論大会が無くなってしまっているのだから。


 そこまで考えて、ハッとする。


 そうだ、犯人の目的は、『私を助けること』だ。


 我ながら、頭の回転が遅すぎる。


「弁論大会を中止にすることが、目的だったのか?」

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


ご意見・ご感想、ブックマーク、評価が私の力になりますので、


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