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ヘッドフォンを外して  作者: an-coromochi
最終章 ヘッドフォンを外して。
59/66

オーディエンスも音楽もないが、ここが私の舞台なんだ。 2

「まず、この間言ったように、一番疑わしいのはクラスの人間だ」

「何で?冬ちゃんが絶対ってわけじゃない、って言ったじゃん」


 それについては、すでに今朝確認が取れている。

 教師の誰一人として、予定のない行動を取った者はいなかった。全員スケジュール通り、授業か、職員室にいた事が証明されている。


 この点に関しては、私にとっては僥倖とも言えよう。


 その話を伝えると、執行はわずかに顔をしかめたが、すぐに強気に戻って言う。


「で?それが何?例えそれが本当でも、私だって証拠にはならないし、あ、そもそも…最初に狙われたのは私じゃんか!」


「あのときだって、よくよく考えてみれば妙だったんだよ」


 ぐっと、彼女の眼前にうっすらと傷の残った人差し指を近づける。今度は咥えようとは思わなかったらしく、難しい顔をしたままこちらを見返してきた。


「お前、やたらと準備良かったよな、あのとき」

「何が」

「応急処置だよ」


 間髪入れず答える。出来る限り彼女に考える時間を与えてはならない。


「絆創膏は分かる、だが、普通は学校の鞄に消毒液なんか入れないだろ!」

「たまたまだし」


 彼女のほうも考えは同じらしかった。私に考える暇を与えず、言葉を詰まらせようと曖昧な言葉を返してくる。


 昨日の晩、しっかりと考え抜いた。これに関しては、冬原は全く力を貸そうとしなかったし、そもそも借りようとも思わなかったから一人で考えた。


 そして分かった確かなことは、『絶対に執行の仕業だ、と示す物的証拠は何一つ無い』という致命的な結論だった。


 それはそうだ、私はただの女子高生なのだから、科学捜査もできなければ、時間を遡って証拠品を漁ることはできない。


 つまり、私の勝ち筋は、考え抜いて生まれた状況証拠を使って、勢いで乗り切るということだ。


 都合よく偶然を装った執行を追撃するべく、一歩彼女に近づいて言葉を発する。


「じゃあ、今は持ってるのかよ」

「ははっ、持ってるわけがないじゃん?だって、『たまたま』、何だから」


 開き直った執行は、顔を近づけた私の鼻をピシッと指で弾いた。

 突然の痛みに間抜けな声が出る。それでいっそう調子づいたのか、彼女は勝ち誇った面持ちで続けた。


「ほら、もう終わり?それじゃあ、初デートはコスプレ喫茶で決まりだね。ミニスカ猫耳メイドコースだから」

「おい、一つ増えてるぞ!」


「いいじゃん、人を犯人扱いしたんだから、それくらいは覚悟してよね」


 ふざけているのか、真剣なのか分からない顔で執行が言い放つ。


 もちろん、こちらだって手札切れではない。まだ序の口だ。


 吠え面かかせてやるからな、と段々目的がずれ始めているのにも気づかず、議論を続ける。


「じゃあ次だ。二つ目の事件、あれのことをもう一回振り返る」


「へぇ、どうぞ?」肩を竦めて小馬鹿にしたような態度を取る。「私は、焦ってる春ちゃんのことを観察してるから」


「舐めやがって」

「まだ舐めたことないし」


 舌を打って、執行に奪われつつある主導権を取り戻すべく、口を開く。


「この事件の犯人を考えるには、まず、その目的から考えるのが近道なんだ」


「春ちゃんを苦しめるのが目的」そうだ、確かに前回はその結論に辿り着いていた。「春ちゃんのことを大好きな私が、そんなことするわけないでしょ」


 どうしてさっきから、恥ずかしい台詞をこんな状況で堂々と口にできるのだろうか。


 戦う覚悟でこの場に立ったのに、彼女の発言のせいでコミカルな空気になってしまっている。


 だが、それは執行の余裕を表しているとも言える。つまり、彼女が真面目腐ったことを口にするようになれば、追い詰めていることを示すわけだ。


「逆だったんだよ」パチンと指を鳴らす。「この一連の騒動は、私を助けることが目的だったんだ」


 これは賭けだった。


 私はまだ、彼女の本当の目的に辿り着いていない。

 ただ、昨夜辿り着いた一つの可能性によって、全てが見通せているかのような態度を貫くこと、そうすることで、彼女のほうから自爆するのを狙っていた。


 相槌も打たず、ジットリとした目でこちらを見つめている執行に向けて、強気に言葉を続ける。


「どうした、結構突飛なことを言ってるのに、突っ込まないのか?」

「あ、呆れてただけ…助けるって何。どう考えても、逆のことしかしてないじゃん。春ちゃんって、ドMなの?」


 煙に巻こうとしたって、そうはさせない。


「私を苦しめるのが目的だと考えた場合、一つだけ矛盾することがある」


 無言でこちらを見据える執行の様子に、確信が強まる。


 ここで一気に、装填した弾丸を、フルバーストして畳み掛けるべきだ。


「あのとき私がギリギリセーフで助かったのは、時計が実際より進んでいたからだ。そのおかげで、結果的に余裕を持って冬原たちに助けてもらえた」


「偶然でしょ」執行がそっぽを向いて言う。

「偶然?いや、冬原たちに確認したが、あんなことは今まで一度もなかったらしいぜ」


 一瞬困ったような顔を執行が見せた。苦虫を噛み潰したような顔が、少し可哀想になるが、こっちだってもう退けない。


 捨て身の攻勢というのは、そのタイミングで押し切ってしまえなければ、一転、絶体絶命のピンチを生む。


 私は、ここでケリをつける必要があった。


「私が思うに、お前は私を驚かせる必要はあったが、苦しめたくはなかった」

「意味、分かんない」

「ああ、私もそれが分からなかった」


 ぴくり、と執行の眉が上がる。


 攻勢を続けていた私が、途端に自信のなさそうな態度を取ったことで、反撃の兆しだと感じたらしい。


 しかし、それは勘違いだ。

 ここがジョーカーの切り時だと、私は決断する。


「だから聞いた」


 こちらの一言に、執行が目を丸々と開いていく。少しだけ体が小刻みに震えている。


 きゅっと閉じられていた彼女の唇が、「誰に」と言葉を紡いだ。


 青ざめていく表情に、自分がジョーカーを切ったタイミングは、決して間違っていなかったことを確信する。


「さあ、誰だろうな?」揶揄するような笑みを浮かべて、執行に近づく。「なあ、いい加減教えてくれよ。私は、お前の口から聞きたいんだ」


 優しく、穏やかにそう問いかける。ここにきて下手に出たのには、当然理由があった。


 私は結局、彼女の真意には辿り着けなかった。しかし、執行と鹿目川が何らかの関係性にあることは間違いない。そうでなければ、執行に突き飛ばされた鹿目川が、口を閉ざしている理由がないはずだ。


 静寂が横たわる。聞こえてくるのは、体育館から響いてくる弁論大会の進行の声と、論者のくぐもった声だけだった。


 そのまま、音もなく執行が微笑んだ。どうやら観念してくれたらしい。


 ふっと肩の力を抜いた、その瞬間だった。


「嘘だね、春ちゃん。春ちゃんの性格からして、何か分かってるなら、それを鬼の首取ったみたいに見せつけてくるはずだもん」


「うっ」と言葉に詰まる。


 しまった、ここにきて焦りが出てしまっていた。自白させることに躍起になって、冷静さを欠いていた。


「あ、いや、違ぇよ、ただ、ほら…。私とお前の仲だろ、だから、お前の口から聞きたくて…」


「私とお前の仲ぁ?告白の返事を先延ばしにしている春ちゃんが、そんな言い訳するんだ。へぇ、傷つくなぁ」


「い、今のは、言葉の綾だろ」

「ふふ、そんな言い訳しなくちゃいけないほど、今焦ってるんだね?」


 攻守逆転、今度は執行のほうが意地の悪い笑みを浮かべて、間合いを詰めてきた。


 隠しきれない動揺が引き金になったように、執行が愉快そうに声を発する。


 そうだ。私のジョーカーは、所詮はハリボテだ。中身はスカスカの見掛け倒し。

 切るタイミングには、細心の注意が必要だったってのに、私って奴は…!


「あれぇ、図星?」必死に突破口を模索する私に向かって、彼女が続ける。「駄目だなぁ、もぉ。証拠もないのに人を疑ったら。しかも、ひっどい嘘まで吐いちゃって」


「いや、でも!お前が何か隠しているのは明らかだろ!そうじゃなかったら、あんなふうに動揺したりは――」


「私が?私が何を隠してたの?」

「ぐっ…」


 言葉に詰まった私を、執行がぐっと両腕で、自分の胸の中へと引っ張り込んだ。ハイテク掃除機も腰を抜かす吸引力と、彼女のいつもの良い匂いに、思考が一瞬停止する。


「はい、私の勝ち。どれだけ私が怪しく見えてたとしても、こんなんじゃタダの言いがかりだよ?」


「ま、待てよ、ってか、離せ」身をよじる私の顔を覗き込むみたいに、執行が首を曲げる。「いーや」


「だから言ったのに。もうこれは、猫耳ミニスカメイドコスプレだけでは済まさないよ」


 いつ耳にしてもふざけた単語のセットだ。


 執行は不意に、とても温みに満ちた表情をたたえたかと思うと、ふわりと微笑み、艶のある声音で宣言した。


「キスぐらいは、貰ってもバチは当たらないよね…?いや、貰わないと…」

「え、あ、ま、待て、ちょっと、待って」


 必死の抵抗を試みるも、彼女の腕からも、潤んだ眼差しからも逃れることはできなさそうだった。

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


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