オーディエンスも音楽もないが、ここが私の舞台なんだ。 2
「まず、この間言ったように、一番疑わしいのはクラスの人間だ」
「何で?冬ちゃんが絶対ってわけじゃない、って言ったじゃん」
それについては、すでに今朝確認が取れている。
教師の誰一人として、予定のない行動を取った者はいなかった。全員スケジュール通り、授業か、職員室にいた事が証明されている。
この点に関しては、私にとっては僥倖とも言えよう。
その話を伝えると、執行はわずかに顔をしかめたが、すぐに強気に戻って言う。
「で?それが何?例えそれが本当でも、私だって証拠にはならないし、あ、そもそも…最初に狙われたのは私じゃんか!」
「あのときだって、よくよく考えてみれば妙だったんだよ」
ぐっと、彼女の眼前にうっすらと傷の残った人差し指を近づける。今度は咥えようとは思わなかったらしく、難しい顔をしたままこちらを見返してきた。
「お前、やたらと準備良かったよな、あのとき」
「何が」
「応急処置だよ」
間髪入れず答える。出来る限り彼女に考える時間を与えてはならない。
「絆創膏は分かる、だが、普通は学校の鞄に消毒液なんか入れないだろ!」
「たまたまだし」
彼女のほうも考えは同じらしかった。私に考える暇を与えず、言葉を詰まらせようと曖昧な言葉を返してくる。
昨日の晩、しっかりと考え抜いた。これに関しては、冬原は全く力を貸そうとしなかったし、そもそも借りようとも思わなかったから一人で考えた。
そして分かった確かなことは、『絶対に執行の仕業だ、と示す物的証拠は何一つ無い』という致命的な結論だった。
それはそうだ、私はただの女子高生なのだから、科学捜査もできなければ、時間を遡って証拠品を漁ることはできない。
つまり、私の勝ち筋は、考え抜いて生まれた状況証拠を使って、勢いで乗り切るということだ。
都合よく偶然を装った執行を追撃するべく、一歩彼女に近づいて言葉を発する。
「じゃあ、今は持ってるのかよ」
「ははっ、持ってるわけがないじゃん?だって、『たまたま』、何だから」
開き直った執行は、顔を近づけた私の鼻をピシッと指で弾いた。
突然の痛みに間抜けな声が出る。それでいっそう調子づいたのか、彼女は勝ち誇った面持ちで続けた。
「ほら、もう終わり?それじゃあ、初デートはコスプレ喫茶で決まりだね。ミニスカ猫耳メイドコースだから」
「おい、一つ増えてるぞ!」
「いいじゃん、人を犯人扱いしたんだから、それくらいは覚悟してよね」
ふざけているのか、真剣なのか分からない顔で執行が言い放つ。
もちろん、こちらだって手札切れではない。まだ序の口だ。
吠え面かかせてやるからな、と段々目的がずれ始めているのにも気づかず、議論を続ける。
「じゃあ次だ。二つ目の事件、あれのことをもう一回振り返る」
「へぇ、どうぞ?」肩を竦めて小馬鹿にしたような態度を取る。「私は、焦ってる春ちゃんのことを観察してるから」
「舐めやがって」
「まだ舐めたことないし」
舌を打って、執行に奪われつつある主導権を取り戻すべく、口を開く。
「この事件の犯人を考えるには、まず、その目的から考えるのが近道なんだ」
「春ちゃんを苦しめるのが目的」そうだ、確かに前回はその結論に辿り着いていた。「春ちゃんのことを大好きな私が、そんなことするわけないでしょ」
どうしてさっきから、恥ずかしい台詞をこんな状況で堂々と口にできるのだろうか。
戦う覚悟でこの場に立ったのに、彼女の発言のせいでコミカルな空気になってしまっている。
だが、それは執行の余裕を表しているとも言える。つまり、彼女が真面目腐ったことを口にするようになれば、追い詰めていることを示すわけだ。
「逆だったんだよ」パチンと指を鳴らす。「この一連の騒動は、私を助けることが目的だったんだ」
これは賭けだった。
私はまだ、彼女の本当の目的に辿り着いていない。
ただ、昨夜辿り着いた一つの可能性によって、全てが見通せているかのような態度を貫くこと、そうすることで、彼女のほうから自爆するのを狙っていた。
相槌も打たず、ジットリとした目でこちらを見つめている執行に向けて、強気に言葉を続ける。
「どうした、結構突飛なことを言ってるのに、突っ込まないのか?」
「あ、呆れてただけ…助けるって何。どう考えても、逆のことしかしてないじゃん。春ちゃんって、ドMなの?」
煙に巻こうとしたって、そうはさせない。
「私を苦しめるのが目的だと考えた場合、一つだけ矛盾することがある」
無言でこちらを見据える執行の様子に、確信が強まる。
ここで一気に、装填した弾丸を、フルバーストして畳み掛けるべきだ。
「あのとき私がギリギリセーフで助かったのは、時計が実際より進んでいたからだ。そのおかげで、結果的に余裕を持って冬原たちに助けてもらえた」
「偶然でしょ」執行がそっぽを向いて言う。
「偶然?いや、冬原たちに確認したが、あんなことは今まで一度もなかったらしいぜ」
一瞬困ったような顔を執行が見せた。苦虫を噛み潰したような顔が、少し可哀想になるが、こっちだってもう退けない。
捨て身の攻勢というのは、そのタイミングで押し切ってしまえなければ、一転、絶体絶命のピンチを生む。
私は、ここでケリをつける必要があった。
「私が思うに、お前は私を驚かせる必要はあったが、苦しめたくはなかった」
「意味、分かんない」
「ああ、私もそれが分からなかった」
ぴくり、と執行の眉が上がる。
攻勢を続けていた私が、途端に自信のなさそうな態度を取ったことで、反撃の兆しだと感じたらしい。
しかし、それは勘違いだ。
ここがジョーカーの切り時だと、私は決断する。
「だから聞いた」
こちらの一言に、執行が目を丸々と開いていく。少しだけ体が小刻みに震えている。
きゅっと閉じられていた彼女の唇が、「誰に」と言葉を紡いだ。
青ざめていく表情に、自分がジョーカーを切ったタイミングは、決して間違っていなかったことを確信する。
「さあ、誰だろうな?」揶揄するような笑みを浮かべて、執行に近づく。「なあ、いい加減教えてくれよ。私は、お前の口から聞きたいんだ」
優しく、穏やかにそう問いかける。ここにきて下手に出たのには、当然理由があった。
私は結局、彼女の真意には辿り着けなかった。しかし、執行と鹿目川が何らかの関係性にあることは間違いない。そうでなければ、執行に突き飛ばされた鹿目川が、口を閉ざしている理由がないはずだ。
静寂が横たわる。聞こえてくるのは、体育館から響いてくる弁論大会の進行の声と、論者のくぐもった声だけだった。
そのまま、音もなく執行が微笑んだ。どうやら観念してくれたらしい。
ふっと肩の力を抜いた、その瞬間だった。
「嘘だね、春ちゃん。春ちゃんの性格からして、何か分かってるなら、それを鬼の首取ったみたいに見せつけてくるはずだもん」
「うっ」と言葉に詰まる。
しまった、ここにきて焦りが出てしまっていた。自白させることに躍起になって、冷静さを欠いていた。
「あ、いや、違ぇよ、ただ、ほら…。私とお前の仲だろ、だから、お前の口から聞きたくて…」
「私とお前の仲ぁ?告白の返事を先延ばしにしている春ちゃんが、そんな言い訳するんだ。へぇ、傷つくなぁ」
「い、今のは、言葉の綾だろ」
「ふふ、そんな言い訳しなくちゃいけないほど、今焦ってるんだね?」
攻守逆転、今度は執行のほうが意地の悪い笑みを浮かべて、間合いを詰めてきた。
隠しきれない動揺が引き金になったように、執行が愉快そうに声を発する。
そうだ。私のジョーカーは、所詮はハリボテだ。中身はスカスカの見掛け倒し。
切るタイミングには、細心の注意が必要だったってのに、私って奴は…!
「あれぇ、図星?」必死に突破口を模索する私に向かって、彼女が続ける。「駄目だなぁ、もぉ。証拠もないのに人を疑ったら。しかも、ひっどい嘘まで吐いちゃって」
「いや、でも!お前が何か隠しているのは明らかだろ!そうじゃなかったら、あんなふうに動揺したりは――」
「私が?私が何を隠してたの?」
「ぐっ…」
言葉に詰まった私を、執行がぐっと両腕で、自分の胸の中へと引っ張り込んだ。ハイテク掃除機も腰を抜かす吸引力と、彼女のいつもの良い匂いに、思考が一瞬停止する。
「はい、私の勝ち。どれだけ私が怪しく見えてたとしても、こんなんじゃタダの言いがかりだよ?」
「ま、待てよ、ってか、離せ」身をよじる私の顔を覗き込むみたいに、執行が首を曲げる。「いーや」
「だから言ったのに。もうこれは、猫耳ミニスカメイドコスプレだけでは済まさないよ」
いつ耳にしてもふざけた単語のセットだ。
執行は不意に、とても温みに満ちた表情をたたえたかと思うと、ふわりと微笑み、艶のある声音で宣言した。
「キスぐらいは、貰ってもバチは当たらないよね…?いや、貰わないと…」
「え、あ、ま、待て、ちょっと、待って」
必死の抵抗を試みるも、彼女の腕からも、潤んだ眼差しからも逃れることはできなさそうだった。
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