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ヘッドフォンを外して  作者: an-coromochi
最終章 ヘッドフォンを外して。
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オーディエンスも音楽もないが、ここが私の舞台なんだ。 1

大事な戦いの時だって、戦うのは自分一人のことって、多いですよね?


さて、彼女は戦えるのでしょうか。

 この世には、戦うべきときがあるという。


 古今東西、戦う者たちを鼓舞するための言葉が山程あるが、私はそのどれともまともに向き合ったことがない。


 誰かと衝突する瞬間は今まで幾度となくあった。

 前の学校だって、そうしてぶつかり合った結果、居場所を失ってこの場所に流れ着いた。


 生きることは、大河を上ることに似ている。


 生まれたときは自然と下流から上流に上っているが、ふと気が付く。

 違う支流を目指せば、押し戻そうという流れに苦しむことはなく、気楽に流れに乗ってどこかへと辿り着くことはできるのだと。


 ただ、それはきっと、昔に夢見た場所ではない。


 当然そこにも、幸せはあるのだろう。これは、決して善悪で計れることなどではない。


 でも今は、そんな聞き分けの良い利口な真似は、もっと大人になってからでいいとも思っている。



 昨晩から、胸の中で燻って仕方がない感情があった。


 例えるなら、焼却炉の中に閉じ込められた灼炎。


 もっと広く、大きく燃えたいのに。鋼鉄の蓋がそれを許さない。


 その蓋の名前は、過去だとか、経験だとか呼ばれているものだ。

 常識と言い換えても構わないかもしれない。ようはつまらない、変えようもない鎖だ。


 だが、その鎖を断ち切るチェーンカッターを、私は手に入れたのかもしれない。


 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。時間通り、正確だ。


 今日は弁論大会当日。全生徒が体育館へと流れていくのを脇目にして、その流れに逆らうように上へと向かう。


 きっと代理の教師が自分の不在を問うだろうが、冬原が上手くやってくれる算段になっている。他にも沢山のことを昨夜、彼女には頼んでしまった。


 冬原たちは、文句一つ言わず協力を約束してくれた。いや、例外もいるが、彼女も口では文句を言うだけで本心はそうではないはずだ。


 階段を上り終え、屋上の鍵を開ける。


 これも彼女らが用意してくれたものだ。学生とはいえ、持ち得る権限に差異があるのは些か納得いかない。


 扉を開けると、澄み切った3月の青空が広がっていた。

 思わず、「天国が近い」と呟いてしまう。大して意味はない呟きだ。あるとすれば、いつもの自分で、自分を鼓舞したのかもしれない。


 見下ろす体育館から、マイク越しの柊の声がする。始まったらしい。


 数分ほど、ヘッドフォンの奏でる音に集中した。いつものロックバンドの、一番のお気に入りの曲。湧き上がってくるグルーブに口元が歪む。


 ふと、近くに人の気配を感じた。床が踏まれたことで生じる、かすかな反響のおかげか。


「もう、サボるなら私にも声かけてよ!」


 チラリと、声のするほうを一瞥した。

 澄んだ、心地の良い声。執行だ。


「何でお前に教えなきゃいけないんだよ、馬鹿」


 罵ったつもりだったが、どうしてか彼女は嬉しそうな顔をして隣に並んだ。20cmほどの身長差が、どこかもどかしい。


 私の右側、彼女のいつもの居場所。


 すっと、用意していたかのような動作でヘッドフォンを外した。実際、頭の中で何度もリハーサルした動きなのだから、当然である。


 その行動を見て、驚きで目を丸くした執行が、「どうしたの」と問いかけてくる。

 呑気な声だが、どこか緊張した様子だ。


 摩擦のない物体のように滑らかに、私の中へと飛び込んでくる声。


 不思議と背筋を撫ぜる感覚が心地よかった。自分のコンディションが万全であることが、それで確認できた。


「も、もしかして、返事…くれるの?」ほんのりと顔を紅潮させて囁く執行の声。それに首を振って、「その約束は弁論大会が終わったら、果たす」と毅然とした態度を心がけて言い放つ。


 残念がるような、だがどこかホッとしたような表情を覗かせた執行のほうへと、体を向ける。それに呼応するように彼女もこちらへと向き直った。


 確かに、告白の返事をするには絶好のシチュエーションでもあった。


 ある意味、これはその下準備なのだ。


 音を立てないよう、唾液を嚥下する。

 緊張を表に出さない。それではあまりにも格好がつかない。


 同じく音を立てないように静かに息を吸い込むと、最初の一言は可能な限り丁寧でゆっくりとした調子で発した。


「馬鹿だよ、お前は」

「な、何?私、言うほど成績悪くないよ?」


 おどけたような、不審がるような口調の執行を無視して、私は続ける。


「何であんなことした」思いのほか心が込もった問いになって、我ながらビックリする。

「え?何?何のこと?」


 動揺する素振りもない、いつもの執行だった。


 それがほんの少しだけ不安を駆り立てたが、自分の出した答えを信じて、叩きつけるように言い放つ。


「こんなんで、私が喜ぶとでも思ったのか」

「待って、待って、本当に何のことか分からないよぉ、春ちゃん、何をそんな――」


「お前だろ、全部」彼女の言葉を上から押さえつけるように告げる。「カッターの刃も、チャイムも、鹿目川先生を階段から突き落としたのも、全部、お前がしたことだ」


 一瞬、執行の見開かれた瞳に、高速回転するエンジンみたいな素早さがよぎった。何かを一秒にも満たない速度で思考したのが分かった。


 彼女の頭に浮かんだ言い訳がましい言葉を弾き飛ばすために、息つく間もなく、言葉を重ねる。


「言い訳なんかいらない、執行、正直に答えろ。今なら尻を蹴飛ばすくらいで許してやる」


 刹那の沈黙。静寂と呼ぶには、心臓の鼓動がうるさすぎる。


「春ちゃん、良くないよ。さすがの私も怒るからね」


 ムッとした表情の執行を見て、歯ぎしりする。


『誤魔化せる』と判断されたのか。


 私相手なら、イケるって。


 …上等だ!


「…あぁそうかい。そっちがその気なら、私も徹底的にやってやる」


「そんなの、こっちの台詞なんだけど!だいたい、何で私が春ちゃんを苛めなきゃいけないのさ!」


「順を追って説明してやる。白旗振って『ごめんなさい』を言いたくなったら言えよ。土下座でもすりゃ許してやるからよ」


「そっちこそ、途中で恥ずかしくなっても知らないよ!猫耳メイドのコスプレでもして写真撮らせてくれなきゃ、許さないんだから!」


 なんちゅう趣味してやがる、という言葉は飲み込んで、真剣そのものの顔と口調を維持する。


 いよいよ負けられない。相手を論破できなければ、羞恥地獄が待ち受けていると確定してしまった以上、どんなカードを切ってでも、打ち勝つ必要がある。


 さあ、戦うときだ。

 壮大なBGMもなければ、オーディエンスもいない。

 だが…、それでもここが私の戦舞台になる。

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


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