寂れた町並みが、私やお前には相応しいのかもな。
最終章の始まりです。
拙い謎解き、煮え切らない関係が続いていますが、
是非、このままお楽しみください!
電車を降りて、アーケード街を歩く。一人で歩くはずだった道を、何故か冬原が一緒になって進んでいた。
本当は一つ先の駅で降りる予定だったが、ぼーっと話しているうちに同じ駅で降りてしまったようだ。
冬原でもこういう変なミスをするのだなとからかうと、彼女は笑って当然だと答えた。
どちらかというと、ぼんやりしているタイプだと自称した冬原だったが、到底信じられなかった。
それくらい意見は鋭いし、達観している立ち居振る舞いをする人間だった。
少しばかり遠回りして、彼女と話す時間を出来るだけ長くしようと考え、普段曲がる道を曲がらず、アーケードを抜けた。
次第に閑散としていく町並みに、孤独に似た寂しさを感じる。
時は夕暮れ、黄昏の光に目を細めていると、冬原が不意に立ち止まった。
どうしたのだろうと目線の先を追うと、この町並みを体現したような寂れた公園があった。
溶けた陽光が錆だらけのブランコを照らしている。
風で揺れる鎖がジャラジャラと音を立てて、町並みの空虚な隙間に響く。
「少し、寄って行かない?」と冬原が小首を傾げて言った。
それを見ていると、不思議とそうしなければならない気がした。
その提案に賛同して、虚の中へと足を進める。
砂場に積み上がっている未完の城が、風になぞられて削れていく。
その光景を横目に、二人でブランコに腰を下ろした。別にそこに座りたかったわけではなく、ただ冬原にならっただけだ。
オレンジ色の光を蓄えた冬原の黒髪を見つめ、そのときを待つ。自分が何を待っているのかは、はっきりとは分からなかったが、確かに何かを待っていた。
「春泉」上の空で彼女が名前を呼んだ。これを待っていたのだと、今更になって気が付いた。
「どうした?」
「春泉は、何でこの悪戯の犯人を見つけたいの?」
答えるのは簡単に思えたが、冬原の眼差しが思った以上に深刻だったため、一瞬返答を躊躇する。
足先を地面に掠めさせながら、ブランコを静かに漕ぎ出す。
すうっ、とする感覚に、内臓が浮き上がっているのが分かる。
冬原はそんな自分を興味深そうに見つめていたが、決して真似をしようとはしなかった。
「私は標的にされたんだぞ、黙っていられないのは当たり前だろ」
「それだけ?」
彼女の目は、ヒビの入ったビルの壁に向けられていた。アスファルトが橙色に塗られ、ノスタルジックな気持ちにさせられる。
「それだけって…」苛立たしげに眉をしかめる。「何が言いたいんだよ」
冬原は、手を夕日に透かして目を細めている。そういえば、彼女の下の名前も夕陽だったなと、どうでもいいことを思い出す。
「多分、もう事件は起きない」
「…私を怖がらせたから?」
彼女は何も答えない。
「でも、鹿目川先生のあの様子は明らかにおかしい。絶対に誰かに呼び出されてあそこに行って、突き落とされたんだ。つまり、私を傷つけて、怖がらせたからってまだ終わっていない、満足していないっていうことだろ」
少し熱がこもった語りになったが、それによって、ようやく冬原の注意を引くことができた。彼女は、首を曲げてこちらと目を合わせた。
黒曜石の瞳がオレンジに透けて、幻想的に輝く。
弾けて消える花火みたいな一瞬の残像が、冬原の目蓋に遮られて、遠く離れていった。
「だったら、次にまた誰かが被害を受ける前に、何とかしたほうがいいに決まってる」
彼女のもたらす沈黙が、何かを試しているように感じた。
「何だよ、冬原。言いたいことがあるなら言ってくれよ」
逡巡する様子もなく、まるでこちらがそう言うのを待っていたかのように、間髪入れずに返答した。
「別にそれだけの理由なら、もう良いと思う」
「良くねぇよ」
「十中八九、もう何も起きない」ぽつりと独り言のように口にするが、ちゃんと目が合っているので、自分に対しての発言であることは間違いない。
「そんなんじゃ納得できない。何か知ってるなら、教えてくれてもいいんじゃねえか?」
「それが分かっているから、鹿目川先生はもう何も言わなかった」
春泉の提案は無視される。
「おい、いい加減にしろよ。これはお前が決めることじゃないだろ」
「じゃあ誰が決めるの?」小首を傾げる冬原。
「少なくとも、被害を受けた私にはその権利がある」
「権利の価値なんて、社会的に思われているほどはない」彼女が立ち上がった。そのすっとした背筋が、どこか冬原の印象と外れていた。「特に、目に見えなかったり、明文化されていなかったりする権利なんて、尚更」
あまりにも淡々と、他人事のように能弁を垂れる冬原に、さすがに反感を覚える。
馬鹿にしているわけではないものの、冬原が明らかに一線引いて、何かをジャッジしているのは間違いない。
気に入らない、と春泉は歯ぎしりした。
どうやらそれが声に出ていたようで、少し驚いた様子で冬原がこちらを見下ろした。
見上げる目つきに、あえて力を入れる。そうすることで抗議の意思を伝えたかった。
「ごめん」素直に謝罪を口にする。しかし、その顔はやはり無感情なままだ。「春泉を馬鹿にしてるわけじゃないんだよ。ただ――」
そこで彼女は言葉を選ぶように口を閉ざし、ぐるりと目を回した。瞳の中のオレンジを、自身の暗黒に溶かし込むような行為だった。
「知らないままでも、誰も傷つかない。逆に知ったほうが傷つくなら、黙ってるほうがみんな幸せだと思った」
「何の話をしてるのか知らねえが、私は今、傷ついてる」
自分でも意外だと思ったが、それは本心だ。
対等な友人だと認識していた冬原が、自分の意見も聞かず、何かを隠していることが、どうにも見下されているような気さえしていたのだろう。
普段の自分らしくない発言ではあったが、十分に効果はあったらしい。
冬原は表情を曇らせて、もう一度謝罪を口にした。そんなものが欲しかったわけではない、と強くその言葉を拒絶する。
「そもそも、肝心なことを知らないまま、誤魔化されるみたいな幸せを貰ったって、私は嬉しくない」
「誤魔化される?」
「誤魔化しだろ、私は誰かに目と耳を塞いでもらわなきゃいけないほど、辛い現実を知らないわけじゃない。戦う術なら知ってるし、外気に触れたら死ぬわけでもない」
後半はほとんど嘘だった。辛い現実と戦ってきた経験なんて、数えるほどもない。だが、これくらい断言しなければ、冬原は何も言ってはくれない予感がしていた。
その覚悟の証明のように、ヘッドフォンを肩にずらす。まあ、周囲が静かな場所だと知っているからこそできた行動でもある。
冬原はそんな春泉を見て、しばらく機械のように硬直した表情を浮かべ、流れる時を無為に過ごしているように見えた。だが、ふと思い出したように微笑みをたたえると、そっと春泉の頭を撫でた。
子ども扱いしているような仕草に、文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、その微笑があまりにも静かで、ある種の神聖さに満ちていて言葉が出ない。
今、声を発したら、何かが死んでしまうのではないか…。
さっさと手をどけるよう視線に意思を込め、彼女を睨みつけるも、知ってか知らずか、彼女が満足いくまでその白い手は自分の頭上を往復していた。
ようやく手を離した冬原が告げる。
「春泉って、思ってたより人情味があって、安心した」
「人情味って…ふざけてんのかよ」
「ううん、違うかな…熱血?というか、真っすぐ?」
「おいおい、私は筋金入りのひねくれ者だぜ?」
ニヒリストを気取って歪に笑うも、冬原は適当に相槌を打って笑うだけだ。
「筋金が入ってるのに、捻くれてるんだね。何だか春泉らしいかも」
茶化すような発言に唇を尖らせていると、冬原が急に黙って、それから目を閉じた。
永遠とも思える間、瞳を閉ざしていたが、それも数秒程度。次に目を開いた彼女は、どこか決然とした雰囲気を放っていた。
「私から言えるのは一つだけ…。ロッカーに鍵を掛けられていたときのこと、もう一度良く考えてみて?」
そんな断片的な情報を口にし、「後は自分で考えて?」と言い残すと、冬原は途端に踵を返して、公園の出口へと足を向かわせた。
慌ててその背中を追いかけるも、彼女はアスファルトの上に立ち止まり、何か常に動いている流れのようなものを惜しむように、目を細めた。そして、付き添いはここまでで良いと告げる。
有無を言わさない、強い口調だった。
かけるべき言葉も見当たらず、適当な相槌だけを返した春泉を、一度だけ冬原が振り返った。
「髪のこと、たまたまだろうけど、良い観察眼だと思ったよ」
一体、何のことか分からないまま、首を捻る。
すぐに、冬原の小さな背中は、コンクリートのビルの影に飲み込まれて消えてしまった。
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