転げ落ちた生贄は、口を閉ざしました。 1
結局、何か収穫があったかと問われれば、首を竦めるしかなさそうな話し合いだった。もちろん、勉強会としての機能も果たしていない。唯一、お茶会としての役割だけは全うしていた。
所詮、素人が集まって話し合ったところで、物語に出てくるような真実に辿り着くことはできないというわけだ。現実は、フィクションのように都合よく出来ていない。
誰もが見落とすピースの欠片を拾い上げる名探偵は、あの場所にはいなかった。もしかすると、ピースそのものがない可能性だってある。
どのみち、全ては鹿目川が目を覚ませば分かることだとも、冬原は最後に言っていた。
確かに、鹿目川があんな場所にいた理由が分かれば、この一連の事件が手の込みすぎた悪戯だったのか、それとも明確な悪意による、それこそ『事件』と呼ぶに相応しいものだったのかが判明するだろう。
悪意。そう、悪意だ。
私はあの日、それにさらされたと思った。だが、今思えば子どもっぽい、想像力の乏しい度の過ぎた嫌がらせでしかなかったのかもしれない。
冬原が展開した持論のような、単純な嫌悪からくる向こう見ずな悪戯。
そう思えば、鼻で笑ってやることも難しくはなさそうだ。
そうして事件の熱が冷めつつあった中、ようやく鹿目川が意識を取り戻した。というか、もっと早くから取り戻していたらしいのだが、思っていた以上に強く頭を打っていたので、検査にだいぶ時間がかかっていたそうだ。
鹿目川と連絡を取った学校側の話では、たまたま彼女は足を滑らせて転んでしまった、ということだった。
まあ、どんな真実があれど、生徒にはそう伝えるだろうと予測出来ていたので、手放しで信じるつもりはない。
どうにも安心することができなかった自分は、お見舞いと称して、鹿目川の元へと行くことに決めた。
本当は四人揃っていくつもりだったが、執行はバイト、柊は生徒会長の仕事が忙しく、自分と冬原の二人で行くことになった。
執行はすでに、暇を見て会いに行ったらしい。誘ってくれれば、と思わないでもなかったが、今は二人きりになるの避けたかったのも本音だ。
電車に乗って、近くの病院まで向かう。学校の最寄り駅から、二駅程度しか離れていない病院だった。
道中、事件の話をしようかとも思ったが、その話題を出すことを冬原があからさまに避けていたので、ほとんど事件とは関係のない話になった。
ただ、その中でも、柊との馴れ初めを聞けたのは個人的に僥倖だったと言える。
これをネタに、柊に一矢報いることも不可能ではないくらい、彼女の恥ずかしい情報を手にすることができた。
一方の冬原はたいして恥ずかしがる様子もなく、赤裸々に話をしてくれた。ただ一点、冬原と柊の間にいた、もう一人の親友のことだけは聞いてもはぐらかされた。
自分としては、彼女たち三人はもしかすると三角関係だったのではないか、と勝手な妄想を膨らませていたのだが、その真偽は定かではない。
のっぴきならない事情があったことだけは、確かのようだった。
そうして病院に到着し、鹿目川の病室の前に立ったのが、午後5時前のことだった。
あまりに遅くなると、彼女の親が心配するかとも思ったが、幸い自分たちは一人暮らしだったことを思い出し、余計な心配だったと思い直した。
ノックをして、名前を告げる。ヘッドフォンと扉のせいで聞こえなかったが、どうやら返事は返してくれていたらしい。
先に冬原が入る。自分も頭を下げて中へと入った。
病室をテンプレート化したような、イメージ通りの室内にさっと視線を巡らせてから、ベッドに横たわる女性へと目を向ける。
開け放たれた窓からは、暖かな春の日差しが春風と共に流れ込んできており、鹿目川の長い髪を揺らしていた。今日は両耳とも隠れてしまっている。
何と声をかけようか迷っているうちに、鹿目川から口を開いた。
「こんにちは、元気だった?」
当たり障りのない挨拶だが、彼女の頭に巻かれた包帯のことを思えば、酷くシュールだ。
痛々しく巻かれた包帯に眉をひそめるが、彼女のつむじあたりが、少し脱色したように茶色っぽくなっているのを見て、不思議に思った。
「私たちは元気です。多分、先生よりかは」
皮肉かジョークか、余計な一言を付け足した冬原が意外だった。自分が言おうとしたことを取られる形になってしまい、春泉は声を発するタイミングを失ってしまう。
冗談だと捉えたらしい鹿目川が、くすりと柔らかく微笑みながら軽く謝罪した。一体どこに謝る理由があったのかは、自分には分からなかった。
彼女の目線が、ようやくこちらに向けられる。
見つめ合う形になって気づいたが、かなり憔悴した瞳だ。きっと、彼女なりに色々と考えることがあったのだろう。
この時点で春泉は、鹿目川は突き落とされたのだと確信していた。
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