考えるだけならタダだ。消費するのは、カロリーぐらいのもんだろ? 2
キリ良く分ける部分がなかったため、少々、長くなってしまいました。
お時間のあるときにでも、楽しんで頂けたら幸いです。
その鬱積する感情を振り払うように目元に力を込めて、話の焦点を次に移す。
「執行の一件は、そんなに不思議なことはなかった…でいいか?」
それに関しては誰も異論は挟まなかった。ただ、肯定も否定もしていないというだけでもある。
柊は頷いていたのだが、冬原は話を聞いているのか分からないぐらい、ぼーっとした目つきで珈琲の凪いだ水面を見つめていた。
ふと、思い出したように執行が言う。
「でもでも、重要なことはあったよね」
「重要なこと?」と春泉が切り返すと、彼女は自分に視線が集まるのを待ってから、重々しい口調で告げる。
「春ちゃんが、私を凶刃から守ってくれたこと」人が変わったかのように明るい笑顔を浮かべてはしゃぐ執行。「そう、愛の力で!」
「馬鹿らしい…。真面目に話すつもりがないなら、廊下に出てなさいよ」
自分が言いたかったことを柊がずばり言ってくれたことで、こちらの労力が省ける。
「はぁ?自分が冬ちゃんと上手く行ってるからって、酷くない?」
「わ、私は愛の力だとかほざかないのよ」
本心から下らないと思っているのだろう、その表情は呆れそのものだった。
自分や冬原に対しては博愛主義者のように振る舞う執行だったが、自分と似たような長身女子である柊には、普段からツンとした態度だ。
名前だって呼び捨てだったので、タイプじゃないのかもしれない。
いがみ合う二人を尻目に、指先に残った切り傷へと意識を移す。
執行がすぐに手当してくれたこと、元々大した傷じゃなかったことも相まって、ほとんど傷があったことすら分からないレベルまで治癒していた。
「なぁ、そのくらいにしろよ…。おかげさまで話が進まねえだろ」
そう二人に告げると、ジロリと鋭い眼差しを向けられ、一瞬で怯んでしまう。しかし、冬原が似たような注意を重ねたので、彼女らは大人しく口を閉ざした。
扱いに差があったので、なんだか納得いかない気持ちもあったが、それを追求したところで虚しくなる予感がしたので、とりあえず話を進める。
「今度は私のときだが、これが一番重要なんじゃないか?」
「どうして?」と尋ねた柊に、冬原が素早く答える。
「不自然な点が多すぎる」
まるで待っていたかのような速さだった。
どこがと問われるよりも先に、いくつかこちらから疑問点を列挙する。
一つ目はいつロッカーの鍵を掛けたのか、二つ目は異常なチャイム音、三つ目はどうして自分だったのか。
自分なりに的確な疑問点を挙げたつもりだったが、冬原は少し不思議そうに目をパチパチとさせてから、こちらと目線が合うや否や、誤魔化すように微笑んだ。
もしかすると、彼女の疑問点とは違ったのかもしれない。
「鍵は、普通に私たちが身体測定に行ってる間じゃない?」と柊。
「まあそれはそうだろうが、あの時間は他の生徒たちは授業中だ。授業を抜け出しでもしない限り、生徒にはできない」
「じゃあ、生徒じゃないんじゃない?」執行が自分の指先をじっと確認しながら言う。
爪の長さでも測っているのか、明らかに片手間の意見だった。
「そうなるとさっきの推理に矛盾するし、学外の人間ってのはあり得ない以上、教師ってことになるぞ」
推理、という単語が咄嗟に口からこぼれて少し恥ずかしくなったが、誰も気にしていない様子だったのでホッとする。
「まだ生徒だって断定できるわけじゃない」
冬原が先程から指摘していたことを、再び口にした。さすがに同じ生徒を疑いたくないと見える。
「でも、教師だったら分母も少ないんだから、そんな疑われるようなタイミングで犯行に及ばないだろ」
実際、授業を担当していた教師以外で考えると、かなりの数に絞られることが予測できた。そんなリスキーな選択を、この凝った仕掛けを好む犯人がするとは思えない。
「それなら」と柊がハッとした顔つきで声を発したが、すぐにその先を迷うように顔をしかめると、チラリと冬原を一瞥した。
軽く彼女が頷く。それを合図に、柊が言葉を続ける。
「あまり考えたくはないけれど、身体測定を行っていた生徒ならあり得るんじゃない?こっそり抜け出しても、あの適当な測定中じゃ、誰も気付かないわ」
その意見に、「なるほど」とつい声を上げてしまった。
確かに、体育館から教室まで往復しても5分程度しかかからない。鍵を掛ける時間を考えても、たいして授業から抜けるわけではないだろう。
「クラスメイトを疑うなんて、意外と容赦ないんだな、会長」
自分としてはその冷静で客観的な視線を褒めたわけだが、柊は明らかに不愉快そうな表情で、その発言を咎めた。
「うるさいわね、好きでやっているわけがないでしょうが」
刺すような視線に、思わず目線を逸してしまう。
失言だったと反省するも、素直に謝罪することができない。
助けが得られないか冬原を覗き見るが、先程の発言の落ち度を加味してか、目を閉じて柊の手綱を離している。
「わ、悪かったよ」
「こんなこと、二度と言わせるんじゃないわよ」素の彼女が顔を出す。もはや、執行さえ助けてくれない。「…はい」
しゅん、と肩を丸くした春泉へ執行が手を伸ばして頭を撫でる。反抗する気力が湧かなかったので、甘んじて受け入れた。慰めるような甘い声が、珍しく安心をもたらす。
ふん、と鼻を鳴らした柊が大人しく黙ったところで、冬原が口を閉ざして小さくなっている春泉の代わりに進行を務める。
「つまり、教師にせよ、生徒にせよ、あの時間の犯行は可能だった」
「学内に犯人がいる時点で、もうたまったものじゃないわ」
吐き捨てるような柊の発言に、苦笑いを浮かべた冬原が続ける。
「チャイム音に関しては、鹿目川先生が言っていたように、マスターボリュームを先に調節していたんだと思う。あらかじめ放送室の窓を開けておいたのなら、さっと中に入って音量を変えて出るくらい、1分くらいしかかからないだろうから」
「で、そのまま体育館に戻った、ということね」迷惑そうな顔で柊が言う。
生徒会長という立場からすれば、この事件自体、目の上のたんこぶだろう。
「分からない。先に調節して教室に向かったのかも。まあ、そこは重要じゃないと思う」
「…じゃあ、どうして春ちゃんだったのかは?」
執行もそこは興味があるらしい。
嬉しいやら、落ち着かないやらと言った気持ちにさせられる真剣な面持ちに、思わず見惚れた。
冬原は執行の問いかけに一瞬、瞳の動きを停止させると、すぐにまた頷いて話を続けた。どうやらわずかなダウンロードが挟まったようだ。
「うん。多分、そこが一番重要」
「あれだけ手の込んだことをしたんだからな、クラスの中から適当にターゲットをチョイスした、とは考えづらいよな」
ようやく発言権を取り戻した気でいた春泉だったが、また柊に睨まれて萎縮してしまう。
ただ、今度は冬原が助け舟を出してくれたことで、黙らずに済んだ。
「そう、執行さんの一件は誰でも良かったのかもと思えた。でも、春泉のことについては、明らかにピンポイント狙い撃ちだった」
「この短期間に恨みを買えるなんて、随分と器用ねぇ?」
その皮肉に専売特許を奪われたような気持ちになって、ついついムッと柊を見返すが、未だに許していないらしい柊に睨み返されて、唇を尖らせ沈黙を余儀なくされる。
「春ちゃんを苛めないで、馬鹿」この中で一番馬鹿と思える執行が春泉を庇う。「何よ」
「うるさい、二人とも。喧嘩なら外でやって」
部屋の主に毅然と叱責されて、さすがに従わないわけにはいかなかった二人が、互いを睨みつけながらも矛を納めた。
冬原のこういうときの発言力は、その精神性の成熟具合を、みんなが知っているからこそ成り立つものだろう。
比べて自分は、身も心も幼い気がすると不必要にネガティブになったところで、冬原が続けた。
「だから、私たちのクラスを狙った、というよりは、春泉を狙うことに意味があったと言うべき」
「ああ…ん?」
三つ目に関しては、概ね自分が想像していたとおりに話が進んでいた春泉だったが、冬原が断言した内容を頭の中で繰り返してから、その重大さに気が付いた。
「待てよ、つまり、初めから犯人の狙いは私か?」
「そう言ったよ?」
「いや、いやいや、それにしては仕掛けが大袈裟すぎるだろ!それじゃあ執行を先に狙う理由もねぇし、何より、鹿目川先生を突き落とした意味が分からねえ」
突然あらぬ方向に推理が加速してしまった気がして、何とか方向の修正を図ろうと声を大きくする。
冬原は少し考えるような素振りを取った後、柊のほうを何か確認するかのように見つめた。
先程から二人の間だけで交わされるアイコンタクトが、何かを隠されているようで、少し気に入らない。
「これは今日、玄上先生から聞いたんだけどね、鹿目川先生の事故に関しては、あの手紙が見つからなかったんだって」
「何…?」
それは予想外の報告だった。
てっきり彼女を突き落とした人間こそが、この一連の騒動の黒幕だと踏んでいたからだ。
「どういうことだ?あの人は、誰かに呼び出されて屋上の踊り場にいたんだよな?」
「それもまだ可能性に過ぎないよ。もしかしたら、違う理由があったかもしれない」
この間と言ってることが違うだろ、とも思ったが、別に冬原はあのときだって断言したわけではなかった。
「…もし、あれがただの事故なら、もう犯人の目的は達成されたことになるのか?」
冬原は何も答えない。
考えているようにも見えたが、肯定しているようにも、興味を失っているようにも見えた。
「その目的とやらが、アンタをぷるぷる震えさせることだったなら、そうなるわね」
「…くそが」自分の醜態を思い出して、無意識に文句を吐く。
「もう、蝶華…」
あのときは、今この場にいる三人が、自分にとって女神か天使かに思えたものだ。しかし、それも間違いだったのではないか…。
冬原以外は、正直、あらゆる意味で危険だ。
「そうじゃなかったら?」珍しく、執行がシリアスな顔つきで独り言のように呟く。
「当分注意が必要なんじゃないの」他人事のように柊が言う。「守ってあげたら?王子様」
揶揄するような言葉に、冬原がため息を吐いた。
さすがにカチンと来たらしい執行は、身を乗り出して柊に顔を近づけると、睨み返す彼女に怖気づくことなくきっぱりと言った。
「王子様じゃなくて、嫁だから」
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