表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヘッドフォンを外して  作者: an-coromochi
六章 転げ落ちた生贄は、口を閉ざしました。
50/66

嫌な予感に限って、何故か当たるもんだ。

 声は一つ上のフロアからしているようだった。その声を頼りに先頭の柊が駆けていくので、彼女の背中を追って自分と冬原も続く。


 周囲の生徒たちも異変を察しているのだろう、ざわつきながらも声のしたほうを見つめている。何人かは、自分たちと同じように現場に向かっているようだった。


 階段を一段飛ばしで上がって行った柊の姿が、すぐに見えなくなる。

 自分たちにはそのような芸当はできないので、細かく刻むように一段一段上がる。


 踊り場に到着した時点で、上のほうに人だかりが見えた。もうすでに何人もの生徒が集まっているが、その多くが遠巻きに何かを見ているようだった。


 ちょっと走っただけで息が上がる運動不足の体に鞭を打ち、残りの階段を駆け上がる。


 人の輪ができているせいで、肝心の向こう側が見えない。自分たちの身長では、背中しか視界には入らないのだ。


 人垣をかき分けようかとも思ったが、三階は三年生の教室があるフロアなので、少し気が引ける。


 どうしたものか、というか柊はどこに行ったのかと足を止めていると、冬原が大きな声を出しながら、自分の前にできていた壁に亀裂を入れた。


「すいません、通してください!」


 こういうときの行動力はずば抜けている。


 彼女が切り拓いた隙間に便乗するように体をねじ込む。

 結局、こういうところだよな、と自分で自分が情けなくなった。


 人波を抜けて、冬原の背中に追いつく。すぐそこにしゃがみ込んでいる柊の姿があったが、春泉の視線は全く違うところに吸い寄せられていた。


 息を呑む。

 目覚ましいほどの鮮やかさを放つ、ねっとりとした質感のクリムゾン。


 それが血だと気づくのに、時間はかからなかった。


 血溜まり、とまでは言わないが、少量の血液が薄く何本もの線を床に描いていた。


 物語の中のような状況に、不謹慎ながら興奮気味の春泉だったが、屈んだ柊のすぐそばで倒れている人物の服装を確認して、鼓動が強くなった。


 制服ではなかった。オフィスカジュアルの服装、教師だ。しかも、ついさっき見た覚えがある。


「鹿目川先生…」自分の口が勝手に動いた。


 目の前の光景が、カメラのフラッシュのように網膜に焼け付く。


 一瞬で、現実と想像の境界が曖昧になる。

 これが本当に起こっていることなのか、まどろみの中の幻なのか、判断が付かない。


 全身が硬直したように動かなくなった春泉をおいて、冬原が柊のそばに近寄り、同じように屈んだ。


「救急車は?」

「大丈夫、もう連絡してもらうよう頼んだわ。先生も直に来るはず」

「…階段から落ちた、にしては出血が激しい」


 飛び散った血を一瞥した冬原が何か言っているようだったが、その声もまともに頭に入って来ない。


「階段から落ちた拍子に、目の上を切ったみたいね。大丈夫、見た目ほど酷い怪我じゃないわ」


 その言葉を聞いて、魔法が解けたみたいに体が言うことを聞くようになる。


 慌てて自分も二人のそばに駆け寄り、滑り込むみたいに、意識を失っているらしい鹿目川の横に膝をつく。


 青い顔をしていたものの、確かに額の傷以外に外傷はなく、呼吸も間違いなくしていた。


 上下する彼女の胸元に、これ以上ないくらいの安心感を抱く。


 ふと、倒れた彼女の横顔に違和感を覚えた。別に何の変哲もない、血で汚れている以外は綺麗な横顔だったのだが、何かが引っ掛かった。


 アシンメトリーの髪型、青くなった頬、形の良い耳、閉ざされた瞳。

 どれもみんなと変わらない。自分の気のせいなのだろう。


 もう一度、深く息を吐いて、今度こそ心の底から安堵する。


「鹿目川先生、ドジだなぁ、もう…」


 柊がその発言を咎める素振りを見せたが、春泉の表情がとてもホッとしたものだったせいか、彼女もそっと笑って、横たわる鹿目川に再び目を落とした。


 良かった、自分が心配しすぎだったみたいだ。てっきり例の事件がまだ続いていて、何か恐ろしいことになっているものだとばかり思っていた。


 足がもつれて階段から落ちる、というのは間抜けではあるが、誰にでも考えられることだ。


 だが、安堵に胸を撫で下ろしていた春泉に向けて、無慈悲とまでに感じられるほど淡白な声音で、冬原が告げる。


「…鹿目川先生のせいとも限らないよ」


 冬原の言いたいことが分からず、ジロリとその横顔を睨みつける。


 どういう意味だよ、と尋ねようと思ったが、その視線が自分でもなく柊でもなく、鹿目川にでもないところに向けられているのが分かって、その斜め上に傾いた視線の先を追った。


 閉め切られた屋上へと続く階段。その踊り場を冬原は凝視していた。


「どういう意味だよ」今度はきちんと尋ねられた。


 一瞬の沈黙があったので、自分で考えろと言われているかと頭にきたが、数秒後、冬原はゆっくりと口を開いた。


「鹿目川先生はどこから落ちたの?」

「どこって…」


 その質問があまりにも分かり切ったものだったので、それについても苛つき、嘲るようなため息がこぼれてしまう。


 真っすぐ手を上げて、上階の踊り場のほうへと人差し指を向ける。


「あそこに決まってるだろ?先生がここでトランポリンの練習でもしてなければな」


 自分らしい嫌味が口を突いて出たが、それによって、柊から今度こそ叱責を受ける。


 適当に謝って冬原の様子を窺うと、彼女は焦点を上階に向けたままで、独り言のように言った。


「何でだろ」

「何がだよ」

「何であんなところにいたの?」


 冬原の問いかけにハッとする。


 閉め切られた屋上の目の前に位置する踊り場。


 何故あんなところにいたのか、それに対する納得のできる解答を、今の自分は持ち合わせていなかった。

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


ご意見・ご感想、ブックマーク、評価が私の力になりますので、


応援よろしくお願いします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ