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ヘッドフォンを外して  作者: an-coromochi
六章 転げ落ちた生贄は、口を閉ざしました。
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このお節介共め。

「あの、変な言い方だけど、春泉は同性に興味はあるの?」

「え?」あまりにストレート過ぎる問いに一瞬硬直する。「ど、どど、どうだかな」

「誤魔化さないで、これはとても大事なことよ」


 有無を言わさぬ柊のオーラに負けて、頭の中がまとまる前に口が動く。


「いやぁ、そのぉ…同性?女同士…そんなこと急に言われても」

「急じゃないでしょ。告白されたのは一週間以上前なんだから」


 ジロリと柊がこちらを睨みつける。その眼差しには確かな呆れと憤りがあった。


「まさか、考えることから、ずっと逃げてたんじゃないでしょうね?」

「な、何だよぉ、私が悪いのかよ」

「今、善悪の話はしてないわ」


 逃げ道を潰していくように柊が早口で言う。そうしてじっくりと袋小路に追い込まれる。


「だって、女子に告白されるような経験、ないし」正確には異性からも皆無だった。「しょうがないだろ…私はそういうの、考えたこともないんだよ」


「私もそうだったよ、春泉」穏やかな笑みで、冬原が会話に交じる。「冬原が?」


「恋愛とか、考えたこともなかったし、同性なんて、それこそ夢にも思わなかった」

「え、あ?ちょっと待て、冬原から告白したんだよな?」


 もうすでに二人が付き合っていることは知っていたが、実際に口にしたのはこれが初めてだった。


 自分からも、彼女らからも、その関係に関する言及が行われことはなかったのだ。


 何か柊が慌てた素振りを見せて立ち上がったが、彼女が制止する暇もなく、冬原が当たり前のように笑って告げる。


「違う、違う。蝶華のほうからだよ」

「えぇ?嘘だろ」


 バッ、と正面の柊を見据える。彼女は、わなわなと震えながら顔を赤くするばかりだ。


 …どう見てもコイツのほうが根性なしだ。


 少なくとも恋愛面では、絶対に受動的なタイプで、自ら愛の告白ができるような人種ではないと予想していた。


 意外と情熱的なのか、とも考えたが、この間の公園での一件を加味するに、二人きりであっても、能動的に愛を囁やけるようには到底思えない。


「本当。まあ、別の友だちに気持ちをバラされたことが発端なんだけど。しかも、バラされたとき泣いてたんだよ?」

「夕陽!」


 冬原は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、柊の赤裸々な秘密を口にした。すぐに顔を真っ赤にして柊が彼女を怒鳴りつけていた。


 彼女の反応からして、どうやら本当のことらしい。


「…意外すぎる」


 ぽつりと呟いた春泉のそばに駆け寄ってきた柊が、その両腕で彼女の肩を強く掴んで言った。


「忘れなさい!今!すぐに!」


「そんな無茶な」とその勢いに怯えながら呟いた春泉。


 二人の姿を愉快そうに眺めながら、冬原がこれでもかと付け足す。


「でも蝶華ってば、返事を聞く勇気もないの。結局、付き合い出したのって、数日後だったんだから」

「それは、コイツっぽいな」


 今度は冬原のほうへと駆け寄った柊だったが、突然、冬原が両腕を開いてハグの構えを取ったせいで、直前で停止した。


 すごいコントロールの仕方だな、とその喜劇を袖のほうから鑑賞する。自暴自棄になったのか、わけの分からない声を上げながら、柊が冬原の胸に飛び込んだ。


「言わないでって、言ったじゃない!」

「はいはい」

「もう、馬鹿!」

「ごめん、ごめん」


 相手を責めるような言葉を、思いつく限り冬原の胸に叩きつけていた柊だったが、頭を撫でられ、甘やかすような声をかけられているうちに、少しずつ大人しくなっていく。


 長身の柊が、小柄な冬原に抱きついている姿は、確かに可愛かった。だが、自分と同じくらい情けない姿でもある。

 頬と耳は、羞恥でこれ以上ないくらい赤くなっている。


 小動物チックな容姿のくせして、結構ドSだよな、こいつ…。


 心の底から幸せ、かつ楽しそうな顔で柊を慰めていた冬原を見つめていると、不意に彼女がこちらを振り向いた。


 その表情は、数秒前と違って深刻だった。


「だから、ちゃんと聞いてくれる執行さんは、勇気を出してくれているんだと思う」

「…あ」


 ふわりと、冬原がまた微笑む。しかし、その目は笑っていない。


「気を遣う必要も、同情をかける必要もない。ただ、春泉の正直な気持ちで答えてあげて?どっちでも、私は応援してるから」


 その言葉に、一拍遅れてからしっかりと頷く。


 そうだ、彼女だって朴念仁には見えるものの、不安や緊張を抱かない化け物ではない。


 きっと、待っている間も不安で胸が一杯だろうし、自分から返事の催促をするなんて、もっと怖いに違いない。


 覚悟、か。


 気が付けば、動揺していた気持ちが嘘みたいに落ち着いていた。

 明鏡止水、なんて言葉が頭に浮かぶが、そんな大層なものじゃないことは自分でも分かっている。


 これはただ、腹をくくっただけだ。


 冬原だけではなく、柊もこちらをじっと見つめていた。その瞳には、厳しくも慈悲を感じさせる暖かな光が満ちていた。


 何が、『夕陽以外、興味がない』だ。


 お節介焼き共め…。

 これじゃあ、答えの出せない自分が一番ダサいことが、どれだけ誤魔化しても分かっちまう。


「分かったよ」


 別に彼女らに宣誓する必要はないのだが、世話をかけた以上、きちんと言葉にして宣言しておくのが筋だろう。


「私なりに考えてみる。今度の弁論大会が終わる頃には、必ず――」


 答えを出すさ、とニヒルに笑おうとしていた瞬間、思いも寄らない事態が起こった。いや、正確には、もうこのときにはすでに起こっていたのだ。


 資料室の外に広がる廊下中に轟いた、一つの甲高い音。


 それが人の悲鳴だと気が付くのに、たいして時間はいらなかった。


 一刻を争う事態だと、嫌でも伝わってくる切迫した大きな悲鳴。


 顔を見合わせた三人は、すぐさま資料室を飛び出す。


 断続的に聞こえてくる人を呼ぶ声を目指して、ひたすらに走る。加速する足の回転数の差で、柊だけがぐんぐんと先に進んでいく。


 すぐに酸素の供給を求め始めた脳味噌に、ある一文が浮かんだ。


『貴方は二人目の犠牲者』


 まだ、終わっていないのか。

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


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