このお節介共め。
「あの、変な言い方だけど、春泉は同性に興味はあるの?」
「え?」あまりにストレート過ぎる問いに一瞬硬直する。「ど、どど、どうだかな」
「誤魔化さないで、これはとても大事なことよ」
有無を言わさぬ柊のオーラに負けて、頭の中がまとまる前に口が動く。
「いやぁ、そのぉ…同性?女同士…そんなこと急に言われても」
「急じゃないでしょ。告白されたのは一週間以上前なんだから」
ジロリと柊がこちらを睨みつける。その眼差しには確かな呆れと憤りがあった。
「まさか、考えることから、ずっと逃げてたんじゃないでしょうね?」
「な、何だよぉ、私が悪いのかよ」
「今、善悪の話はしてないわ」
逃げ道を潰していくように柊が早口で言う。そうしてじっくりと袋小路に追い込まれる。
「だって、女子に告白されるような経験、ないし」正確には異性からも皆無だった。「しょうがないだろ…私はそういうの、考えたこともないんだよ」
「私もそうだったよ、春泉」穏やかな笑みで、冬原が会話に交じる。「冬原が?」
「恋愛とか、考えたこともなかったし、同性なんて、それこそ夢にも思わなかった」
「え、あ?ちょっと待て、冬原から告白したんだよな?」
もうすでに二人が付き合っていることは知っていたが、実際に口にしたのはこれが初めてだった。
自分からも、彼女らからも、その関係に関する言及が行われことはなかったのだ。
何か柊が慌てた素振りを見せて立ち上がったが、彼女が制止する暇もなく、冬原が当たり前のように笑って告げる。
「違う、違う。蝶華のほうからだよ」
「えぇ?嘘だろ」
バッ、と正面の柊を見据える。彼女は、わなわなと震えながら顔を赤くするばかりだ。
…どう見てもコイツのほうが根性なしだ。
少なくとも恋愛面では、絶対に受動的なタイプで、自ら愛の告白ができるような人種ではないと予想していた。
意外と情熱的なのか、とも考えたが、この間の公園での一件を加味するに、二人きりであっても、能動的に愛を囁やけるようには到底思えない。
「本当。まあ、別の友だちに気持ちをバラされたことが発端なんだけど。しかも、バラされたとき泣いてたんだよ?」
「夕陽!」
冬原は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、柊の赤裸々な秘密を口にした。すぐに顔を真っ赤にして柊が彼女を怒鳴りつけていた。
彼女の反応からして、どうやら本当のことらしい。
「…意外すぎる」
ぽつりと呟いた春泉のそばに駆け寄ってきた柊が、その両腕で彼女の肩を強く掴んで言った。
「忘れなさい!今!すぐに!」
「そんな無茶な」とその勢いに怯えながら呟いた春泉。
二人の姿を愉快そうに眺めながら、冬原がこれでもかと付け足す。
「でも蝶華ってば、返事を聞く勇気もないの。結局、付き合い出したのって、数日後だったんだから」
「それは、コイツっぽいな」
今度は冬原のほうへと駆け寄った柊だったが、突然、冬原が両腕を開いてハグの構えを取ったせいで、直前で停止した。
すごいコントロールの仕方だな、とその喜劇を袖のほうから鑑賞する。自暴自棄になったのか、わけの分からない声を上げながら、柊が冬原の胸に飛び込んだ。
「言わないでって、言ったじゃない!」
「はいはい」
「もう、馬鹿!」
「ごめん、ごめん」
相手を責めるような言葉を、思いつく限り冬原の胸に叩きつけていた柊だったが、頭を撫でられ、甘やかすような声をかけられているうちに、少しずつ大人しくなっていく。
長身の柊が、小柄な冬原に抱きついている姿は、確かに可愛かった。だが、自分と同じくらい情けない姿でもある。
頬と耳は、羞恥でこれ以上ないくらい赤くなっている。
小動物チックな容姿のくせして、結構ドSだよな、こいつ…。
心の底から幸せ、かつ楽しそうな顔で柊を慰めていた冬原を見つめていると、不意に彼女がこちらを振り向いた。
その表情は、数秒前と違って深刻だった。
「だから、ちゃんと聞いてくれる執行さんは、勇気を出してくれているんだと思う」
「…あ」
ふわりと、冬原がまた微笑む。しかし、その目は笑っていない。
「気を遣う必要も、同情をかける必要もない。ただ、春泉の正直な気持ちで答えてあげて?どっちでも、私は応援してるから」
その言葉に、一拍遅れてからしっかりと頷く。
そうだ、彼女だって朴念仁には見えるものの、不安や緊張を抱かない化け物ではない。
きっと、待っている間も不安で胸が一杯だろうし、自分から返事の催促をするなんて、もっと怖いに違いない。
覚悟、か。
気が付けば、動揺していた気持ちが嘘みたいに落ち着いていた。
明鏡止水、なんて言葉が頭に浮かぶが、そんな大層なものじゃないことは自分でも分かっている。
これはただ、腹をくくっただけだ。
冬原だけではなく、柊もこちらをじっと見つめていた。その瞳には、厳しくも慈悲を感じさせる暖かな光が満ちていた。
何が、『夕陽以外、興味がない』だ。
お節介焼き共め…。
これじゃあ、答えの出せない自分が一番ダサいことが、どれだけ誤魔化しても分かっちまう。
「分かったよ」
別に彼女らに宣誓する必要はないのだが、世話をかけた以上、きちんと言葉にして宣言しておくのが筋だろう。
「私なりに考えてみる。今度の弁論大会が終わる頃には、必ず――」
答えを出すさ、とニヒルに笑おうとしていた瞬間、思いも寄らない事態が起こった。いや、正確には、もうこのときにはすでに起こっていたのだ。
資料室の外に広がる廊下中に轟いた、一つの甲高い音。
それが人の悲鳴だと気が付くのに、たいして時間はいらなかった。
一刻を争う事態だと、嫌でも伝わってくる切迫した大きな悲鳴。
顔を見合わせた三人は、すぐさま資料室を飛び出す。
断続的に聞こえてくる人を呼ぶ声を目指して、ひたすらに走る。加速する足の回転数の差で、柊だけがぐんぐんと先に進んでいく。
すぐに酸素の供給を求め始めた脳味噌に、ある一文が浮かんだ。
『貴方は二人目の犠牲者』
まだ、終わっていないのか。
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