色を塗ってください。貴方なら何色にしますか?
ここまでで五章は終わりとなります。
残り、二章の分の構成になっていますが、
よろしければお付き合いください!
あまりに抽象的な説明に、要領を得ない印象を抱く。
冬原の能面みたいに無感情な面持ちから考えるに、冗談でも、誤魔化しているわけでもないことは分かる。
「それとこれと、何の関係があるんだよ」春泉が眉間にしわを寄せて尋ねる。
「思ったことない?小さい頃は、好きなことだけを考えて生きていられたな、って」
唐突な質問に、いっそう眉間のしわが濃くなる。
「まぁ、あるけど」
「確かに、小学校の頃なんて進学も考えないでいいし、将来のことも適当で良かったよねぇ」と執行が顎を両手の上に乗せて言った。
思わぬところから賛同の声が上がり、それに加わるようにして柊もまた言葉を紡いだ。
「人間関係だって、気の合う人とだけ一緒にいれば良かったのよね」
このままでは、話が違う方向へと着地しそうだ。
別に、思い出話がしたくてこんな話題を振ったわけではない。
流れを引き戻すべく、少し大きめの声量を意識して冬原に尋ねる。
「で、結局、何の関係があるんだよ」
一瞬、ほんの数秒にも満たない間だけ、どうして分からないのかと不思議そうな顔をされた気がした。しかし、瞬きしているうちにまた元の無表情に戻っていた。無気力な面持ち、といったほうが適切かもしれない。
「子どもの頃は好きなようにできる。自分の好きなことをやって、好きな人と仲良くしていられた。誰かに何かを命じられても、嫌なことは嫌だと言える子どものほうが多いんじゃない?」
もちろん、そうじゃない人もいるだろうけど、と冬原はほんの少し自嘲気味に笑った。彼女がそうだったのだろうか。
「それができたのは、小さい頃は単純だったからだよ。それが少しずつ大人に近づくにつれて、複雑になっていく」
再び冬原が珈琲に口を付けた。それを真似するかのように、残りの三人も飲み物へと手を伸ばす。ただ、執行だけはもう空っぽだったようで、残念そうに元の位置にカップを戻した。
気が付けば、同年代とは思えない語り口をする冬原の話に夢中になっていた。
「自分が周りからどう見られるか、どう動けば将来的に得をするか、あるいは損なのか。そういう塵みたいなものが、知らず知らずのうちにくっついてきて、気が付けば、好きな物を好きとすら言えなくなる」
発泡スチロールの屑みたいなもんか、という台詞は飲み込んだ。わざわざ言う必要もないし、上手い例えとも思えなかったからだ。
暗唱していたかのようにつらつらと述べる冬原を、複雑な顔で柊が見つめているのが印象的だ。
きっと自分の知らない何かが二人の間にはあって、それに関して思いを馳せているのだろう、と勝手に想像する。
「だけどね、そういうのに左右されない人間っていうのも、一定数存在するんだよね。自分のしたいことをする。止められようが、非難されようが、裁かれようが」
「何だか、怖い話になってる」
執行が茶化すように笑った。必要以上にシリアスチックになりつつあるこの場を和ませようとしたのだろうが、かえって台無しになる気がした。
「黙ってろ」咎めるように肘で脇を小突く。
反省する様子のない執行は、「きゃあ」とわざとらしく声を上げて、触ってもいない部分を隠すようにして見つめてきた。
面倒なので彼女の相手はせず、口をつぐんで、冬原の言葉の続きを片手を出して促した。
冬原が苦笑いで頷く。
「自分のしたいようにする。それが究極の単純構造であり、強さだと思う」
「あー、言いたいことが分からなくもないが…。そんな反社会的な存在、社会が許すわけがないだろ」
春泉には、冬原の言葉は極論すぎるように思えた。
集団の輪を乱す異物は、排斥する。
それが社会という巨大な生き物の習性だ。
乱す側に、悪意や落ち度があるかなどは、一切問題ではない。
異物である自分は言わずもがな、もしかすると、柊と冬原もそれを少なからず感じているのではないか。
段々と興味を失いつつあるのか、執行が横で飲み物のお代わりを頼んだ。好意的な見方をすれば、まだここで語るべきことがあると考えているとも取れる。
じっと返答をせがむように冬原を見つめていた春泉に、彼女は軽く微笑んだ。
その微笑が、どうしようもなく歪んでいる気がして、何だかゾッとする。
「私もそうだと思うよ」
チラリとガラスの向こうを冬原は見つめた。
表の通りには、今からショッピングモールでの買い物を楽しむのであろう客たちが、大勢歩いて入口のほうへと向かっていた。時刻は2時30分、まだ時間に余裕はある。
もう一度、視線をこちらに戻しながら冬原が言う。
「バレなければ、ね」
嫌な話だ、と直感的に思った。
つまり、冬原が言うことが正しければ、自分のしたいことをするだけの狂った人間が、一定数世の中には存在している。
さらにそいつらの中には、世間に自らの欲望と、それを満たす行為が露呈しないよう、狡猾に頭を使って立ち回っている連中がいる、というわけだ。
「ふぅん」と納得したような、そうでないような声を息と同時に吐き出しながら、椅子の背もたれになだれかかる。
「そういう奴が、あの悪戯をしたってことか?何のために?どんな欲望があったらあんなことをする?」
「さあ、私には分からない」
「チッ、出たよ」と顔をしかめる。
分からないのではなくて、明らかに考えていないとしか思えないレスポンスの速さなのだ。
「思考放棄か、冬原らしくないぜ」
彼女らしさを知っているふうな口調になってしまったが、気分を害した様子もない冬原は、俯きがちになって笑いながら言った。
「分かってどうするの?」質問の意味が、自分では理解できなかった。
答えることもできず、数秒の間が空く。柊も執行も、もはや聞き手に徹している。
「安心する?どこにも確かめる手段はないのに?」
「とっ捕まえれば分かるだろ」
「分からないよ。私たちは、人の心を覗く術を持たない」
「んん…。でもよぉ、本物でなくとも、何もないよりマシだろ?それらしい理由さえあれば、納得はできる」
「納得?」
そっか、と冬原が感慨深そうに呟いた。
それこそ納得した様子だったが、どこか新鮮さを感じているようにも思える。
説得というか論破したといっても良さそうなものだが、春泉の中には、指先ほどの満足感も存在しなかった。
「だったら、いいね」
話は終わりだと言わんばかりに、今日一番の笑顔を浮かべた冬原は、最後に珈琲に手を伸ばして以降、もう何を聞いても曖昧な返ししかしてくれなくなった。
何か間違えたのだろうか、と春泉はぼんやり思った。
そう考えてしまうくらい、冬原の反応が薄味になってしまった。
ほんの少し、それが寂しい。
まるで見捨てられたみたいだと、下らない被害妄想じみた感傷を抱いて、鼻を静かに鳴らす。
もう、つまらない話はやめにしよう。
春泉は自分の目の前にあるカフェオレを一気に飲み干すと、さっさと会計の準備に移った。
財布の中には、女子高生としては潤沢すぎる資金が入っている。自分の力ではない、親の力だと分かっていた。
そろそろ店を出よう、と提案する。
柊と冬原は関心もない調子で賛成したのだが、執行だけが困った様子で早口で告げた。
「待って、待って!まだ私のお代わりが来てない!」
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