疑うわけじゃないが。 2
自分は教師という立場ではなく、鹿目川という個人を信頼している。それは他の人間にしてもそうだ。
クラスメイトを信頼するのではなく、冬原、柊、執行を筆頭に、個人個人を信じている。
立場を信頼するというのは、無謀だ。
医者だろうと、教師だろうと警官だろうと、職業にその人の気高さが宿るわけではないのだから。
職業に貴賎なし、とはよく言ったものだ。
思考を切り替えて、もう一度大事だと思うことは説明する。
さすがに学校側も、この事態には能動的な解決法を探らざるを得なくなるはずだ。そのうえで、必要そうな情報は提供しておいたほうが、自分のためだろう。
「少なくとも部外者が忍び込んで、っていうのだけは絶対にあり得ない。執行のときはまだしも、今回のことについては、絶対に学校の中の人間がしたことだ」
それについては元々同じことを考えていたのだろう、鹿目川は浅く頷いて肯定した。
「ええ、それは私たちも同意見よ。チャイムに関してはまだ確認してないけれど、多分マスターボリュームが限界まで上げられていたのだと思う」
「放送室、ですか」
「そう」柊の問いに答える。「鍵はどうだったのですか?」
「入り口は鍵が掛かったままだったんだけど、窓のほうが開いていたわ」
「へ、準備が良いことで」
皮肉を漏らす春泉に、咎めるように鹿目川が視線を送ったが、それにも気付かずに話を続ける。
「何にしてもかなり手が込んでやがる。単なる思いつきでも、暇潰しでもなさそうだ」
「春泉さんが、何か恨みでも買ってるのかしら?」
鹿目川の前だからか、柊がとても丁寧な調子で尋ねる。その内容については少し率直すぎる気がするが。
「さあな、私の態度が気に入らない人間なんて腐るほどいそうだが…」
「気に入らない、なんて単純な理由でここまでするの?」
そうだ、それにしては細工が凝っていて、何としてでもこちらを害そうという、執拗な悪意を感じずにはいられない。
とても明確な敵意や恨みがなくてはできることではない、というのが標的にされた側の感想だ。
3人が小さく声を上げ、考え込んでいる素振りをしている中、不意に、窓際でじっとしていた冬原が小さく声を上げた。
「単純なものほど、強い」
本当に彼女が発した声なのかと疑いたくなるぐらい、冷たく、突き放したような声音だった。
「どういう意味だ、冬原」
彼女は何も答えない。
代わりに、くるりと体の向きを窓から自分たちのほうへ向けると、鹿目川をじっと見つめながら、機械じみた口の動きで言った。
「私たち生徒にできることはありません。学校側からの指示を待ちますので、きちんとした対応をお願いします」
「え、ええ…」
あまりにも無関心な冬原の様子に、思わず目と耳を疑った。
耳は最初から半分壊れていたが、それでも疑うに足りる。
鹿目川も同じ気持ちだったようで、言葉に詰まりながらも、その的確な発言にぎこちなく頷いている。
出来ることはない。本当だろうか。
今回みたいなことが、二度自分に振り返らないとも限らないのに?
今日は冬原や柊のおかげで大事には至らなかったが、こんな幸運は二度とは起きないだろう。
そもそも、これだけのことをされて、大人しくしていろというのが無茶な話だ。
「おい冬原、もう少し考えろよ」
「春泉さん」と鹿目川が制止するも、納得がいかないと動けない柔軟性に欠ける自分は、なおも言葉を続けた。
「お前ぐらい頭が良ければ、意外に何とかなるかもしんねえだろ」
これは別にお世辞でも何でもない。
実際、すぐにロッカーの施錠を行ったのが本人ではないと気づいたのは、見事だったと思う。
だからこそ、彼女が思考放棄するような真似を好ましく思えなかった。
すっと冬原の隣に柊が移動する。
小声で何か尋ねていたようだが、冬原の口元が全く動かなかったことを考えると、無視したようだ。
冬原は目を伏せると、言葉を求めるようにいつまでもじっと自分を凝視してくる春泉を一瞥して、仕方がないと言わんばかりにため息を漏らして声を発した。
「出来ることなら、無いこともないよ」
「お、やっぱあるじゃねえか」
「気をつけること」ぼそっと、だがきっぱりと冬原が告げた。
「あ?」
「執行さん、それから春泉」
名前を呼ぶに合わせて、執行と春泉に焦点を移した冬原は、一瞬の静寂に怖気づくこともなく続けた。
「今のところ狙われる人の共通点は、このクラスの生徒ってことしか分からないから」
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