疑うわけじゃないが。 1
「どういうことなのか、もう一度初めから説明して頂戴」
まだ先ほどの余波が残っているのか、頭の横を叩きながら強めの口調で鹿目川が聞いた。
珍しく緩んでいない顔だったせいか、とても凛々しく春泉の目には映った。
クラス中が異様な空気感に覆われている。それもそうだろう。今春泉が話したストーリーは、あまりにも現実離れしていたからだ。
春泉はぐるりと首を回した後、一度冬原のほうを確認した。
彼女が何も口を挟まなかったということは、大体は同じ認識だということで良いのだろうか。
頷いたりしてくれればいいのに、冬原はといえば、輪から離れて窓の外を眺めるばかりだった。
冬原からのリアクションが望めないと察した春泉は、冷静さを装って、もう一度冒頭から振り返った。
一見すると落ち着いているように見えるだろうが、内心は心臓の鼓動が激しくなっており、みんなの視線と、自分に降りかかった悪意で緊張と興奮、そして恐怖を感じていた。
「つまり、これは最初から私が狙いだったようです」
「あんな音がしたから?」
「それもですが、見てください、コレ」
春泉が指した先には、無理やりこじ開けられたロッカーがあった。
こじ開けた張本人である柊が、弁解のときを窺うように視線を自分と鹿目川に向けていたものの、そんなことは重要じゃない。二の次、三の次にもならない問題だ。
「酷いわ…、どんな力でこじ開けたらこうなるの…」
言いたいことを伝える前に感想を述べた彼女に、ぴくりと柊が反応した。話がややこしくなる前に、さっさと先に進める。
「それは後で、こじ開けた柊生徒会長に聞いてください」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!私は」
「黙ってろ、会長」
言葉は悪いが、その表情には柊への感謝が暖かな微笑みと共に浮かんでおり、それを見た柊は言われた通り口を閉ざした。
「私のヘッドフォン、身体測定の間ロッカーの中に入れていたのですが、測定が終わって帰ってきたらこのとおり、鍵が掛かっていました」
自分のロッカーの前に屈んで、赤く色の変わったマーカーを人差し指の関節で叩く。コンコン、と鳴る音が小気味良いが、少し気障すぎたかもしれない。
そのうえで、普段は全く鍵を掛けていないことを説明した。実際、ほとんどの生徒がマーカーの状態は緑になっているはずだ。
「それじゃあ、どうして鍵が掛かっていたの?」
「何でなんでしょうね。まぁそれは多分、これを書いた人間なら答えられると思いますけど」
春泉は、ポケットに突っ込んでいた紙片を取り出して、考えているのか考えていないのか分からない、ぽかんとした顔をしている鹿目川に突きつけ、文章を見せた。
初めは、一体何なのかと目を細めて見つめていた彼女だったが、その表情はみるみるうちに曇っていった。そこにはかすかな恐怖心、焦燥感も覗いている。
そっと近寄ってきた鹿目川は、恐る恐るといった手付きで、紙片を春泉の手から取り去った。
自分の手元でしげしげと紙を見つめていたわけだが、あの短文を読むのにそれほど時間がかかるとは思えない。おそらく、頭の中で事態の理解に努めているのだろう。
「どこにこれが?」
周囲の生徒がざわめき出す。
ほとんどの生徒が、あの凝った脅迫文を目にしたはずだ。
もう隠し通すことは出来ない。
まああれだけの音量でチャイムが鳴れば、学校中が混乱しただろうから、メモがあろうが無かろうが、事情を全校生徒に伝えるほかないだろう。
「ロッカーの中です。隙間に挟んであったみたいで」
「春泉さんの?」下らない質問だ。鹿目川でなければ態度に出たかもしれない。「ええ、もちろんです」
「どうして春泉さんが…」
こっちが知りたいくらいだ、と春泉は肩を竦めた。
「とにかく、執行に嫌がらせしたのと同じ人間は、私のヘッドフォンが入ったロッカーに鍵を掛けたうえに、どんな手品か知らないがチャイムの音を最大にした。つまり、ヘッドフォンが無ければ、私がどういう目に遭うか分かっている奴の犯行だってことだ」
そういうつもりはなかったのだが、ついクラスメイトの顔をぐるりと見渡してしまった。
もちろん、前の学校に比べ、暖かく自分を迎え入れてくれたクラスの人間を疑いたくはない。ただ、その可能性は存分にあるということからは、目を逸らせない。
その意図を察したらしい柊が、あからさまに顔をしかめて春泉を睨みつけた。
「もしかして、クラスメイトを疑ってるの?」
辺りは喧騒に包まれた。
誰もかれもがその疑いを否定、あるいは批判するような発言をしている中、執行と冬原だけは、他人事のように沈黙を保っていた。
冬原にいたっては、もはや話し合いに参加する必要性すら感じていないようで、ずっとその意識は、窓の外に広がる3月の空に向けられていた。
「あくまでそういう可能性があるってだけだ」冷淡とも思われかねない返答をする。
「そんな、どうかしてるわ」
「もちろん、他の生徒だって結構な数の人間が知っているだろうし、教師陣については全員知っているはずだ」
「え?私たちがそんなことをするわけないでしょう」
唐突に矛先を向けられた鹿目川が、教師を代表して言った。
「鹿目川先生がこんなことをするとは思っていません。ただ、教師っていうのは、先生が思っているほどまともな連中ばかりでもない」
学校そのものの否定とも取られかねない発言に、彼女は苦い顔をして唇を噛んだ。だが春泉の前の学校での出来事を知っている以上、何も口を挟めなくなったようだった。
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