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ヘッドフォンを外して  作者: an-coromochi
一章 ここから先は、立ち入るなよ。
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仲良しごっこなら、よそでやれ。 2

学校って、周囲との違いを生まれてはじめて実感する場所ですよね。


考え方の違い、スクールカースト、能力値…。


ゾッとするけれど、美しい想い出が残る場所でもある…気がします。

 両耳の鼓膜を突き破るような轟音。


 近くの空を、どっかの国のテロリストが、爆撃機でも飛ばしているのかと思える大音量が、頭の中で反響する。


 何と形容したら良いのか、その適切な比喩表現の言葉を知らない、自分の語彙力の無さに歯噛みしてしまうような不協和音。


 この感覚は、きっと私たちにしか分からない。


 リフレインするその響音が、自分の中の不安をかき乱す。


 また、気を失って倒れたら、どうしよう。

 また、心臓が痛みだしたら、どうしよう。

 また、泣き出してしまったら、どうしよう。


 湧き上がる無数のもしもが、鼓動を打ち鳴らすポンコツなエンジンを、無理やり回転させる。


 エンジンの回転数が上がれば上がるほど、息が苦しくなって、まともに空気を吸えなくなりそうになる。


 パニックが起こる予兆に、懸命に意識を繋ぎ止めようとするも、自分の頭に春の虫のように湧き上がった恐怖と不安が、それを邪魔する。


 声が出そうになる。助けてって、叫びだしそうに。


 そんな情けの無い感情に必死に蹴りを入れて、ぎりっと歯を食いしばった。


 他人に縋るな。

 どうせ助けてくれない。

 そんなこと、ずっと前から分かっていたことじゃないか。

 呼吸をするんだ、呼吸を。


 そう脳から体に指令を出すも、まるで言うことを聞こうともしない体に臍を噛んでいた、そのときだった。


「どうしたの?」


 すぅっと爆音を打ち消すような純白の声が脳裏に届き、一瞬で我に返る。


 それから、春泉は問いに答える暇もなく、慌ててヘッドフォンを両耳に装着して、ノイズキャンセリングの機能を強に切り替えた。


 音の荒波が、数秒も経たないうちに消滅する。残ったのは、呑気に首を傾げて口を動かしている彼女の声だけになった。


「顔色悪いよ?大丈夫?」


 助かった、とほっと安堵のため息を漏らすも、周囲の気配が騒々しいことに気が付いて、苦々しく顔を歪める。


 執行の嫌な声のおかげで、フリーズした思考が動き出したのは間違いないものの、彼女のせいでこんな目に遭ったのも、また事実であった。


 そのため、素直に感謝なんて感じられないし、言葉にするなんて死んでも御免だった。


 音が止んだようなので、ほんの少し周囲の声が聞こえるようにヘッドフォンの機能を調節する。


「どうしたの?」

「分からない」

「もしかして、チャイムの音のせい?」

「えぇ?ただのチャイムじゃん」


 無数の匿名少女がぶつぶつと、好き勝手に呟くのが聞こえる。そこに執行の声がなかったことに、なぜか安心して、それにまた腹が立つ。


 その言葉を聞いた春泉は、ただのチャイムか、と苦々しく心の中で吐き捨てた。それから、目蓋の裏側で蹲っている自分の後ろ姿に、荒い口調で語りかける。


(ただのチャイムで、こんなに震えやがって)


 ただのチャイム、そんなことは分かっている。


 お前たちの知っているものが、私の知っているものと同義とは限らないんだよ。間抜け共め。


 どうせ理解などされないと、疎外感を全開にして唇を噛んで、下を向き俯く春泉に、優しい口調で執行が声をかけた。


「春泉さん」その声に、何となく顔を上げる。「何だよ」


 捻くれた目つきの春泉を、これでもかと思うほど、真っ直ぐな目線で見つめ返した執行は、少しの間だけ考え込むように黙った後、ちょっと待つように言って、自分の席に戻っていった。


 それから30秒もかからないうちに小走りで戻ってくると、執行はおもむろに白い紙を春泉の机上に広げた。


 B5ほどのサイズの白紙に、何やら一生懸命文字を書き出した。その最中も、鼻歌を歌うのをやめない。


 文字は、とても執行には似つかわしくない、繊細で細く、大人の女性のようなタッチだった。


 てっきり彼女のような姦しい女学生は、軒並み例外なく、丸文字を駆使しているものだとばかり思っていたから、意外である。


 文字を書き終えたらしい執行は、明るくも穏やかな笑みをたたえた表情でこちらを見つめると、その表情にマッチした落ち着いたトーンで言った。


 大人の女性のような雰囲気は、この教室においては酷く異質に見える。


「うちの学校、1、4限目の開始5分前と、授業開始、授業終了ドンピシャにそれぞれ一回ずつ鳴るから」


「はぁ?」何が、と聞こうとして直ぐに察した。「…チャイムか?」


「そそ」と執行は文字に目を落として相槌を打つと、さらに続ける。


「それが6時限構成で鳴って…、後は、朝と帰りのHRが始まる5分前、ドンピシャに一回ずつ、それから下校時刻の午後6時に一回――これで全部かな」


 まるで機械がテキパキと情報を整理しているかのように、滞ることなくスラスラと言ってのけた執行は、もう一度、頭の中でその情報の正誤を確認するかのように目を閉じると、深く頷いて目を開けた。


「うん。それだけ。間違いないよ」


 ハッキリと断言する口調に、意図せず胸に安心感が宿った。


 しかし、素直になるということをかなぐり捨てながら生きてきた春泉にとっては、「本当だろうな?」と口にするのがやっとのことで、とてもではないが、感謝など口にできそうにはない。


 何度も頷きながらその問いかけを肯定した執行は、チャイムの鳴る時間を手書きで記載した用紙をそのまま放置していくと、自分の席に今度こそ戻っていった。


 視線を落とし、その文字を眺める。


 9時に一時限目が始まる。もう直ぐだ。


 時間を確認しつつも、ヘッドフォンに意識を集中させた春泉は、思いのほか的確に自分の手助けをしてみせた執行の評価を改めざるを得ないと、内心一人で考えていた。


 馬鹿だが、意外と頭の切れる、嫌な声の嫌な女だ。


 春泉の思考がテレパシーになって、それを受信したかのように、執行が席に座ったまま春泉のほうを向いて笑った。

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


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