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ヘッドフォンを外して  作者: an-coromochi
四章 静かなほうが良かったです。例えそれが、嵐の前の静けさでも。
35/66

好みのタイプの話なんて、恥ずかしいからやめようぜ 2

ストーリーはゆるりと進行しておりますので、

よろしければ、みなさんもゆるりとお付き合いください。

 我ながら段々と妙な方向に加速する話が愉快になってきて、「そうだな…」と考え込む素振りをする。


 ぼんやりと、自分と同類でありながらこちらを気遣う余裕を持った大人の女性、鹿目川の顔が浮かんだ。


 そういう対象として考えるのであれば、一番彼女が最適かもしれない。

 しかし、ここでそれを言うと洒落にならないことになりそうだし、そもそも難聴については秘密にしてくれと頼まれているのだから、黙っていたほうが無難そうだ。


 次に執行の顔が浮かぶ。


 確かに彼女は、何だかんだ言って初めから自分を気にかけてくれていたので、正直、人間として好感を持っていないと言えば嘘になる。

 だが、そういう対象として候補に挙げるのは非常に憚られた。


 名前を出せば鬱陶しいことになると単純に予測できたし、そもそも大人からは遠くかけ離れている。


 そのうえ、ジェット機の騒音級に彼女はうるさい。

 声の質を考慮せずとも、元々がうるさすぎる。


 結局、最後にぼんやりと浮かんだ顔と名前を口にすることにした。


「強いて言うなら…冬原かな」

「え?」複数人の疑問の声が被る。「わ、私?」


 珍しく照れたように顔を赤くした冬原を見て、少しだけからかってやろうか、と悪戯心が春泉の胸の中に芽生え、口を動かした。


「まあ、精神年齢は同世代では一番大人だし、何だかんだ言って器量も悪くない」


「はは、そうかなぁ」とうなじに手を当てた冬原が呟く。その後ろで柊がぼそぼそと声を発している。「夕陽は駄目」


「頭が良いのも私好みだ。本も読むから話も合うし、何より静かで落ち着いた喋り口調が最高かな」

「…駄目だってば」


 あえて柊の呟きを無視していると、執行がつまらなさそうに「冬ちゃんかぁ」と声を上げた。


 本気にしているかは別として、彼女が静かになったことは僥倖(ぎょうこう)と言えよう。


 急にべた褒めされることになった冬原は、喜んでいるような、困っているような微笑みを浮かべると、小声で礼を告げた。


「ありがと、春泉」


 こういうところが大人なのだ。


 周囲がざわつこうと、動揺しようと、冬原はいつだって自分を手放す様子は見られなかった。それどころか、達観したように微笑むばかりなのだ。


 同世代の人間相手に、いや、他人相手に、自分もこうなりたいと感じたのは生まれて初めてのことだったので、春泉は本当のところ彼女のことを気に入っていた。


 ついさっきまでは、話してないで手を進めろ、と注意してきていた柊が、気づけば完全に資料をめくる手を止めて、落ち着きのない様子で冬原の顔を見ていた。


 手は、ずっと自分の指先を擦れ合わせている。蠅の仕草にそっくりだった。


 基本的に正論ばかり振りかざしてきて、面白味に欠ける柊だったが、もしかすると一番、突かれると弱いタイプなのかもしれない。つまり、からかい甲斐があるというわけだ。


 こちらが冗談で言っていると完全に理解しているらしい冬原は、照れたように笑いながらも、真剣に相手をするつもりはないようで、曖昧に首を傾げたりしては、こちらの意図を察しているかのように、時々百面相をしている柊と目線を合わせていた。


 彼女が水を差す前に、着火剤に火を点けておこう。


 春泉は、真正面の柊に向けて皮肉っぽい笑みを浮かべて言った。


「良い女だよなぁ、会長」

「夕陽は駄目だって…」


「何でだよ。いいだろ?別に」


 柊を低い角度から見上げる。同じ姿勢の場合、こうして見上げずに話さずに済む相手は、ほとんどいない。


「意地悪だなぁ、春ちゃん」


 隣の執行が顔をしかめて口を開いた。

 咎めるような声の中に、確かな好奇心が宿っているのは間違いない。


「いや、だって」

「だって?」執行と春泉の声が被る。明らかに興味津々だ。


 頭が固く、いつも堂々としている柊が、こんな反応を見せるのは新鮮だった。


 ただ、冬原だけは平然として、彼女の顔を時折覗くぐらいだった。もしかすると、冬原の前ではよくあることなのかもしれない。


 話題の中心になっているはずの冬原は、落ち着いたものだった。

 これだけ動揺を見せないと、子どもとしては…正直、異様だ。


 達観しているというか、諦観しているというか、何があったらこんなにも感情反応の閾値が低くなるのか、はなはだ疑問である。


 大人びてつまらない冬原はさておき、もう一度柊に視線を戻す。とうとう彼女は貝のように口をつぐんでしまった。


 そろそろ可哀想かなと、良心が自分の行動を引き止めにかかったところで、冬原が代弁するように口を開いた。


「ごめんね、春泉」


 石像のように硬直した柊の左腕を、ぐっと引き寄せる。その拍子に、柊が間の抜けた声と共に姿勢を崩す。


「私、蝶華の嫁だから」

「…はぁ、そうですか」


 本人は意趣返しのつもりで口にした台詞だったのかもしれないが、一番被害を受けたのは柊だったようで、これ以上ないくらい顔が赤く染まり、変な汗が前髪の隙間から輝いて見えた。


 もちろん、こちらとしても糖分の過剰摂取で、言わなきゃ良かったと後悔することとなった。


 執行が口笛を吹いて、その美しい声を揺らす。「冬ちゃん大胆」


 哀れなことに、あまりの羞恥心でその場に留まることすらできなくなったらしい柊は、慌てたように冬原の腕を払いのけて立ち上がり、自販機まで飲み物を買ってくると資料室から飛び出して行った。


 まさに脱兎のごとくである。


 柊の背中を、微笑を浮かべて見送った冬原は、その表情を崩さないまま告げた。


「可愛いでしょ、蝶華」


 確かに日頃の彼女の態度から鑑みるに、そのギャップは魅力的には感じられるものだったのだが、それ以上に、凪のように感情の起伏が乏しい冬原が少し不気味に思えてくる。


「お前は可愛げがないな」頬杖をついた状態で、横目に冬原を見る。「もうちょっと照れたり、慌てたりしろよ」


 はは、と渇いた声を出した冬原は、ふっと視線を本に戻した。


 話はこれで終わりだと言わんばかりの態度に、しょうがなく春泉もこれ以上のアクションを諦める。


 大人しく文章の作成に戻ろうとシャープペンをノックした春泉に、まだ話題の切り替えを行えていない執行が問いかけた。


「ねぇねぇ、さっきの本気?」

「さっきのってどれだよ」ペン先を、何度も文字を消した跡のある原稿用紙の上に触れさせて返事をする。基本的にずっとこの状態だ。


「冬ちゃんみたいなのが好みって話」

「あ?冗談だよ」

「ふぅん」興味無さそうに呟く。「じゃあ好みのタイプの話は?」

「アレは…まあ、本当かな」


 それを聞いた執行は、ふむふむと頷いて顎に手を当てた。


 人が考え事をしていると言うと、やっぱり頭に体の一部を触れさせている仕草をイメージしてしまう。


 ほとんど人類の共通認識と言っても過言ではないわけだが、起源はどこから来るのだろうか。


「私、真逆じゃん」ぼそりと執行が呟きを漏らした。


 その想像以上に深刻な響きに、じっと彼女の顔を凝視する。


 つい十分も前には、真逆のことを口にしていたのに。


 ほとんど独り言のように言葉をこぼした執行は、目を伏せたまま、考え事をするように無表情で机の一点を見つめていた。


 彼女が何を言いたいかも分からないまま、無意味にヘッドフォンに触れた。


 自分の指先からは、冬の終わりの生ぬるさを模写したかのような、絶妙な温度が伝わってきていた。


 その温もりに意識を委ねようとすればするほど、さっきの執行の言葉が脳裏に蘇ってきて、自分が何を考えたいのかが覚束なくなる。


 ふと落とした視線の先に、味気のない定番デザインの絆創膏が映った。


 何の変哲もない、つまらない印象を受ける絆創膏に、どこか自分が重なった。

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


ご意見・ご感想、ブックマーク、評価が私の力になりますので、


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