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ヘッドフォンを外して  作者: an-coromochi
四章 静かなほうが良かったです。例えそれが、嵐の前の静けさでも。
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好みのタイプの話なんて、恥ずかしいからやめようぜ 1

恋バナって、どうしてあんなに心が踊るんでしょうね?

 後日、直ぐさま全校集会が開かれた。


 集会では執行が受けた嫌がらせ――と呼称するには、些か行き過ぎた行為の説明がなされた後に、校内に貼り出されていた貼り紙についても説明があった。


 学校そのもののやり方を批判するような内容を、やたらとかしこまった文体で記されていたとのことだった。


 それとは逆に、執行に送られていた怪文書についてはほとんど説明がされなかった。それ自体が、不安を煽るからなのだろうか。


 そうして警察にも相談したということ、それから、もう冗談では済まされないということが話されたそうだった。そのラインを誰が引いたのかは分からない。きっと偉い人とかいう、匿名希望の連中だ。


 どうしてこんなに、又聞きしたような表現になってしまうのかと言うと、自分はその場にはいなかったからだ。


 以前も説明したと思うが、自分はマイクのハウリングに関しては、ヘッドフォンをしていようがいまいが、まず耐えられない。


 相棒なしでそれを味わう日が来るのであれば、それはきっと、自分が生まれ変わったときであろう。


 すでに再来週に迫っていた弁論大会だったが、その準備をする気分ではなかった。しかし、世の中気分だけでは、一度課された責任からは逃れられないらしく、嫌々ながらもまた放課後、資料室に残って筆を進めていた。


 今日は柊と、冬原、それに執行と全員が揃っている。


「進まない」と一つため息をこぼす。その原因は分かっていた。


 目の前で、資料を黙々とめくっていた柊が、そのため息に反応して顔を上げた。だが、すぐに呆れたような顔つきになって、再び資料に視線を戻す。


 それは隣の冬原も似たようなもので、彼女のほうが少し慈愛を帯びていただけだった。


 窓の外を一羽の烏が飛んでいく。けたたましい鳴き声が一瞬だけ資料室に響き渡るが、きちんとヘッドフォンをはめていたことで、大して驚きもしない。


 ギャアギャアと、化け物じみた叫びだ。


 まあ、話を戻そう。


 分かっている。二人の眼差しが少し非難めいていた原因は、自分の右腕に絡みついているこれのせいだ。


「おい、いい加減離れろよ」


 右腕を揺すってみるが、ほとんど動かない。

 血が止まるのではないかと思えるほどの力で、執行に両腕で抱きしめられているからだ。


「嫌です」

「嫌って言われても…」


 あの一件以降、元々懐かれていた執行に輪をかけて懐かれた春泉は、四六時中へばりついて回られるようになっていた。


 しかも、自分が執行の靴に仕掛けられていたカラクリを看破したことを、どうしてか執行が誇らしげにクラス中に伝播してまわったせいで、面倒な呼び名が付いてしまっていた。


「春ちゃんは私の嫁だから」

「あー!もうそれやめろ、どれだけそれでからかわれたと思ってんだ」


「ぶー、じゃあ私が春ちゃんの嫁になる」ようやく執行が体を離した。

「そんなもんクーリングオフだ」


 右の手首だけで執行を追い払うような仕草をすると、ムッとしたような顔になった彼女が、もう一度体を寄せてきた。


「だめ、期限切れです。返品不可」


 ある種の勲章みたいに目立って見える絆創膏は、昨日の執行に貼ってもらったものではなく、家の救急箱から取り出したものだ。


 春が間近に迫った3月の陽光を受けて、執行の色素の薄い髪がキラキラと光りを帯びる。

 深海に棲む発光生物の触手みたいな髪の毛から、高そうなシャンプーの匂いがする。


 つまり、良い香りってことだ。


 次に執行は、自分の顎をこちらのつむじに乗せて来た。

 意味の分からない行為だが、何故か満足そうだ。

 もしかすると、自分たちの身長差を再確認できて誇らしげになっているのかもしれない。


 どうやら何を言っても、もう執行は離れるつもりはないらしい。ここはさっさと諦めて、作業に戻ったほうが得策のようだ。


 少しだけ顔の角度を変えて、正面を向き直る。そこには、明らかにさっさと仕事に戻れ、と言いたげな柊の顔があった。


「分かっているよ」と唇を尖らせて、しばらくの間また原稿の推敲に戻る。


 もう5時を過ぎているが、外はまだ明るい。数週間前に比べて、かなり日が長くなっている気がする。


 生徒会の仕事をしているらしい柊、文庫本を読んでいるらしい冬原、携帯を弄ってばかりいるくせに、ぴったりと春泉にくっついて離れない執行。


 そして、ほんの少しだけ作業の進んだ春泉。


 かれこれ一時間以上、大してはかどりもしない文章作成のために机と向き合っており、春泉はもうすっかり集中が切れていた。


 シャーペンの蓋をノックして、芯を親指の腹で押して戻し、再びノックする。


 あまりにも無意味で空虚な作業に思えたが、今自分がするべき作業とほとんど変わらない気もしていた。


 コツン、とへばり付いていた執行の頭の位置がずれる。


 顎をこちらの頭の上に置いていたわけだが、彼女の体ごと下に下がって、ちょうど互いの顔の高さが同じ位置になっていた。


 さすがに少しだけ遠慮したように、べったりとは触れていないものの、時折こすれ合う執行の白い頬がくすぐったい。


 何をしているのやら、とほんの数センチ顔を執行のほうへと向けると、彼女も同様に少し顔を傾けているところだった。


 このままお互いに横を向いてしまったら、唇が重なりそうだ…、と妙なことが頭をよぎる。


 あまりにも駆け足で進んでいった思考に、一瞬何がなんだか分からなくなったが、すぐに自分が不可解なことを考えていたことに気が付いて、バッと体を離す。



 その姿を残念そうに見送った執行が、欲しい物を買ってもらえなかった子どもみたいに愚図る。


「えぇ、今さ、良い雰囲気だったじゃん」


 唐突に放たれた弾丸に、反対側に座っていた二人が顔を上げた。


「お、お前の気のせいだろ」


「ねぇねぇ、春ちゃんってどんな人がタイプ?」


 完全に一人で話の舵取りを行っている執行が、机の上に上半身を埋めながら言った。


 何度かのやり取りを繰り返した後、適当にでも答えなければ話が終わらないと悟った春泉は、何となくでもいいので、頭の中に好ましい人間像を描き出した。


「私の耳がこれだからな。静かで大人っぽい人」


「え、どうしよぉ!私じゃん」


 芝居がかったふうに驚いた真似をする執行に、机の下で蹴りを入れる。


「どこがだよ」

「まず身長が高い」まあ確かにそれはそうだ。

「他は?」

「スタイルが良い」

「さっきから外見だけじゃねえか」


 うんざりした口調ではあったものの、ついつい執行の下らない会話に付き合ってしまっていた春泉に、正面の柊がとうとう苦言を呈した。


「ちょっと、いい加減に文章を書きなさいよ」


 その指先は左半分が真っ白の原稿用紙を指していた。ちなみに右半分のさらに半分も、新雪が積もったようだ。


 ケチのつけようのない指摘に、しょうがなく頷きを返そうとしていた春泉よりも早く、隣にいた執行が再び芝居がかった様子で口を開いた。


「大人びていると言えば、柊とか?えぇ、もしかして、こんなのが好み?」

「こんなのって、失礼でしょう」


 不満全開のぼやきに、隣で黙って聞いていた冬原が吹き出した。


 そんな彼女へ小言を漏らしながらも、愛おしそうに見つめた柊は、こつんと冬原の額を指で叩く。


 糖度が凄い。生クリームが、死ぬほど積み上げられたパフェみたいだ。


 うんざりする甘さだが、まあ、見ているだけなら、その白のホイップは可愛くて癒やされそうだし、純白のクリームは魂を浄化するようにも思えた。


 無論、何度か口に含めば嫌気が差すような代物なのだが。


 片手をひらひらとさせて、否定の意思を表明する。


「勘弁しろよ、柊が一番無理」


 その発言が不服だったらしい柊が、少し声を大きくして問い返してくる。


「はぁ?何でよ」

「ふん、自分の胸に聞くことをオススメするぜ」


 トン、と言葉通り柊は自分の胸を軽く叩いた。スタイルの良い彼女がすると、嫌味のようにも映る。


「頭も良いし、運動もできる。それにスタイルも良いし、顔も良いじゃない」と自信満々にセルフプロデュースを始めた彼女に「そういうところだよ」と辟易した眼差しを送りつけた。

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


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