手の込んだ嫌がらせは、お断りだ。 2
ようやく、多少は事件らしいものが起きます。
予告、犠牲者。
そうだ、執行のことを一人目の犠牲者と言い切ってあるのに、予告するような文書だと感じたのは、まだ何も起こっていないからだ。
順番が前後していることは気がかりだが、こうなれば答えは一つだ。
疑いようもない確信を胸に、執行の靴をひっくり返す。
きっと中からは大量の画鋲が…。
「あ?」こちらの予想に反して、どれだけ振っても中からは何も出てこない。
「春ちゃぁん、もうやめてよぉ、変態さんだぁ」
「黙ってろ!」妙に色っぽさと情けなさを共存させた執行の言葉を、すっぱりと切り捨てるように春泉が声を荒げた。
そんなはずはない、この文章を成立させるのに、最も簡単かつ確実なカラクリを仕掛けるならここしかない。
思い切って、ローファーの中に手を突っ込む。
背後で執行が嬌声のような声を上げたのと同時に、熱い痛みを感じて、弾かれるように自分の手を引っ込めた。
「いっ…!」
「春ちゃん!」
右手の中指の腹に、すぅっと赤い線が入り、数秒もしないうちにぷつぷつと赤い粒が湧き上がってくる。
どうやら中敷きに、ボンドか何かでカッターの刃でも仕込んでいたらしい。ヒリヒリとする痛みに口元が奇妙に歪む。
しゃがみ込んだ春泉の背中に抱きつくように執行が身を寄せてくるが、自分の予想が的中したことで、不思議な昂揚感を感じていた春泉は、まるでその存在を意に介さなかった。
もう片方の靴の中にも手を突っ込む。
今度は慎重に、ゆっくりとだ。
指先に冷たい感触が触れる。
ご丁寧に、両足ともカラクリを施していたらしい。
今度は怪我をしないように刃を取り除く。右足、次いで左足。
「へっ、ビンゴだな」
取り除いた2つの刃をアスファルトの床に放る。
その後になって、これも証拠になったりするのかもしれないと思い直し、とりあえずひとまとめにして傘立ての縁に乗せた。
「うわっ」唐突に、ぐっと右手を引っ張られて変な声が出る。
力の加えられているほうに視線をやると、執行が涙目で傷口を見つめていた。
「ごめん、ごめんねぇ、春ちゃん」
また妙な気の遣い方をする。
どうして執行が謝らなければならないのかと不思議になって、渇いた笑いがこぼれる。
執行はバッグに手を突っ込んで、しばらく中をかき混ぜるように手を動かしていたかと思うと、中から絆創膏と市販の消毒液を取り出した。
「大げさだって、ちょっと切っただけだ」とは言いつつ、小さな切創からは結構な量の血が垂れてきていた。
じんじんと痺れるような痛みが、強がる春泉の鼓動を早める。
最近は情けない姿しか人に見せた記憶がなかったので、ここで格好つけておきたいところだった。
ただ、誰に対して格好つけるのかは分からない。
「痕が残ったりしたら、責任取るねぇ…?」
冗談なのか、本気なのか。
「んっ」
執行がガーゼで傷口を拭った。その拍子に変な声がこぼれる。
結局、詰めが甘いな。
苦笑いしていると、後は絆創膏を貼るだけといった状態の傷口を、じっと執行が見つめていた。
どうしたのだろう、と彼女の潤んだ瞳を凝視していると、おもむろに執行はこちらの中指を、その桜色の唇を開けて咥えた。
仰天して目を丸くしていると、チュッ、と無駄に色気のある音を立てた執行が色っぽい声を上げた。
「ん」もう一度、品のない音が鳴る。
「おい!何してんだよ、馬鹿!」
中指を咥えたままの状態で、怪訝そうにこちらを見つめる執行に、渾身の力を込めて怒鳴りつける。
「ふざけてる場合じゃねぇだろ!」
「いや、ごめん、この雰囲気ならイケるかなって…」
「ざっけんなぁ!」
どうやら確信犯だったらしい。
この数分前には、ぞっとするほどの悪意に触れていたというのに、執行のせいでそっちの出来事は嘘だったんじゃないかとさえ思えた。
だが、頭に血が昇ると同時に疼いた傷のおかげで、現実だと思い知らされる。
その下らないやり取りは、ああだこうだと言い合いをしている二人が、直ぐそばで立ち尽くしている玄上と柊に気が付くまで続いた。
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