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ヘッドフォンを外して  作者: an-coromochi
四章 静かなほうが良かったです。例えそれが、嵐の前の静けさでも。
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消したり書いたりを、朝と夜みたいに繰り返すのか? 2

寒くなってきましたね。

みなさんも、体調にはお気をつけて。

 弁論大会代表者の任を引き受けたことについて、本音を言えば、鹿目川が自分と同じ生きづらさを抱えた人種だったからである。


 彼女のために、ひいては自分のために面倒事を請け負ったわけだ。しかし、それをストレートに伝えることはできない。


 春泉は壁に並んだ事務機の中へと視線を移した。当然、面白いものは何一つとしてない。思考を切り替えるためにそうしただけだ。


 鹿目川は、自身の特性について誰にも言わないでほしいと口にしていた。

 話すべき人には説明してあるが、そうでない人には内緒にしてあるそうだ。


 余計な混乱や詮索を避けるためと言っていたが、確かにそのほうが色々と得策だとは思う。


 特別扱いというのは、良い意味でも悪い意味でも、あまり自分のためにならない。


 最終的に色々と迷った末に出た言い訳は、気が変わったのだという、自分の性格上無理のある、そして何より嘘臭さ100%の代物であった。


 納得した様子の見られない執行は、不審なものを見るような目つきで再び、「ふぅん」と呟いた。


 意外にしつこいな、と彼女を一瞥した春泉は思った。


 これは話題をすり替える必要があると察した春泉は、素早く話の矛先を、事態を静観していた柊へと振った。


「おい生徒会長様、この拗ねてる女に、お前たちの惚気を聞かせてやってくれよ」


「は、拗ねてないし」ぐっと体を寄せて覗き込んでくる執行。「拗ねてるだろ」


 彼女の良い匂いが自分の体の直ぐそばで感じられて、ほんの少しドキリとする。


 パーソナルスペースが狭い執行は、いつだって躊躇なく互いの距離を詰めてくる。


 女子校で生活していると、以前彼女が言っていた、『私たちの特権』というのを思い出すことが多かったが、今もきっとその謎の権限はフルに活用されているのだろう。


 すると、意固地になって至近距離で見つめ合っていた二人に対して、柊が深い溜め息を漏らした。


「私は別に、惚気てはいないのだけれど…」

「惚気てただろ」


「…また泣かすわよ」ギロリと本気で睨みつけられて、思わず息を飲んでしまう。


 あの日の強烈なエゴイズムを感じられる柊の瞳を思い出してしまったのだ。


 不意に強い力で体が引っ張られて、柔らかい感触に頭が包まれる。数秒してから、執行に抱きしめられているのだと気が付いた。


「何、柊ってば、春ちゃん泣かせたの」


 そう言えば、彼女もいたのだと思い返して、適当な言い訳を春泉のほうから返した。


 単純に、自分が怖くなって泣いてしまったことを内緒にしたかったというのもあるが、あの日は正直自分が悪かったと思っていたので、あまり柊の評判を下げるようなことになるのは避けたかった。


 借りっぱなしは御免だ。


 しかし、春泉が何を口にしても、「春ちゃんは黙ってて」の一点張りで、執行はまともにこちらの話を聞こうともしない。


 ついでに言うと体の自由も制限されたままだ。まあ良い香りはするし、柔らかいしで、害はない。


 強硬的な態度の執行をじっと見据えた柊は、失言だったというようにそっぽを向いて目をつむり、それからゆっくりと目蓋を上げて、淡々と呟いた。


「まあ、結果的には」即座に執行が応える。「駄目だよ」


 普段の彼女からは考えつかない機械じみたトーンに、自分も柊も執行の顔を注視する。


「柊だって、冬ちゃん泣かされたら怒るでしょ。それと同じだよ」


「同じじゃねえだろ」と訂正するが、ぎゅっと自分を抱く腕に力が込められただけで何の意味もなかった。


 お前は私の何なんだ、と言葉にせず口の中だけで呟いた春泉は、聞き分けよく頷きを繰り返した柊の態度に、釈然としないものを感じずにはいられなかった。


 間違いなく、面倒だから否定しなかったのであろう柊は、さっと視線を机の上の資料に戻すと印鑑を押し始めた。


 その事務的な流し方に、執行のほうも不服そうに唇を尖らせている。


 結局、邪魔をしに来たとしか思えない執行は、春泉が脳味噌をフル回転させて慣れない作業をしている横で、ずっと携帯ばかり弄っていた。


 それから下校時刻が近づいてきたチャイムが鳴ったのを聞いて、後片付けを始める。


 残念なことに、二時間前と今とでは、原稿用紙に刻まれている文字数に大した変化はなかった。


 せめて鹿目川がいれば、もう少しはかどったかもしれない、と春泉は小さくため息をこぼして、時計の針を見上げた。


 もう午後6時前だ。

 さっさと家に帰って、風呂にでも入ってもう一度構成を練ろう。


 すぐそこの階段を下りて、昇降口へ向かう道を進む。二段飛ばしくらいで階段を下りていく執行を、柊が危ないと咎める。


 もちろん、そんなことで行動を改める女ではない。


 重力の影響を感じさせないほど軽やかな足取りで、瞬く間に一階まで辿り着いた彼女は、まるで空から舞い落ちた鳥の羽毛のようだった。


 廊下には全く人気はなかった。ほとんどの生徒がすでに帰っているか、部活中で校内にはいないのだろう。


 何人かの教師とすれ違い、執行と柊は大きな声で別れの挨拶をした。


 両者とも声量は同じくらいだと言うのに、片や仰々しいイントネーションで、片やふざけたような口調でと全く違った。

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


ご意見・ご感想、ブックマーク、評価が私の力になりますので、


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