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ヘッドフォンを外して  作者: an-coromochi
三章 狼の真似をする犬。それにもなれない羊なんです。
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狼の真似をする犬。それにもなれない羊なんです。  1

二面性のある人って、ギャップがあって、私は好きです。

 4限目の授業が終わり、昼休みになる。エネルギー補充の時間というわけだ。補充したからといって、昼以降の授業を、意欲ある態度で受けられるとは限らないのだが。


 お手製の昼飯が入った弁当箱を手に立ち上がる。それから、教室の出入り口で自分を待つように佇んでいる冬原と、柊の元へと近寄る。


「どうした?行こうぜ」


 ここ最近では大した用事がなければ、基本的にはこの三人か、予定のない執行が一緒に昼食を取るのが恒例になっている。

 しかし、今日はどうしてか、二人とも妙な表情で直立不動になったまま、資料室へと向かう気配もなかった。


 春泉の提案に、曖昧な回答をして逡巡している様子の冬原。その視線の先を辿ると、ぼうっと虚空を見つめている執行の姿があった。


 普段は嵐のように騒々しく、あるいは、はしゃぎまわる犬のように落ち着きのない彼女なのに、今は見る影もない。明らかに何かあった様子だ。


 チッ、と舌を打つ。


 らしくない、ああそうだ、どうにも私らしくない。


 ズカズカと、魂の抜けたような執行の前へと移動すると、ゴトン、と彼女の机の上に弁当箱を置いた。


 正確には落とした、と言ったほうが適切だったかもしれない。きっと、中に入れていた煮物の汁が蓋面にこびり付いたことだろう。


「おい、飯だ、飯」執行は脚が長いのか座高が低く、立ったままの自分なら十分見下ろせた。「行かねぇのか」


「え、あぁうん。珍しいね、春ちゃんから誘ってくれるの」


 今まで白昼夢でも見ていたのかと思えるほど、ぼうっとこちらに焦点を合わせた執行を見下ろし、呆れたふうを装い、ため息交じりに告げる。


「暇そうだから声かけてやったんだよ、食べないのか」


「ん」煮え切らない様子で俯く執行。


 どこか、見ていて苛々する縮こまった、そして困惑したような執行の姿。

 それに対し、文句を吐き捨ててやろうと息を吸い込んだ瞬間だった。


 いつの間にか隣に立っていた冬原が、春泉の肩を軽く2回叩いた。柊にするそれとは全く違う、割れ物を扱うような触り方だ。


 少し、壁を感じてしまう。


 覗いた冬原の瞳が、ここは任せて、と言っている気がした。


「冬ちゃん…」


 執行のガラス玉の内側が、ほんの少し、安堵の陽炎を立ち昇らせたのが分かって、酷く惨めな気持ちになる。


 私だって、同じように手を差し伸べた。

 なのに、何でこの手を握らない。


 普通の人間じゃないからか。

 私みたいな人間の手は、握れねぇってか。


「別に来たくなきゃ、お前なんか来なくていい。うるせぇし」


「…春泉さん」


 冬原が、春泉の攻撃的な発言を咎めるように、小さく名前を呼んでくる。だが今は、そんな大人の対応すらも、春泉の神経を逆撫でした。


 冬原が何か諭そうとする気配を感じたが、それを執行が首を振って制したのを見て、ますます苛立ちは高まる。


 今が昼休みで良かった。


 もしも授業の合間の、10分程度の休み時間だったなら、クラスメイトの好奇の視線が自分たちに注がれていただろう。


 もう一度、静電気みたいな舌打ちをする。パチッと弾けた黒い感情を制御しきれず、わざと机にぶつかるようにして廊下のほうへと向かっていく。


「ちょっと、どうしたのかしら?」


 明らかに機嫌を悪くした春泉は、柊の声掛けを無視して廊下を真っ直ぐ、資料室の方角へと大股で歩いて行った。


 胸中に、黒ずんだ感情が渦巻いている。


 自分でも制御できなければ、名前を付けてカテゴライズすることもできない、石炭みたいな感情。


 こんなもの、さっさと飯と一緒に流し込んでしまおう。


 そう思い資料室の扉の前に来てから、鍵がなければ扉が開かないことを思い出した。資料室の鍵は、いつも生徒会長である柊か、その相棒である冬原が持っている。


 深い溜息を吐き出しながら、頭と両手の拳だけで扉にもたれかかる。ズルズルと下に下がっていく小柄な肉体は、どうしようもなく脆弱だ。


 中身も外も、自分の思い通りに動いてはくれない。


「鍵、開けられないわ。ずれてもらえる?」すぐ後ろで誰かが言う。大人しく従い、横に避ける。「子どもみたい、全く」


 オブラートを忘れた言葉は不愉快だったものの、その後、自分へ中に入るよう促した柊の表情が慈愛に満ちていて、牙を抜かれたような心地になった。


 机の上に即座に弁当を広げて、流し込むように口内へ突っ込む。自信作だったはずの煮物も、砂を噛んでいるみたいに味気ない。


 肌寒いこの一室は、四人で閉じこもるには狭いが、二人だとかえって広すぎる。両側の壁に沿って並べられた寡黙すぎる事務機が、じっと彼女らを見つめていた。


 春泉に比べ、一歩遅れて昼食の準備をした柊は、始めの数分間は無言のまま咀嚼を繰り返していたのだが、弁当の四割程度を胃に運んだ辺りで口を開いた。


「何をそんなに怒っているのかしら?」


 ちらりと、柊を上目遣いで覗く。


「怒ってる人間に、どうして怒っているのか尋ねるのは逆効果だと思うがな」

「いいから、言ってみなさい」


 まるで、保育士が幼児をなだめるように告げる。


 言ってどうなるとも思っていなかったが、事情を口にするまで、柊は退かないだろうことを、その上品な仮面の奥で煌めく黒い瞳を見て直感した。


 しばし、どうするべきか考えを巡らせる。結局、説明してもしなくても、どうせ自分には関係ないと判断して、事情を伝えることに決めた。


「執行の奴、私が気を利かせてやったときは微妙な反応してたくせに…」


 執行の困ったような、迷っているような表情が、振り子のようにして、再び自分の記憶のど真ん中に姿を現した。


 むしゃくしゃしながら、足を組み替える。

 その勢いが強すぎて、半ば大テーブルを蹴り上げるような形になってしまったが、元々非力な自分程度の蹴りでは、何の問題にもならなかったようだった。


「冬原が来た途端、アレだよ。そんなに私なんかの手は借りたくないかねぇ」


 冬原への嫉妬のような発言になってしまったので、些か自重すべきだという冷静な思考が首をもたげた。少なくとも、柊は良い気持ちにはならないだろう。


 柊が嫌な顔の一つでもするかと思っていたが、意外なことに彼女は真剣そのものといった顔つきであった。


 そして、顎に人差し指を当てて唸ると、何かしら結論が出たらしく顔を上げて口を開いた。


「そういうことじゃなくて、単純に夕陽のほうが相談しやすかったんじゃないかしら?」


 随分、ハッキリと言ってくれる。


 つまりそれは、自分よりも冬原のほうが頼りがいあると判断された、ということを意味するのではないか。


「は、どうせ私みたいな出来損ないの助けなんて、借りたくないんだろうよ」


 コンコン、と自分のヘッドフォンを片手で二度ほど叩いてみせる。


 くぐもった音が、ヘッドフォンと自分の耳との空間に木霊する。


 出来損ない、という投げやりな発言に顔をしかめた柊は、一瞬だけ明らかな嫌悪感を示したものの、瞬時に元の上品な大人ぶった女性に戻った。


「そんなことないわ」


「どうしてそう言い切れる?どうせ執行だって、私を使って、『可愛そうな人間を助けている優しい自分』を手にしたかっただけだろ」


 昨日の執行の顔が、様々なシーンを背景にして浮かぶ。


 遅刻してもまるで反省する様子のない顔。

 自販機コーナーで、無駄に理屈をこねくり回してきた彼女。

 人とぶつかりそうな私を、抱きとめたときの執行。

 何度言っても聞かない私に、怒った顔。

 映画館で見せた、少し自信のない顔。


 馬鹿馬鹿しい、何を同列で考えていたんだ。


 私は、執行とも、目の前のコイツとも、冬原とも違う。


 普通の日常生活を、普通に過ごすことすら覚束ない、ただの…。


 春泉の中に、揺らめく黒い感情が、烈火のごとく燃え上がった。


「アンタも、出来損ないを助けてやるのは、楽しいかよ」

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


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