忌々しい月曜日だ。
三章の始まりです!
事件の影はもう少し先ですが、
日常パートぐらいの気持ちでお読みください!
憂鬱さでいえば右に出るものはないと思える、魔の月曜日が始まった。
電車を下りて、学校の最寄り駅に到着する。それから数分ほど歩くと、自分が通っている高校が顔を見せた。
ふうっ、と息を深く吐きながら、春泉は伸びをして校門へと続く道を進んだ。まだ二週間程度しか歩いていない道だが、もう何年も歩き続けたかのように退屈だった。
ただ、冬の空気は美味い。朝のまどろんだ意識に、格別に効く。
ちょうど、校門へと続く坂の真下で、この世界における数少ない知人と出くわした。
どうしてそのような曖昧な呼称を使っているかというと、自分自身、彼女らとの距離感を測りかねているからだ。
並んで歩く二人のうち、身長の低いほうが片手を上げて微笑んでみせる。それに続くように、もう片方の身長が高い少女が同じように手を上げた。ただ、彼女のほうは、嘘臭い微笑みを浮かべている。
声をかけられる前に、ヘッドフォンの具合を確かめる。
よし、ノイズキャンセリングはちょうど良いはず。
毎回毎回機能を調節するのが面倒で、昨夜、程良い具合に調節を試みていたのだ。
「おはよう」一応、こちらも片手を上げる。「おぉ」
実際の肉声で試すわけではないので、上手く行けばいいな、ぐらいの気持ちだったが、どうやら成功したようだ。
自然と足並みを揃える。どうやら三人一緒に教室に行くことが確定したらしい。
枯れ葉だけで構成された、緩い傾斜の並木道。
他愛のない会話、なんて高度な技術は自分にはないため、ほとんど冬原と柊の会話を聞いているだけになっていた。
「夕陽、髪が跳ねているわ」冬原の髪を手櫛で整えようとする柊。
「え?本当?やだなぁ、家を出る前に教えてほしかったな」
「昨日ちゃんと乾かさなかったからでしょう?私の言うこと聞かないから…」
「だって、あのときは…」
ちらりと、冬原が柊の顔を見上げた。少し上目遣いになっているその仕草から、とてつもないあざとさを感じる。
その力をまともに受けてしまったらしい柊は、顔を真っ赤にして、視線をあちこちさまよわせ、狼狽えた。
そんな二人の様子を、半ば他人のフリをしながら観察していた春泉は、可能な限り自分の存在感を消そうと努めてはいたのだが、時折思い出したように話を振られ、逆に困惑してしまっていた。
明らかに、昨夜は一緒に過ごしていたようだ。
まあ、別にだから何だと、余計な詮索をするつもりはないのだが…。
話の節々から感じられる、『普通の友達』を遥かに超越した空気感に酔いそうになる。
教室の前の廊下まで辿り着いたところで、冬原が思い出したように声を上げた。その拍子に揺れる黒髪を目で追う。
「そういえば、昨日はどうだった?」
「どうって、何の話だよ」
おそらく、執行と出かけたことを聞いているのだろう。しかしながら、今の質問に関しては、そのままそっくり二人にもぶつけたくなる。
もちろん、そんな無粋なことはせず、淡々とした調子でしらばっくれる。
「えぇ、教えてくれないの?」冬原の真っ直ぐな視線に、すぐに誤魔化す気が失せる。
「まぁ、普通」
「普通って、春泉さん、執行さんがそれを聞いたら残念がりそうよ?」
どこか嬉しそうに、口を挟んだ柊。
「蝶華は分かってないよ」
少し呆れたふうに、冬原が歩調を緩めてこちらを見た。
「あれだけ執行さんを面倒臭がってた春泉さんが、『普通』、って言ったんだよ?」
「おい、妙な解釈するな。無事に目的は果たせたってことだよ」
当然こちらの冷静な発言よりも、可愛い冬原の意見を贔屓した柊は、「確かに」などと言ってしきりに頷いた。
このままでは埒が明かないと考えた春泉は、適当な返事をして話を有耶無耶にしようとしたのだが、教室の扉を開けた先でばったり出くわした人物のせいで、そうもいかなくなった。
「あ、春ちゃん、おはよ!」今日も、左側の耳に髪をかけたいつもの髪型だ。「昨日は映画館デート楽しかったねぇ。また行かなくちゃ!」
「ちょ、おい」
発言を訂正させる暇もなく、執行は、「職員室に行ってくるね」と告げて、電光石火の勢いで走り去っていく。
いつも、いつも忙しそうなやつだ。
まあ今の発言に、昨日の一件について訂正させるべき箇所はなかったかもしれない。ただ、タイミングが悪い。
物事は、全て真実を語っていれば万事解決、というものではないのだ。
背後で二人のうち、どちらかが笑い声を漏らしたのが分かった。もしかすると、二人とも笑ったのかもしれない。
「何だよ」と精一杯ドスを利かせた声を出して、彼女らを振り向く。だが全く効果はなかったらしく、いっそう生暖かい笑顔を向けられただけだ。
「無事に目的は果たせた、ねぇ…」
意味ありげにこちらを見下ろす柊に、チッ、と舌を鳴らす。
「いいだろ、別に映画くらい。普通だよ、普通!」
ドスドス、と足音を立てて不機嫌さをアピールしながら席へと向かう春泉。
そんな彼女の背中を生暖かい目で見送った二人は、一つの大きな川が支流へと裂けるように、別々の席へと移動していった。
冬原たちのために再調整された相棒は、周囲の名前も知らないクラスメイトの煩雑とした声もかすかに拾うようになってしまったが、普段が強力過ぎただけで、コレが普通の具合のはずだ。
彼女たちは、外に広がる寒空のようにつまらない、渇いた話題を口にしている。
普段なら顔をしかめてヘッドフォンから叩き出すところだが、今日は何故だか許容することができた。
忌々しい月曜日だというのに、どうしてか気分は悪くない。
青空のようにとか、澄んだ川のように、などとは、決して言えたものではないが、まあまあの清々しさだ。
まるで夢を諦めた後のような、勝手な束縛から逃れられた解放感。
なんて、ここ数年夢なんて見たことがないくせに。
眠っているときも、起きているときも。
HRが始まる5分前のチャイムが鳴る。普段よりかははっきり聞こえるが、問題はない。
同時に、教室に戻ってきた執行の姿を自然と目で追う。自分の直ぐそばを通った彼女だったが、見向きもしなかった。
路傍の石のような扱いを受けた春泉だったが、執行の様子が少しおかしい気がして、思わずその背中を凝視する。
らしくないな、と考えながらも、それは一体誰の話なのだろうか、と少し自嘲気味に春泉は笑うのだった。
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