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ヘッドフォンを外して  作者: an-coromochi
二章 どうせなら、無声映画みたいな逢瀬を所望します。
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無声映画みたいな逢瀬を所望します。 2

こちらで二章は終わりとなります。


よろしければ、今後もお楽しみくださいね。

 映画が始まってもなお、世界は静謐に満ちていた。


 一歩一歩、スクリーンに近づく。


 春泉は投影されている映像を、神に縋る信者が、その神を目の当たりにしたときのように見つめていた。そうして、呆然と口を半開きにし、緩やかな速度で執行の隣まで戻る。


 彼女の右隣に座ったところ、どうしてか左隣に座るようお願いされた。

 理由は資料室でもいつもこのポジションだから、らしい。わけが分からなかったが、別に断る理由もないので、左側に座り直す。


 隣の執行が生きていることを示す空気の揺れ以外、一切の音が消え失せている。


 自分の想像が当たっていること確認するために、ヘッドフォンを外す。


 ほんの少し、辺りの物音が大きくなったが、だからといって不快感が増したわけでもなく、やはり不必要な音はまるで感じられない。


「無声映画か」ぼそりと、こぼれた自分の呟きこそ、余計な音のようにすら思える。「初めて見た」


 春泉の声も聞こえていないかのような執行の横顔。ただひたすらに、この音のない物語を見つめている。


 自分と執行、二人だけの館内。


 その空間が静寂に満ちていることは、何かを予感させる神聖さを、この慎ましやかな胸に落としている。


 スクリーンの中では、無音なりとも、確かにストーリーが描き出されていた。


 ストーリーテラーなどいなくとも、紡がれ始めた物語は勝手に進むらしい。

 転がりだした岩のように、画面の中では有名な映画が滞りなく流れ続けている。


 そうしてしばらくの間二人は、黙って映画を見続けていた。

 コーラもポップコーンも無い映画館デビューだったわけだが、決して悪くはなかった。


 しかし、これでこの映画館が日曜日なのに閑散としている理由が分かった。今の時代で無声映画なんぞ流しても、客が来るわけがない。


 余計な音の存在しない、流行の映画と比較して見れば退屈極まりない映画。


 だがそれは、自分がこうしてここにいることを認められたような錯覚をもたらすには、十分すぎるほど、自分の感性と体質には適していた。


 もしかすると、こんなふうに無声映画を楽しめるのはこの時代、この世代では自分だけなのではないかという傲慢さえ感じられる。


 ただそうなってくると、隣の執行は退屈のるつぼにいるのではないか、という疑問が生じてしまう。


 ちらりと、執行の顔を横目で確認する。そこに広がる湖面は、数十分前からずっと穏やかに凪いだままだ。


「なぁ執行、お前は退屈じゃないか?」


 それを妙な形で受け止めたらしい執行が、少し眼尻を下げた。


「あれ?もしかして、つまらなかった?」


 ヘッドフォン無しで響いてくる執行の声は、やはり神経をかき乱す何かがある。


「いやいや、凄く面白い。中身云々じゃなくて、無声映画自体が初めての経験だからさ」


 ふふ、と執行はほっとしたように笑うと、「初体験、貰っちゃった」とわざと息を多めに喋って、艶めかしさを演出しながら、続ける。


「まあ、私は春ちゃんが喜んでくれたら、それで楽しいし」


 数秒前の馬鹿みたいな発言よりも、きっと今の言葉のほうが何倍も重要なのだと直感する。それが、彼女の本当に言いたかったことだろう。


 話はお終いだ、というふうに真正面を向いた執行にならって画面に視線を戻す。ちょうど、仮面を装着した男が、ヒロインをさらって行くシーンであった。


 それから十分程はまた黙って見ていたのだが、途中でぽつりと執行が声を発した。


「理由、探してた」


 急すぎて、何の話をしているか分からなかった。ただ、この静けさと、ヘッドフォンを外していたこともあって、ただでさえ響く彼女の声が嘘みたいに頭を揺らした。


 だが、自分も初めてのことで多少興奮しているのだろう、その程度は何の弊害にもならなかった。


「さっき、ショッピングセンターを出た後、このまま帰るのかなぁって、寂しかった」

「さ、寂しいって…」


 二人の視線は、画面に釘付けのままだ。


 もちろん、その視線が見ているものは画面というよりも、自分の頭の中であることは間違い無さそうである。その証拠にストーリーが佳境に入っても、画面中央の一点を注視したままだった。


「春ちゃんが、一緒にいてくれる理由、探してた」

「お、おう。そっか」


 そんなことせずとも、素直に言ってくれればもう少し一緒にいたのに。

 あ?いや、違う。そんなこと、別に…。


「サイレント映画を流してるところがあるのは、知ってたから」


 執行は、このシアターの従業員と知り合いだったように見えたのだが、勘違いだろうか。


 一瞬だけ、執行の瞳が揺れた。

 何かを迷う、あるいは逡巡するように。

 感情という炎が、風に吹かれ揺らめいたようだった。


「今日、どうだった?」


 ぴくり、と執行の囁きに鳥肌が立った。


『感じてるみたい』という執行の言葉が蘇り、まさかな、と口をきゅっと閉じる。


「…まぁどっちかと言うと楽しかった、けど」はっきりとしない返答に、「けど?」と執行が聞きなおす。


 別に理由があって言い切らなかったわけではなかったので、困ってしまう。とりあえず、少し前から気にしていたことを問いかけた。


「何で、ここまでしてくれるんだ?」

「何でって…」


「私、別に可愛げのある人間じゃない自覚はあるからさ、多分、親切をされても、執行の求めているものは返せない」

「求めているもの?」不思議そうに彼女は繰り返した。「私、何か求めているように見える?」


「そうじゃないなら、私みたいなのに関わらないだろ」


 執行は春泉の言葉を聞くと、「そっかぁ」と短く呟いてから、気を取り直すようにして、また声を発した。


「似てるからかなぁ、私たち」

「ぞっとしない冗談だな、それ」


 ふふ、と執行が微笑んだ。その小さな笑い声に、胸が熱くなる。


「春ちゃん、手」


 彼女の瞳に、スクリーンに映ったモノクロのシーンが投影されていた。真っ白い頬には、稲光を浴びているかのような閃光が瞬いている。


 白と黒の、刹那の連続。


 それを飲み込むようにして彼女が目を閉じ、手を伸ばしてくる。


 執行の透明感のある声に導かれるようにして、こちらからも手を伸ばした。


 ゾクゾクするような響きが、背筋をなぞる。


「また、一緒にデートしようね」


 キュッと繋がった指先は、映画が終わるまでずっと一つに重なったままだった。


 私らしくないな、と自覚しつつも、執行のおどけた表情とは真反対の声音で発せられた言葉に、口元を歪めてしまった。


「ま、気が向いたらな」

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


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