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ヘッドフォンを外して  作者: an-coromochi
二章 どうせなら、無声映画みたいな逢瀬を所望します。
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ハンバーグに、添え物の気持ちは分からないよな。 2

「春ちゃん!」


 気づけば真後ろに来ていたらしい執行が、春泉の手を軽く引いた。


 その直後に、春泉のそばギリギリを、複数人の若い男が通り過ぎて行った。


 あわや、ぶつかるところであった。


 容姿からして明らかに、社会からはみ出した集団だったため、内心ドキリとする。ぶつかったら、本当に因縁をつけられたかもしれない。


 まあ、社会からはみ出しているという意味では、自分も同じかもしれないが。


 また助けられたわけだったが、どうしても素直に礼が言えず、「離せよ」と子どもみたいな反応をしてしまう。


 つい、どんな言い方をしても気にしない執行に甘えて出た言葉なのだが、振り返った彼女の顔は酷く冷徹で、まるで別人のような恐ろしさがあった。


 ぐっと、体を強く引っ張られる。ぐんぐんと進み出した執行に連れられて、施設の中心部から遠ざかっていく。途中、どれだけ声をかけても執行は止まらなかった。


 そうして建物と建物を繋ぐ、吹き抜けの中通路に出ると、ピタリと執行が立ち止まって、近くのベンチに腰を下ろした。


 それに伴い、半ば無理やり春泉も隣に座らされる。


「気をつけなきゃって、言ったよね」


 その冷たい声音と、急に人の話も聞かず自分を引っ張った執行が少し怖くなった。


「悪い」この間の冬原のときとは違う意味で、素直に謝罪の言葉が出た。

「本当に思ってる?」

「ご、ごめんって」


 執行の鋭い切り返しに、自分の中のなけなしの強気さが弾け飛ぶ。


 自分の体もストレスを感じ始めたのか、執行の声がいつもより脳味噌の奥で響いていた。


「春ちゃんだって、怖い思いをしたくないでしょ?」


 今はお前が一番怖い、という言葉が頭に浮かんだが、それを口にする勇気は微塵もなく、勝手に肩が丸くなる。


「…まぁ、うん」


 無言の時間が流れたので、どうしたのだろうかと、チラリと様子を窺う。


 そこには、何かを考え込むような執行の横顔があった。何でこんなに怒られなければならないのか…と不満が込み上げてくる。


 確かに執行が呼び止めたり、手を引いてくれたりしなければ、他の人とぶつかってしまいそうな場面が何度かあったが、それだけで、こんなに人が変わったように怒らなくてもいいではないか。


 じっと見つめていた執行の瞳が横方向にスライドし、自分と目が合った。それだけで身が縮み、目を逸らす。


 結局、自分はこうだ。

 性根は臆病者で、情けの無い人間代表。


 口ではどれだけ強がって見せても、こうして純粋な圧力の前には、怯えて顔色を窺うような人間。


「ま、手間が省けるか」


 ぼそり、と執行が呟いた。


 普通の人ならば上手く聞き取れないような声量だったが、意図せずとも拾い食いしてしまう両耳が、きっちりとその言葉を拾い上げていた。


 手間、とクエスチョンが浮かび、もう一度執行を見やる。


 すると執行は、もう普段の穏やかな表情に戻っていた。


「ま、反省してるならオッケー!」


 跳ね上がるように立ち上がった執行に続いて、春泉も腰を上げる。


「し、執行」ぴくりと彼女が反応する。「悪かった、迷惑かけたな」


「いいって、別に。ごめんね?怒ったりして。はい」


 そう言って差し出された掌に、じっと視線を落とす。


 何だ、何を置けばいいのだ?

 まさか、迷惑料を要求しているわけではあるまい。


 説明を求めるように顔を上げると、執行は不思議そうに首を傾げていた。


 終わらぬ冬の風が、執行の髪を美しく揺らした。


 まるで絵画みたいだ、と春泉は思った。


 今、この一瞬を切り取って、絶対零度で凍結できたのであれば、誰もが一目見たくなる作品となるに違いない。


 そう断言できるほど、執行の表情は様々な感情を内包していて、綺麗だった。


 単純な美しさとは違う、色とりどりの、複雑な物質にのみ許された輝き。


 ぼうっと彼女の顔を見つめていると、執行は、ふと微笑んだ後、口を開いた。


「手、繋いでおけば、もう危なくないでしょ」

「はぁ?」


 執行の様子が元に戻ったことで、自分の中にある塵のような反抗心が再び顔を上げた。


「嫌だよ、そんなの。自分の右手とでも繋いでろよ」

「ん?何か言った?」


 こちらの嫌味を、意にも介さない様子で執行がまた首を傾げる。


 どことなく有無を言わせない雰囲気に、種火すら起こせそうもない塵が吹き飛ばされる。


「き、気を付けて歩くから大丈夫だよ」

「でも、あんなに何回もぶつかりそうになるんだから、そういう問題じゃないよね?」


「いやぁ、でもさぁ…」さっと目線を逸らし、俯いて上目遣いで執行を見上げる。「恥ずかしいだろ」


 人通りが少ない中通路とはいえど、すでに横を通りすがる人からの視線が痛い。

 きっと、冬の風のせいだけではないはずだ。


「もぅ、春ちゃんは恥ずかしいのと、怖い目に遭うの、どっちが嫌なのさ」


 ここで言う、怖い目とは一体何なのか。


 もしかするとさっきみたいに、執行に淡々と叱られることだろうか。

 だとしたら、天秤は前者に傾く。


 執行がもう一度、声を上げながら手を差し出した。


「ほら、お手々つなごう?」


 もしかすると、執行が口にした省けた手間は、これのことだろうか?


 私がぶつからないようにするため、手を繋いだほうが早い、と思っていたのかもしれない。


 それにしても、こうも強引に来られると駄目だ。


「…あんまり、子ども扱いすんなよな」


 春泉はそう言うと、自分の指先同士を絡めた。


 まるで、執行と繋ぐ前に、予め温めているような動作。その後、渋々執行の手を取る。


 ほとんど指先を掴むだけのような触れ方だったのだが、それでは満足しなかったらしい執行は、白魚のような指の一本一本を、春泉のそれに絡めさせた。


 ほぼ反射的に体が跳ねる。

 全身に力が入ってしまい、発熱しているのではないかと思うほど、色々と熱い。


「なぁ執行?これじゃ、妙な勘違いされるだろ。せめて普通に繋げよ」

「えぇ?女の子同士なら普通だよ」


 普通か、普通なのか?


 脳内会議で採決を取ろうとするが、全員慌てふためき、議事堂を駆け回っていた。これでは、まともな話し合いは期待できない。


「じゃあ、次はどこを見ようか?」

「…もう帰る」

「オッケィ、本屋だね。春ちゃん、休み時間によく読んでるもんねぇ」


 本当にそう聞こえたのだろうかと疑いたくなるくらい、自然に話を自分の流れで進め始めた執行に手を引かれ、二人は喧騒の群れの中に戻ることとなった。

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


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