ハンバーグに、添え物の気持ちは分からないよな。 1
ハンバーグの添え物って、何が一般的なんでしょうね?
沢山の人とすれ違いながら、女性衣料店が無数に立ち並んでいる一角に足を踏み入れる。
こうしたショッピングモールに来るといつも考えるのだが、こんなにもレディースの衣料品店をテナントとして入れる必要が、どこにあるのだろうか。
もっと他の種類の店を入れたほうが、よっぽど有意義な建物になりそうなものだ。素人の考えだとも分かっているが、どうしても不思議でならなかった。
「ねぇ、ちょっと寄り道してもいい?」
そう言った執行が指差したのは、若い女性向けの衣料品店だった。ありていに言うと、ギャルが着ていそうな服を取り扱っている店だ。
「勝手にしろ、私は――」
ここで待っている、と続けようとしたのだが、冒頭だけを聞いた執行は喜びの声を上げながら、春泉の手を握り、店内へと早歩きで向かった。
春泉の抗議の声など、まるで無視した執行は、陽気なテンションで「ゴーゴー!」と余った手を上げている。
手が余っている、と考えたのは、今自分の手を掴んでいる執行の白い手は、本来の目的を果たしている、と感じているからなのか。
そんな、一銭の価値もない思考を巡らせているうちに春泉は、もう引き返せないくらい、店の深奥まで足を踏み入れてしまっていた。
辺りを見渡せば、派手な服を着た女性に囲まれていた。
どいつもこいつも濃い化粧をして、何かを誤魔化しているみたいだった。
あるいは、何かから身を守っている、だろうか。
心なしか、香水の匂いも倍近くキツくなっている気がする。
執行の髪から漂ってきていた良い香りも、ここでは乱暴にかき消されてしまっていた。
「うわぁ、これなんて良いんじゃない?」
そう言って服を手に取る執行を、初めのうちは興味無さそうに見つめていた春泉だったものの、握られていた服の胸元が異様に開いているのを見て、無意識で声を上げてしまう。
「本気かよ…。そんなのもう、露出狂じゃねぇか」
その一言に、二人のそばにいた女性の店員がジロリと横目で春泉を睨みつけた。
彼女たちもそういう趣味かと思える短いスカートに、胸を強調した服を着ていたため、気に障ったようだ。
「はは、下に着るものに気を遣うから、良いの」
「そんなもんか」と今度は控えめな感想に留めておく。「そんなもんよ」
執行はそう言うが、彼女が次に手に取ったのは、普通では考えられないほど短すぎるスカートだった。
「いや、それはもう下に着るものが見えちまうだろ。何履いていようと、そもそも見えたらアウトだぜ」
「えぇ、見せパンってあるじゃん」
「ねぇよ」信じられない、と腕を組んで呆れ顔になる。「変態か…?お前」
その下に履いている下着も、見せパンとかいうわけの分からないものなんだろうか。
じっ、と執行のロングスカートを凝視しているうちに、彼女はわざとらしい高い声を出した。
「いやぁん、春ちゃんのエッチ」
「チッ、死ね」
遠慮することなく最大限の舌打ちをかますと、かえって執行は満足したように笑った。
「さすがに冗談だよ」
「どれがだよ」
ジョークだと思える発言ばかりだったので、執行の言うことのどれが冗談なのか、春泉には分からなかった。
デコルテが露出している服を評価したことについてなのか、それとも、履いている下着の話なのか、はたまたそれが普通だと言うことがか…。
執行は、春泉の問いに笑みを浮かべたまま、「全部だよ」と返す。
初めのうちから、からかう気だったのか。多少、業を煮やしたが、ある意味安心もできたので良しとする。
隣を歩くクラスメイトが、痴女じみた格好を好むとあっては、落ち着けないのも当然だろう。
それから、執行が満足するまで店内を見て回り、続けて隣のレディース店、そしてまた隣の店へと、飛び移るように移動していった。
自分の目には、大して変わらない服ばかりのように見えるのだが、世の中の女性たちにとっては違うらしい。
春泉の頭には、通路を川に見立て、船を飛び回る、八艘飛びのイメージが湧き上がっていた。それくらい、執行は機敏に方々の店を動いて回っていた。
突然、服を選んでいた執行が、こちらの胸元に押し付けるようにして服を当てたので、思わず変な声が出た。
「お、おぉ、何だよ急に」
オットセイみたいだと、何となく思う。
オットセイの声などまともに聞いたことはない。海獣への、偏見に満ちた印象だ。
執行は、ラックに吊るされている他の色違いのワンピースを、春泉の体に交互に当ててみせると、小さく唸り声を漏らした。
「どっちがいいかな」
その発言に顔をしかめる。
「買わねぇぞ」
「分かってるよぉ、買わなくても楽しめるのが、私たちの特権じゃない?」
私たち、とひとくくりにされるのは強い違和感がある。
明らかに、執行と自分は違う生き物だ。
年齢も性別も同じだが、住んでいる場所が違う。
淡水と海水ぐらい違うのだ。
「ん、やっぱり似合う」
執行がそう言ったときに手にしていたのは、黒基調の布地に、赤のリボンが付いたワンピースだった。
「ちょっとした喪服だろ、コレ。似合わねえよ」
苦々しい顔をした春泉に、執行が珍しく不服そうな声を出す。
「そんなことないよ、ゴシック系で可愛いと思う。春ちゃんに似合うって」
そう言われて、思わず横のスタンドミラーに映った自分の姿を確認した。
やはり喪服感が否めないが、両耳を覆う黒のヘッドフォンのおかげで、そういうファッションに見えないこともない。ただ、コスプレじみて見えるのも事実だった。
それよりも、ほんの少し満更でもない表情を浮かべている自分の顔に気づいて、苛々してしまった。
(チッ、何を呑気に楽しんでるんだか)
直ぐに、隣に並んだ執行との身長差を意識して、白けた気持ちになる。
どう見ても、私は執行の引き立て役だ。
添え物みたいなもの。執行がハンバーグなら、私はせいぜいナツメグかパセリあたりが関の山だ。
「ったく、さっさとしろよ」
「えぇ、何怒ってるの?」
「気にすんなよ。どうせメインに添え物の気分は分からねえ」
文句を口にして、執行のお節介から身を離し店から出る。
そんな春泉を、慌てた様子で追いかけて来る執行がまた何か言うが、構わずぐんぐんと、あてもなく進んだ。
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