こんなん、デートなんかじゃねえし。 2
変わり者同士でくっつくのが、
きっと互いに幸せなんじゃないですかね。
自分の変わったところも受け止めてくれる人が、
本当の意味で、
自分を愛してくれているんだと思います。
つまらないことを言ってしまいましたが、
是非、お楽しみください。
「春ちゃんとデート、嬉しいなぁ」とお気楽な調子で彼女が告げる。
「おちょくってんのか、お前」
執行はカフェオレを、春泉はブラックコーヒーを自販機で買った。
本当は自分もカフェオレが良かったのだが、どうしてか彼女の前では、大人の味をチョイスしてしまった。
嫌いではないが、好きでもない。
そんなことを考えて、半分以上入っている缶コーヒーをじっと見つめた。
世の中、そんなものばかりだ。好きでも、嫌いでもないもので充満している。
どうでもいい飲み物、歌、政治、家族、クラスメイト、世界情勢、枚挙に暇がない。
好きなものが沢山挙げられる人間は、幸福だと思う。
そう思えるのは、自分にそれが無いからだろうか。
しかしながら、欲しい物が沢山ある人間は、かえって不幸に見えた。
その多くが、どうせ手に入らないからだ。
期待、羨望、嫉妬。
それらが一種の病原菌のように蔓延したこの世界だから、その悲鳴や罵声から耳を塞ぐためのヘッドフォンが必要になってしまう。
すっと、相棒を指でなぞる。
冬の外気にさらされて、かわいそうに、すっかり冷たくなってしまっていた。
その冷気にあてられるように、自分は何をやっているのか、と急速に思考が冷却されていく。
どうして、私がこんなどうでもいい人間と、どうでもいい時間を過ごさなければならないのか。
その不満が態度か顔に出ていたのか、不意に、執行が低く穏やかな口調で声を発した。
「何か今、難しいこと考えてる?」
子どもに聞くみたいな、慈愛じみた音色を感じ、無性に腹が立った。
「難しいことかは知らないが、何で私が、お前とこんな時間を過ごさなきゃならないのか、自問自答してたとこだよ」
「えぇ、春ちゃんがいいよって言ったんじゃん」
「チッ、私にも色々とあったんだよ」さらに、「下らねぇ」とそっと小さく付け足す。
その一言を、大きな声で言えないのは自分の弱さなのだろうか。
執行はその侮辱に近い言葉を聞いても、顔色一つ変えずに黙り込んで、こちらを見つめていた。
その片手に握られているカフェオレが温めたのか、吐き出される息はさっきよりもずっと白い。
彼女はそうやって、十秒ほどこちらに視線を送っていたかと思うと、不意に、注ぎ過ぎた水がコップから漏れるように、呟きをこぼした。
「下らなくないものなんて、何かあるの?」
意味深な発言に、反射的に執行の顔を見上げる。
自分はベンチに座っていて、彼女は立ったままだったので、より首の角度がキツくなる。
「どういう意味だよ」
「私たちが手にするもので、初めから意味のあるものなんて、あるのかな」
思わず、言葉を失う。
執行の言葉の意味が、明確に理解できなかったこともその原因の一つだが、それ以上に、彼女の口から出た言葉が哲学的というか、概念的だったことが一番の理由である。
「何だって、重ねた上でしか、その真価は発揮できないと思う。初めから遠くへボールを投げられる人もいないし、初めから血を分けたような友達になれる人もいないでしょ?」
ずずっ、とカフェオレをすする音が、この無意味に思えた空間に木霊す。
「そういう意味じゃ、蓄積されていくちっぽけな塵は、下らないものなのかも。でも、下らないものに意味を与えて、積み上げていけるのは、自分だけだよね」
「はっ、ゼロにどんな数字をかけたって、ゼロだぜ」
このまま黙って聞いていては、執行に言い負かされたような気がするので、精一杯、ニヒリストを気取って応じる。
「私のコレだってそうだ。重ねたって、蓄積したって変わらねぇ。死体みてぇなゼロが無限に積み重なって、ゼロの残骸で山を作ってるだけだ」
トントン、と自分の耳を――正確には、ヘッドフォンを指で叩いてみせる。
今、自分の特性を引き合いに出すのは、少々卑怯な気もしたが、どうしても執行を黙らせたかった。
こういう問答は得意だ。頭の中で、ずっと自問していたから。
執行は春泉の返答を耳にすると、奇妙な動物のような唸り声を上げた。それから、人差し指を自分の顎に当てて言う。
「んー…。私はそうは思わないなぁ。世の中ゼロなんてないと思う。プラスかマイナスだけだよ。しかも、見方によってはどっちにもなるものばっかりかな」
「へっ、じゃあ私のコレはマイナスってわけだ」
してやったり、と思ったが、直ぐに、相手が何を言うためにその例えを出したのかが分かって口を閉ざした。
「マイナスにはマイナスをかければ、プラスだもんねー」
「そりゃ…そうだけどよ」まんまと術中にハマった。
「そうだなぁ、例えば――」
そこで言葉を区切った執行は、いつの間に飲み干したのか、空っぽになった缶をゴミ箱のほうは一切見ずに、軽やかな手付きで放り投げた。
放物線を描く、中身がゼロになった容器が、同類が堆積したあるべき場所に飛び込んで音を立てた。それが歓喜の嬌声か、嘆きの悲鳴かは分からない。
シュートが上手くいったことを音だけで確認したらしい執行が、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
「転校先で一緒のクラスになった、小うるさい長身のクラスメイトっていうマイナスとかけ合わせるのはどう?」
その一言に、「はっ」と乾いた笑いがこぼれた。
つくづく変わった奴だ。
好き好んで私のような面倒な人間に絡んでくるなんて、よっぽどのものだろうに。
そうして飲み物を胃に流し込み終わった二人は、ショッピングモールへと足を運んだ。
数百メートルにも及ぶアーケード街を抜けて、横断歩道を渡ると、直ぐ目の前に大型のショッピングモールが姿を現した。
いつも思うのだが、姿を現す、という表現は奇妙なものだと思う。ずっとそこにあったはずなのに、現れたとは何なのだろうか。
そんなどうでもいいことを考えているうちに、建物の中に辿り着いた。
突然、周りの空気が人工的な温みを持ったものに変容し、かすかに息苦しくなる。
目の前を往来する人の群れに、頭の奥が拒否反応を示すのを感じながら、視線を少し上に向けた。
客を歓迎する垂れ幕がところ狭しとぶら下がり、様々な催し物を知らせている。
ポイント5倍、日曜セール、バレンタインデー企画…。
よくもまあ、これだけ多くのものを天井から吊り下げようと考えたものだ。
この建物の人工的な空気を、人々は互いに奪い合うかのように呼吸している。
限り有るものを奪い合う。
この世の縮図だ。
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